沈黙が場を包む。そこでパンパン、と手を叩いたのは鳴海だった。さすがは先生、場の空気を戻した。


「じゃあ、君達も戸惑ってると思うから説明するね〜!今のは天賦の才能、通称“アリス”と呼ばれるもので、アリス学園に通う子たちはみんなこの“アリス”を持っているんだ。
なまえちゃんのアリスは“植物操作のアリス”。見ていた通り、あらゆる植物を操る事が出来るんだ。他にも、棗君だと“発火”、山之内さんだと“音色のアリス”、今井君は“癒し”と“痛み”、櫻野君は“瞬間移動”、“直感”、“手に触れてる間だけ、その能力者のアリスをコピーできるアリス”の3つ。ちなみに僕は“フェロモンのアリス”。
こんな風に、人によって種類も数も様々なんだよ」


珍しく真面目に説明する鳴海になまえは目をぱちぱちとさせるも、「(さすが先生…)」とちょっと見直していた。
レギュラー陣は、アリスの事は少しだけ小耳に挟んだ程度の知識しか知らなかったので、初めて知ったそれに酷く興奮していた。


「スッゲー!俺もそんな…なんだっけ、て、てん?…才能ねぇかなー!」
「天賦の才能だよ、栄純君」
「いいな……。足が速くなるアリスとか欲しい」
「はっはっはっ!降谷のそれはスタミナ不足だろ、自分でなんとかしろ」
「(つーん)」
「おいコラ何無視してんだよ」


どうやら偏見もなく、素直に受け入れている。そんなレギュラー陣を見て、鳴海は安心したように微笑んだ。正直、受け入れて貰えるかどうか不安だったのだ。


「もうこんな時間だね。そろそろグラウンドに行かないと、監督に怒られるよ」
「あぁ、そうだな。それじゃあ行くか」
「?どこに行くって?」
「グラウンド!俺たちの練習場所だ」


なまえが首を傾げると、御幸がグラウンドの方向を指をさして教えてくれた。ニッと眼鏡の奥で細まる瞳に、なまえはどこか引き寄せられるように見つめる。


「あ、ありがとう。えっと…」
「御幸一也。特別に『一也君』って呼んでいーよ?」
「御幸君、ありがとね!」
「バッサリだな……」


御幸のイケメンスマイルにも動じず、にっこりと御幸の名字を呼ぶなまえに、御幸はシクシクと涙を流したのだった。それから移動中も御幸や途中で入ってきた倉持と話していると、後ろからグイッと腕を引っ張られる。
慌てて態勢を整えて振り返ると、棗が不機嫌そうな顔でこちらを睨みつけていた。


「えー、っと…棗…さん…?」
「すぐ転ぶんだから、前見て歩け」
「し、失礼な!転ばないよ!」
「そうだね、おいでなまえ」
「わっ、秀一!?」


どうやら横から見ていたらしく、櫻野は微笑みを崩さぬままなまえの手をぎゅっと握りしめた。その見せつける行為に御幸も倉持も、そして棗も櫻野に対して敵意を露わにした。


「秀一まで…私なら平気だって!こんなとこで転ばないよ」
「いつもそう言って転ぶだろう?こうしていると僕も安心できるから。空いている方の手は静音と繋いでおいたら?」
「もー!秀一!」
「ふふ、そうね」
「って、静音も断ってよー!」


キャンキャン騒ぐなまえだが、2人は全く聞き入れず。結局そのままグラウンドまで手は繋いだままだった。









あれから、監督や部長、副部長に挨拶をしてから練習を眺める。途中でマネージャーの仕事を手伝ったり部員達と混じりながらノック練習をしたりと、とても有意義な時間を過ごせたようだ。


「ふーっ、疲れたねぇ」
「帰りてぇ……」
「棗もグローブなんて初めてじゃない?よかったね」
「…別に…」
「今度は流架くんも一緒に野球しようね。あ、蜜柑ちゃんも誘おっか!」
「……気が向いたらな」
「おーっし、ならまたセントラルタウンでグローブとか買わないと!」


弾む会話ににこにこ笑っていると、レギュラー陣や櫻野達がやって来た。どうやら話し合いも終わったようだ。


「今日はすまなかったな、練習に付き合わせてしまって」
「いや、此方こそとても有意義な時間だったよ。こうして野球に関わるなんて今までした事がなかったからね」
「秀一の言う通りだ。頼み込んだのはこっちだしな、ありがとう」
「クス、少しは固さが無くなってきたね、今井は」
「…小湊、それはどういう意味だ?」
「そのままの意味だけど?」


若干怪しくなってきた話の雲行きに、なまえは慌てて取り繕ったように会話の中に入る。


「私も楽しかったです!マネージャーの仕事とかした事がなかったから…野球の詳しいルールとかも知らなかったから、今日はいろんな事が知れてよかったよ」
「じゃあ、もうこのまま青道来ちゃう?」
「へ?」


御幸がニヤニヤとサングラス越しに笑う。思わずアホっぽい反応をしてしまったが、言葉の意味が分かり、断ろうと口を開いた瞬間、


「馬鹿じゃねーの?外に行けるわけねぇだろ」
「期間限定とか出来るんじゃね?つかお前に関係ねぇだろ?」
「チッ、させねぇ…」
「そうね、なまえをどこにもやる気はないわよ?」


なまえの写真でお金儲けをしている静音は、にっこりと断る。もちろんお金儲けだけでなく、可愛い妹のようななまえを自分の目の届かない場所へ行かせるのが嫌なだけなのだが。


「ふふ、というわけでなまえの事は諦めてね?御幸くん」
「ヒャハッ!つかお前はどうなんだよ?」
「わ、私?」


結局そうなるのか。
なまえは「あー…」と言い淀んだ後、自分の掌を見つめ、やがて真っ直ぐに野球部の面々と目を合わせた。


「この学校はとっても魅力的だし、面白かったけど…私はやっぱり、アリスを持っている自分に誇りを持っているし、まだまだ学ぶ事は多いと思ってる。それを放棄してまで学園の外に行きたいとは思わないかな」


「初等部の頃に誘われてたら、来てたかも」と聞き捨てならない言葉が聞こえたが、気のせいだと鳴海は言い聞かせていつもの胡散臭い笑みを浮かべた。


「と言うわけで、諦めてね〜!むしろ今回の事が例外で、元々アリス生を外に出すなんてご法度だからね。こうして会えたのは奇跡だと思った方がいいよ〜、双方ともに」
「何で外に出られないんすか?」


単純に疑問に思ったのだろう、沢村は首を傾げながら鳴海に問うた。


「狙われているからだよ。アリスを持っている人は高値で売買されるからね。そう言った危険性が1%でもあるうちは、学園から出るのは禁止されているんだ」


外に出るための措置は取られているが、全員がその措置を受けられる訳ではない。そのことを誰よりも理解しているプリンシパルのメンバーは、少しでもこの外の風景を目に焼き付けておこうと目をしっかりと開いた。

特に棗はまだ初等部。卒業するのはまだまだ先だ。特に危力系の生徒だと、たとえ試験で1番になったとしても家族には会いに行けないだろう。


「売買って……」
「そう言った危険が付き物だからね、仕方ないよ」


割り切った風にカラカラと笑うなまえの顔に曇りはなく、本心からそう思っているというのが見て取れる。


「…じゃあ、卒業したらまた会おっか」
「え……」
「小湊先輩だけずるいっすよ。俺も会おうぜ、な?」
「御幸一也だけに会わせるわけには行かねぇ!なまえ先輩、俺とも是非!会ってくだせぇ!静音先輩や櫻野先輩達も!!」


元気な沢村になまえは我慢できず、声を上げて笑ってしまった。それにつられてか、静音もくすくすと笑っている。


「そうだね。卒業したら会いに来るよ」
「棗も連れて、ね」
「いーや、俺はなまえちゃんだけでいーよ?」
「倉持くんにも会いに行くからね」
「ああ、待ってるぜ!!」
「また無視かよ……」


そんな会話に棗が舌打ちをして、なまえを自分の背中の後ろへと追いやる。さながら騎士のようなその行動に、御幸や倉持、小湊達も目を見開いたが、その行動が宣戦布告だと気付いたのだろう。やがてクッと口角を持ち上げた。


「こいつはやらねぇよ」
「おチビちゃんにはまだ早いんじゃない?」
「うわー、小湊先輩言うことキツイっすね」
「お前らの気持ちを代弁してやったんだよ。御幸もなんか言うことないの?」
「そうっすねー…」


考える御幸だが、それはフリなのだろう。ニヤリ、と悪どい顔をしてみせた御幸は、からかうように、けれど本気の声色で言ってみせた。


「うかうかしてると奪っちゃうかもな?」


それは、櫻野達にも煽るような言い方だった。


「なーに?何の話?」
「私達も是非混ぜてほしいわね」


そこへなまえと静音がやって来る。静音は確実に分かってやっているが、なまえは本気で分からないのだろう、きょとんとした顔を見せる。


「なまえにはまだ早いよ。それより鳴海先生、もう時間ですよね?」
「そうだね、あんまり遅いと神野先生に怒られちゃうかも」
「そ、それはやばい!早く帰らないと!」


“神野”の名前に慌てだしたなまえ。それならば、と櫻野は最後に挨拶をして車に乗り込むことに。


「今日一日、本当にありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」
「また機会があれば、お会いしましょう」


社交辞令のような言葉、けれどそれが本当になることを願って。


「じゃあね、みんな!…また、また会おうね!」


「また」という言葉に、覚悟を乗せたような顔つきをしたなまえは、最後には笑顔を見せて車に乗り込んだ。

レギュラー陣やグラウンドを、しっかりと目に焼き付けて。


「楽しかったね、棗」
「それほどでもないだろ」
「えー?棗も楽しそうにしてたじゃん。流架くんにいっぱいお話できるね」
「…あぁ」


素直に頷いた棗に、なまえは花が咲いたように綺麗に微笑んだ。

自分達とは価値観も住む場所も違う、青道高校。そこにはなまえの思い描いていた“普通”があった。


「……また、会えるかな…」


ぼそりと呟いたそれに、櫻野は目を閉じて答えた。


「きっと、会えるよ」


学園に居ては決して得難いものを得れたのだから。
櫻野は心の中でそう続けながら、見えてきた学園にそっと意識を向けたのだった。