佐倉蜜柑が転入してきて、春の陽気も過ぎ去り、少しばかり暑くなってきた今日この頃。
初等部B組には、また新たに仲間が増えようとしていた。
「はーい!皆さんおはようございまーす!今日は転校生を紹介します!」
B組の担任、鳴海杏樹が今日も派手な服装で教室に入ってきた。「転校生」というフレーズにクラス中が少し騒つくが、鳴海のアリスの餌食にはなりたくないのか、あまり表立って話す子は一人もいない。
そんな中、真ん中にある教卓に立つ鳴海。その隣に、真っ黒い髪を揺らす少女が綺麗に背筋を伸ばして立っていた。
その少女を見た蜜柑は、早速蛍や委員長にコソコソっと話しかける。
「わあ!美人さんやで、蛍!」
「そうね。(お金になりそうな子だわ…)」
「仲良くなれるといいねぇ」
唯一蛍だけは目を「¥」にしていたが、それに気づかない蜜柑は笑顔で少女を見つめていた。
そして、今日は珍しく遅刻もせずに来ていた日向棗は、顔に被せていた漫画本を軽くどけて少女を瞳に映す。
「はい、皆さん静かに。今から自己紹介してもらうからね!うちはさん、よろしくね」
「はい。えっと、名前はうちは莉藍です。好きなものは…金平糖と、兄。嫌いなものは蛇です。将来の夢…というか目標は、…幸せになること、です。
どうぞよろしくお願い致します」
ぺこり、と最後に礼をすると、パチパチと拍手が沸き起こる。掴みは上々のようだ。
自己紹介が終わり、莉藍はホッと息を吐く。
「(…自己紹介、役に立ったよ。カカシ先生)」
そっとかつての自分の恩師に語りかけ、促された席へと着いた。空いている席は一番後ろの端から三つ目。まあまあの席だ。
みんな莉藍に聞きたいことが沢山あるのか、どこかそわそわしながら鳴海の話が終わるのを待っている。そんな様子を見た鳴海は、苦笑しながら話を終わらせた。
「あまり質問攻めにしないようにね〜。こっちに来たばかりでまだ不慣れなはずだから!
あ、パートナーを決めないとね。…んー…、棗くん、蜜柑ちゃんのパートナーしてて大変だろうけど、莉藍ちゃんのパートナーも兼任してあげてね!じゃ、よろしくね〜」
まさかの発言にクラス中が固まる中、鳴海は我先にと教室から去ってしまった。その数秒後、廊下には大声が響きわたる。
「はぁぁ!?なんで!??つか棗さんがパートナーってマジかよ!?」
「佐倉のパートナーってのもあり得ねえのに!」
「そうよ!佐倉さんの事も認めていないのに、どうして棗くんがパートナーなんてしなくちゃいけないわけ?」
棗の取り巻きの会話に混ざるのは、パーマがかった髪の正田スミレだ。そこへ乱入する人物が。
「可哀想に…!ウチと同じ運命をたどるんや…!」
そう、蜜柑だ。蜜柑は棗がパートナーのせいで散々な目に遭ってきたと言っても過言ではない。
「どこから来たの?」
「ねえねえ!莉藍ちゃんのアリスって何?」
「お兄ちゃんいるの!?いいなあ、私も欲しいー!」
「好きな人とかっているー?」
しかし、未だに質問攻めの莉藍にそんな蜜柑の声は聞こえていない。
こんなうるさい教室から抜け出そうと棗は立ち上がる。それを見て流架も慌てて立ち上がったが、それよりも先に莉藍が質問に答える方が早かった。
「えっと、学園からだいぶ離れて所から来たの。アリスは、金属操作のアリス。兄は戸籍上にはいないんだけど、ただ私がそう慕っているだけ!好きな人は…んー、沢山いるよ!」
その沢山、という言葉の意味。それは、木の葉の忍、そしてそれに関わる全ての人のことを指している。
イタチが守った木の葉の里が大好きで、そして三代目が愛した火の国が大好きなのだ。
そんなことを知る由もないクラスメート達は、頭にハテナを浮かべていた。
・
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3時間目、算数
「この問題を……うちは!」
「はい」
転校初日にも関わらず莉藍を当てる神野に、クラスは一瞬騒ついた。神野はたったそれだけのことにギロリと睨む。
当てられて莉藍は席を立ち、解答を黒板に書いていく。書き終え、椅子に座り神野が答えを照らし合わせる。
「…正解だ」
まさかの正解に、みんなの視線が一斉に莉藍へ。しかし、莉藍はそれを鼻に掛けるような事はせず、むしろ当然のことのようにただ前を見据えていた。
うちは 莉藍
その血統に恥じぬよう教育を施されてきた
天才という名に驕ることなく努力を重ね
更なる高みへと登りつめた
うちは一族としての誇りを胸に抱いて
「なあなあ!」
次は能力別クラスの授業。すると、今まで話すことのできなかった蜜柑が、莉藍に話しかけてきた。
莉藍は蜜柑を目に映した瞬間、ほんの一瞬目を細めたが、それもすぐになくなる。
「ん?なに?」
「ウチは佐倉蜜柑!ウチもついこないだ転校してきたばっかやねん!よろしくな!」
「あ、そうなんだ。私はうちは 莉藍。よろしくね」
微笑む莉藍に、蜜柑も笑った。
「じゃあ、移動しなきゃだから。またね!」
「うん!あ、莉藍ちゃんはクラス……」
どこなん?と聞こうとした蜜柑だが、そう続く前に莉藍の人差し指が蜜柑の唇にあてられる。思わず口を閉ざしてしまった蜜柑に、
「名前。莉藍でいいよ!」
笑ってそう言った莉藍は、そのまま蜜柑を残して教室から出て行ってしまった。残された蜜柑も、ふと我に返って急いで特力の教室まで向かったのだった。
教室から出て莉藍が向かう先は、
「莉藍」
「…ペルソナ、」
「こっちだ」
突如現れた仮面の男、ペルソナ。それに驚く事もなく、莉藍は大人しくペルソナに着いて行く。
そう、莉藍の能力別クラスは、危険能力系なのだ。
「ここだ」
「ありがとう」
ペルソナに連れられて中に入ると、既に危力系の生徒は全員揃っていた。
唯一空いている席に座ると、好奇の視線に見られる。そんな視線を受けながらも、莉藍は物怖じせずに座る。
すると、再び扉が開いて誰かが中に入ってくる。
――初等部校長だ。
「やあ、みんな集まったね。内容に入るその前に…、みんなももう気づいていると思うが、新しくこの危力系に入ってきた子がいる。挨拶してもらおう」
初校長の視線は莉藍を貫く。その意図を理解した莉藍は、今までの柔らかな雰囲気を消し去り、ただ無感情に口を開いた。
「うちは 莉藍。アリスは金属操作」
それだけ言うと口を閉ざしてしまう。教室とはまるで違う態度に、興味なさげにしていた棗もその目をしっかり開けて莉藍を見つめた。
必要最低限しか言っていない自己紹介に文句を言うのは勿論この男。
「それだけ!?つか愛想ねぇなあ!」
空気使いのアリス保持者、松平颯だ。通称《かまいたち》。
「この場で愛想がいりますか?」
それに冷たく返す莉藍にカチンときたのか、ガタンと立ち上がる颯。けれど、それをすぐに初校長が止めた。
「颯。落ち着きなさい」
「…はーい」
たった一言で大人しくなった颯。けれど瞳だけは未だに莉藍を睨んでいる。
「莉藍の実力はまだ未知数だ。だから、今回の任務は全員で行ってもらう」
配られた資料。そこには《Z》の文字が複数見える。
「《Z》…?」
「反アリス学園を掲げている組織のことだ。そこの一つを潰してもらう。今夜、北の森付近に集合だ」
詳細は資料に載っているとのことで、これでお開きに。すぐに部屋から出て行く危力系の生徒に続こうと莉藍も扉へ向かうが、突然腕を掴まれてしまう。
莉藍の前にいた棗はそれに気づき、すぐに立ち去ることはせず、閉まった扉へと耳をすませた。
「怖いかい?」
「…いいえ。というより、どうして全員でなんて…。もう私の実力は十分に知っているはずです」
「クス…。いつまでもグダグダと嘗められるのも嫌だろう?目の前で実力を見せつけられれば、君に何かを言う奴もいなくなる」
「…私は別に、気にしません」
「私が気にするんだよ。……君は私のもの、だろう?」
莉藍はその問いには答えず、初校長の手を振り払って扉を開けた。間一髪で逃げた棗は、その端正な顔を歪めて莉藍の後ろ姿を眺めていた。
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