放課後、閑散とした校舎を一人で歩く莉藍。目指す場所は、体育館。


閉まっている扉を開けるとムワッとした熱気が飛び出してきた。中はバスケ部とバレー部が各々練習していた。二階席に上がりバスケ部の練習風景を眺める莉藍が思ったのはたった一つ。



「(なんて低レベルな練習なんだろう…)」



帝光にいた莉藍にとって、ここの練習メニューはまるでお遊びのように見える。

自身も帝光女子バスケ部主将という肩書きを持っていた分、拍子抜けというかなんと言うか…。


これじゃあキセキの敵にはならないなと早々に見切りをつけた莉藍はスキール音がキュッと聞こえたのを背に、体育館を出て行った。



「あーあ、つまんない」



それは、今の莉藍の想い全てだった。もう時間はだいぶ過ぎているのに空が明るいのは夏が近づいてきているからだろう。


ぼーっと歩いているときゃあきゃあと昼間聞いた女の子達の歓声が莉藍の耳を擽った。またか、と呆れたような目を歓声の元――テニスコートへ向けた。



「…ここに征十郎がいたらきっとオヤコロだったな」



懐かしい、と口元に弧を描く。少し嫌な気分が晴れた気がした。どんだけ皆が好きなんだよと自嘲の笑みを零すと帰路を歩く。










「…あ、れ、」



空が茜色に染まっていく。そんな中遠目に映るのは黄色。

数え切れないくらい見たあの黄色が何故ここにいるのか、と悩んだのも束の間そう言えば彼の通う高校も神奈川だということを思い出した。



「………莉藍っち」



そんな巫山戯たあだ名で呼ばれるのも久々だ、なんて莉藍は可笑しそうに笑う。ああ、本当…自分はこんなにも淋しかったのか。

莉藍はハッと息を吐き出し、ゆっくりと黄色を見上げた。



「……久しぶりだね、涼太」



背丈は元からでかかったからよくわからないけど、中三より良い顔するようになったね。なんて声をかけると黄瀬はふにゃりと情けない顔をした。

それに驚いた莉藍はパチクリと目を瞬かせる。とうとうぽろぽろと泣き出してしまった黄瀬。



「え、っちょ、どうしたの涼太!?」

「ッ、おれ、ッ、」

「わーわーわー!ここ道端だよ!? しかも私の学校の近く!これだと私が泣かしたみたいじゃない!」



慌てる莉藍、しかし黄瀬は泣き止まずむしろもうボロ泣きだ。ただでさえ黄瀬は目立つのに、泣いていたら尚更目立ってしまう。

現に残っていた立海生が何だ何だと集まってきてしまった。



「ねえ涼太、何があったの?」

「おれ……黒子っちのとこと練習試合して、」

「うん、」

「……………負けた…」

「……そ、か…」



小さく震える黄瀬に、莉藍は気の利いた言葉一つかけれないことに苛立つ。けれど、負けるだろうとは思っていた。

あの全中が終わってから姿を消した黒子。きっといつか牙を向いて皆に挑んで行くだろうと。



「悲しかった?」

「……ん」

「悔しかった?」

「…ん、」

「なら、次負けないように練習しないと」



ね、と莉藍が黄瀬の髪をさらりと撫でる。ワックスで整えられているが、やはりサラサラな彼の髪。

不意に撫でていた手に黄瀬の手が重なる。大きくて、暖かい、男の人の手。



「……涼太?」

「…莉藍っちは、負けたことある?」

「んー…無い、かな…」

「……負けたい?」

「そうだねぇ……」



莉藍はふっと笑みを向けた後、もう薄暗くなってしまった空を見上げる。ギャラリーも既に居なくなってしまっている、元々少なかったが。


そんな莉藍の横顔に黄瀬は見惚れる。その、あまりの美しさに。



「―――負けたいよ」



ポツリと呟かれた一言。だけどその一言に莉藍の全てが詰め込まれてると黄瀬はぎゅうっと締め付けられる胸をそのままに、前から莉藍を抱きしめた。



「涼太?」

「……絶対、莉藍っちに勝つから」

「…うん、」



待ってる




二人で顔を見合わせて、笑う。何気ない事全部懐かしくて、愛おしくて。当たり前だった中学時代が、あまりにも遠い。


あの後莉藍の家まで送ることになった黄瀬はウキウキと周りに花まで飛ばしてる始末。

当然のように握られた手はブンブンと振られる。



「ここまでありがとね」

「いいッスよ!俺がしたかった事ッスから!」

「ふふ、なら良かった!」



バイバイ、またね

今度一緒に1on1して下さいッス

ふふ、いいよ

約束ッスよ

うん、約束





星空の下で交わした約束は、静かに溶けて行った。


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