空には無数のAKUMAが蔓延る。僕はそれをイノセンスである対AKUMA銃で撃ち落としていく。
命中率は100%。万が一にも外さないその命中率は、僕が必死に努力した証だ。何せ、剣や刀を扱ったことはあれど、銃だなんて代物を扱うのは初めてだったのだから。
「はい、ズドン」
「ギャアアアァァ!!」
AKUMAの叫び声が耳に響く。レベル1しかいなかったから、楽勝で勝てた。
そうして鉄の塊が空から無くなり、ふっと力を抜いた瞬間、
「っ……!」
ぞわりとした恐怖心を感じ、僕は反射的に対AKUMA銃《光》を構えた。
そこには、5体のAKUMAがいた。
「……レベル、3…」
レベル2をすっ飛ばしてまさかのレベル3。笑えない。どんな能力を持っているのかも分からないこの状況は、正直言って圧倒的に僕が不利だ。
「コイツって、伯爵様が邪魔って言ってたヤツだよなァァ?」
「伯爵様は『エクソシスト全員が邪魔』って言ってたんだぞ!」
「あ、そうかっ!」
どうやら知能も高いらしい。言語能力が発達していて、滑らかに発せられる言葉に眉間に皺が寄る。
「ま、エクソシストはコイツ一人みたいだし?レベル1も全員ヤラレちまったし?早いとこ殺そうぜ!」
その言葉に、ふよふよと浮かびながら雑談をしていたAKUMA達は一斉に僕に向かってきた。AKUMAの能力が分からない今、近距離戦は可能な限り避けるべき。
そう判断した僕はAKUMAに近寄られる前に《光》で攻撃を仕掛けた。
「“裁きノ光”」
銃口から無数の光の銃弾が飛び出し、AKUMAを襲う。追尾型のそれは命中率なんぞは関係なく、僕が“敵”と認識したものに当たるまで止まることや爆発することはない。
ドカーン!と派手な音が、全弾命中したことを告げる。が、さすがはレベル3。これくらいじゃ壊れないらしい。けれど足や腕などが吹き飛んだらしく、なんとも不恰好だ。
「せっかくかっこいいフォルム手に入れたのに残念だね?でも…僕的にはそっちの方が似合ってると思うよ」
くすくすと笑う。ああ、こういうところが紅覇様に似ているとよく言われたものだ。敬愛なる主君、紅炎様から言われたお言葉だし、王家の方に似ていると言われるのは嬉しかったから、こうして今でも覚えている。
「どうせならさ、生き地獄ってものを味わってみなよ。ただ壊されるんじゃあつまんないでしょ?」
その時だった。ガクン、と身体から力が抜けたのは。
「ようやく効いてきたみたいだなあ?オレの能力が!」
声を張り上げた1体のAKUMAは、嬉しそうに顔を歪める。
「(……いつから能力を使っていた…?)」
僕の考えを読んだかのように、そのAKUMAはニタニタと得意げに己の能力について話し始める。
「オレの能力はつまるところ“毒”!細かい霧状の粉を流出させてそれを空気中に漂わせて、オマエに吸わせてたのさ!」
なるほど。
僕はとっさに口を手のひらで覆おうとしたが、今更やっても無駄だと早々に諦めて立ち上がった。AKUMAは僕が立ち上がったことに心底驚いたようで、先程まではあんなに張り上げていた声を震わせる。
「な、なぜ立てる…?!」
「僕には効きませんー」
さて、締めに入ろうか。
僕は《光》とのシンクロ率を意識的に高め、もう一度銃口をAKUMA達に向けた。
「ま、AKUMA如きが僕に敵うわけないんだよ。なんせ僕は、紅炎様の忠実なる眷属なんだから。“裁きノ光”」
最初に撃ったときよりも格段に強度の上がったそれをまともに食らったAKUMA達は、直径1p程度の穴を見た瞬間、大きな爆発音と煙に包まれた。
煙が晴れた頃には、AKUMA達の姿は一つもなかった。
「ふぅ、おしまいっと」
ブン、と《光》を空中に放り投げると、《光》は細かい粒子となり、やがては消えた。
土煙に汚れてしまった団服の裾を払い、取っておいた宿に向かおうと踵を返すと、そこにはここに居るはずのない神田がいた。
「え……、」
神田は目を見開いて僕を見ている。そう言えば、僕は誰かとチームを組んで任務に行ったことがなかったから(任務中にまで演技をするのが嫌だから)、こうして僕の戦っている姿を見られるのは何気に初めてかもしれない。
ていうか演技しないと!
「お、驚いちゃったよぉ!まさかユウがドイツにいるだなんて思わなかったからさぁっ!」
慌ててにこにこと笑顔を作り、ウキウキした態度で神田に近寄る。普段ならここで嫌な態度でも見せるくせに、今はそれがない。
まずい。まずいまずいまずい。ただその思いだけが頭を駆け巡る。はやく、いつもみたいに、今朝みたいにあからさまな態度を取ってよ。
「ゆ、ユウ…?」
「……お前、さっきのが…本性なのか?」
「………さっきのって?」
ひやり。自分で思うくらい冷たい声が出た。
――もう誤魔化せない。そう感じたからだろう。
「あーあ。まさか神田に見られちゃうなんて…失敗したなー…」
「その、呼び方……」
「心の中ではみんなファミリーネームで呼んでたよ、ずっとね。ていうか名前なんて呼びたくなかったっつの」
容赦のない言葉に、神田は本気で驚いているらしくもう何も言えないようだ。ふぅ、と僕は軽く息を吐いてAKUMAのオイルまみれの手を眺めた。
「神田はさ、気づいてた?僕が一度も『行ってきます』って言ってなかったこと」
「っ………!」
「言うわけないじゃん。だって僕の帰る場所はあそこじゃないから」
「は……?」
「僕の帰る場所は、たった一つ」
瞼を閉じれば浮かぶ、紅炎様の御姿。ああ、今すぐにお会いしたい。いつも所構わず上に羽織っている服を脱いでしまう癖は治ったのか。僕が今持っている全ての知識をお伝えしたい。
「…ま、これで猫かぶる必要も無くなったし。神田も良かったねぇ?これからは話しかけないから、安心して?」
くつりと笑うと、僕はコツンとブーツの音を立てながら瓦礫の残骸が積み重なる間を縫うように歩く。まだ任務は終わってない。
「待て!」
「………なに?」
振り向くことはなく、声だけで尋ねる。少し上ずった神田の声に、らしくないなあと苦笑した。
「お前、何者だ」
聞かれたそれに、僕はゆっくりと振り返る。髪が風で揺れ、土煙が舞う中、サラサラと靡く神田の長い髪に暫しの間目を奪われた。
紅炎様の御髪はもう少し短くて、真っ赤だった。背格好も神田よりがっしりしていて、あごに揃えられた髭は大人びた印象を与えていた。無表情は似てるかな、でも神田みたいに不機嫌なお顔はあまりされなかった。何に対してもこけしのようなお顔で――いや、自分の知らない事に対してだけ子どものように目を輝かせていたっけな。
「僕が、何者か?」
そんなの、
「ただのエクソシスト、だよ」
今は、ね。
「悠」
あぁ、あなたのお声が今、無性に聴きたいです。
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