妖精の尻尾

今日もそのギルドは賑やかな声で包まれていた。






「ちょっとナツ!早く次の依頼に行かないと、家賃がぁー!」
「ぅおっ!? ちょ、ルーシィ!マフラー引っ張んのはやめろ!!」
「だったらもう遊んでないで仕事行くわよ!!」



エドラスから帰ってきた妖精の尻尾は、リサーナが戻ってきたこともあり毎日がどんちゃん騒ぎだ。ナツも「ギルド最高!」と言って毎日ギルドを壊し回っている始末だ。

そんな中、マスターのマカロフがバーカウンターの上に座り、皆を呼んだ。



「数年前、ある闇ギルドが突如事実上の壊滅となった事件がある。しかし誰がやったのかは分からんままじゃった。だが、今になってその人物が分かったんじゃ」
「確か…ものすごく大規模な連合でしたよね?」
「そうじゃ。その闇ギルド連合をたった一人で滅ぼした人物……、」



マカロフはエルザの言葉に頷き、目を瞑った。その一つ一つの動作を見逃さないように、一同はごくりと生唾を飲んだ。

かつて恐れられていた闇ギルド。それをたったの一人で壊滅させたとなれば、強さは尋常ではない。



「名はメリル・フローレス。性別、年齢、一切不詳じゃ。それでも探し出さなければならん」



唸るマカロフは、欠片程度の情報を頼りに探し出して欲しいと言った。そしてそんなマカロフからの頼みを受けたのは、もちろんこの人。



「なんで引き受けたんだよ、エルザ」
「マスターからの頼みだぞ?引き受けないわけがない」
「グレイはいちいちうるせぇんだよ。おもしろそーだからいいじゃねぇか!!」
「そうよね、あたしも興味あるわ。だって一人で大きな闇ギルドを壊滅させるなんて…普通じゃありえないわ」



馴染みとなったこのチームだ。マスターに忠実なエルザは一つ返事で頷き、そしてそんなエルザにナツ達も着いて行く羽目になったのだ。

着いた街はマグノリアよりも栄えていて、何とも素敵な雰囲気だ。騒がしいギルドもなく、悪ぶった奴らもいない。



「ほんとにこんな所にいんのかぁ?」
「こんな素敵な街にはいなさそうよね」
「あい」
「とりあえず聞き込み行こうぜ」



ただ街をぶらぶらしていても、性別すら分かっていない相手なんて見つかりっこない。そこでみんなは酒場や広場で聞き込みをすることに。

何日かかるやら。そう思われていた人探しだが、



「メリル?それならもうすぐ帰ってくると思うわよ」
「え、し、知ってるんですか!?」
「?当たり前よぉ。この街でメリルを知らない人なんていないわよ」
「そんなに有名人なのか!?」
「ふふ、どうかしら?」



柔らかな笑顔で笑った女性は、ふとナツ達の後ろを見やる。すると知り合いでもいたのか、手を振りだした。もちろんナツ達もつい振り向いてその人物を見るが、そこには真っ白い髪をふわふわと揺らしながら女性に向かって手を振っている男がいた。



「か、かっこいい…!!」



ルーシィが目をハートにさせて男を見つめる。グレイは「ケッ」と悪態を吐くが、男は気にした様子もなく、にこりと笑い軽く礼をした。



「どうも」
「メリル!この人達、メリルのこと探してたわよ?」
「僕ですか?」



きょとんとした顔で首を傾げる男、もといメリルは女性に「ありがとうございます」と言ってから、場所を移動しようとナツ達を誘導する。



「酒場?」
「はい。僕、仕事で帰ってきたらここで食事をするんです」



向かい合わせになるように座り、メリルは水を一口飲んでからまた口を開いた。



「改めまして、メリル・フローレスです」



メリルの自己紹介に、ナツ達も順番に自己紹介していく。一番目のナツが大声で「俺たちは妖精の尻尾から来たんだ!」と言った時、メリルはピクリと反応をしたがそれに気づいた者もいない。



「で、この妖精の尻尾が僕に何の用ですか?」
「単刀直入に聞く。数年前に大規模な闇ギルドを壊滅させたのはお前か?」



何の遠慮もせずにエルザが尋ねる。ルーシィは「もう少し遠回しに!」と思ったが、当然口に出せるわけもなく、ただハラハラと見守るだけだった。

一方、メリルは表情一つ変えずに首を横に振る。



「すみません。何のことか僕には…」
「……本当か?」
「…はい」



凄むエルザだが、メリルはそれに臆さず頷いた。暫し見つめあった二人だが、エルザも納得したのだろう。それ以上追求することもなく、また椅子に座り直した。



「そういやあお前、どこ行ってたんだ?」
「仕事ですよ」
「ンな重いもんも持てなさそうなのに?」
「……持てますよ」



ナツとグレイの失礼な物言いにメリルは一瞬言葉が詰まったが、それでも笑顔は崩さなかった。



「なあ!お前ウチに来いよ!」
「……は?」
「うむ、それはいいな。マスターにも紹介したい」
「(え、ちょ、マスターってまさか…)い、いやいや、僕はここから離れるつもりもありませんし、」
「いいじゃねぇかメリル!行ってこい!」



そう言ってメリルの背中をバシン!と叩いたのは、この酒場の店主だった。剛腕な見た目はやはり力も強いらしく、叩かれたメリルは涙目で店主を睨んだ。初めて見た笑顔以外の表情に、睨んでいたグレイも目を見開く。



「いつも言ってんだろ?もっと世界を見てこいって」
「だから、いつも言ってるでしょ?余計な御世話だって」
「なんか不安があったらまた戻って来りゃいい。まずは一回行ってみろ、な?」



ぐしゃぐしゃとメリルの真っ白い髪をかき乱した店主の言葉に、メリルは渋々頷いた。「よし!」と満足した店主の腕をメリルは強引に払い、乱れた髪を整えて片方の横髪に留めていたピンをもう一度留め直した。



「えっと、じゃあご一緒してもいいですか?」
「よっしゃァ!んじゃ行くぞ!」
「い、今からですか?」
「あい。ナツはその気になればもう止まらないのです」
「ネコが喋った……」
「あい」
「ハッピーに驚く人を見るのも久々ね」



こうして、メリルは表面では穏やかな笑顔を浮かべていた。そんな仮面もギルドに着いてマカロフに会った瞬間に吹き飛ぶのだが、本人は知る由もなし。



「(くっそ…メンドクセェ。あの店主おっさんも、俺が言われたい放題なのを良いことに余計なこと言いやがって…!あれは絶対にタイミングを見計らってたな、くそ野郎…っ!!)」
「メリル、魔法は使えるのか?」
「え、あ、はい。一応…」
「どんな魔法を使うの?」
「あはは、そこまで大したものじゃないですよ……あ、ここですよね。マグノリア」




今はただ、心の中で口悪く酒場の店主と目の前にいる妖精の尻尾の面々に文句を言うのだった。