「うわ、またアクマ…? しかもあの数…」
「気に入って貰えたようで」
「そうだね。レベル3が圧倒的に多い…」
「ここまで育てるの苦労したんだぜ?」


クッと笑ったティキはアクマに命令する。その直後、アクマは使命を全うするためになまえ達に向かってきた。様々な能力が飛び交う中、なまえは冷静に対処していく。


「なんなんさ、こいつら…!」
「口動かす暇があるなら手ェ動かせ! ウサギ!」
「うさっ!?」


やはり熟練のエクソシスト。ああ言っておきながらも着実にアクマの数を減らしている。すると、そんなアクマの間を縫うようにティキが飛び出してきた。


「久しぶりだね、お嬢さん」
「っ……ティキ、ミック…!」
「お嬢さんがハートの可能性っていうのは継続中だからさ、壊してもいい?」
リナリー!!


狙われたのはリナリーだ。以前の戦でリナリーが異常な光景を見せた事から、教団側も伯爵側もリナリーのイノセンスがハートという可能性を捨てきれないでいたのだ。


「そう怖がんなくていいよ。どうせ一瞬だからさ」
「いや……っ!」
「んじゃ、バイバーイ」


ティキの手がリナリーのイノセンスに伸びる。まるでスローモーションのように感じるそれに、リナリーはなす術なく目をぎゅっと瞑った。
――ザンッ! と、刀を振った音がリナリーの耳にするりと入る。恐る恐る目を開けてみれば、そこにはなまえがリナリーに背を向けて立っていた。はためく死覇装が視界にちらつくが、なまえは凛と立って相手を見据えていた。


「なんで……」
「…助ける事に、いちいち理由が必要?」


記憶が戻る前は、どれだけ酷い仕打ちをされても笑顔は絶やさなかった。それが偽物だと気付いたのはなまえが死神としての記憶を取り戻してから。それからは笑顔なんて一切無くなって、無表情になってしまった。


「貴女はここで死ぬべき人じゃない。…それに、約束したから」
「約束?」
「――私がいる限り、誰も死なせはしないって」


そう言い残すと、なまえは刀をギラリと光らせながらティキへと向かう。既に始解した斬魄刀を一気にティキに振りかざした。


「うぉっ! ほんと手加減ねぇなあ」
「手加減なんていらないでしょ」
「ふはっ、何、お嬢さん戦闘狂?」
「はあ? 十一番隊と一緒にしないでくれる? それと…私、“お嬢さん”なんて呼ばれる歳じゃないから」


そう言い切るやいなや、なまえは親指を下にして柄を握る。そのままクルッと回転させ、刀身を地面に向けた。


飛び立て、『杏樹』


己の斬魄刀本来の始解をしたなまえはそのまま次の段階へ。どうやらそろそろこのくだらない戦いに終止符を打つようだ。
周りを見ればアレン達もアクマを一体残らず倒したらしく、今では此方の戦闘を伺っている。そんなアレン達に巻き添えがいかないように、なまえは5枚の結界を周囲に張った。


「卍解、」


だんだんと霊圧が上がるのが分かる。現に慣れていないティキは若干息がし辛そうだ。そんなものは知ったことかとなまえはフッと笑った。


業杏火樹


始解をして真っ白だった刀身は一変し、切っ先から赤黒く染まる。まるで血が染み込んだかのような刀だが、変化はそれだけだった。刀身の長さも形状も変わらない。


「(…よく、馬鹿にされたっけ)」


色が変わっただけで対して変わっていない斬魄刀。それだけで他の死神達から嫌味を言われるのは一度や二度じゃなかった。
けれど、分かってくれた人もいた。


「さて、行くよ杏樹」


まずは激しい応戦が始まった。次から次へとティキの身体に浅い傷をつけていくなまえは、唐突にドスッと刀を地面に突き刺した。ティキはなまえの行動一つ一つを警戒して見つめるが、死神との戦いなど皆無だった為になまえがどんな戦いをするのか見当もつかない。


煉獄火柱れんごくかちゅう


瞬間、ビキビキ…と地面にヒビが入る。すると瞬く間に地面は次々と浮き彫りになりやがてあちらこちらから火柱が上がる。
ティキは咄嗟にその火柱を避けたが、上から降ってくるドロッとした火には対応しきれず、肩に直撃した。


「ぐぁぁぁあっ…!!」
「私の斬魄刀…杏樹はね、こう見えて炎熱系なの。卍解しないとそう見えないでしょ? でもさ、能力的には炎熱系なの。んで、この杏樹は――炎熱系で最もタチが悪いって言われてるんだぁ。なんでかって? それは……」


ちょん、となまえが小指で斬魄刀の柄を叩くと、ティキの身体から血が噴き出した。
遠くから見ていたアレン達は思わず言葉を失う。それもそうだ。あんな戦い、見たことがないのだから。


「こんな風に、ほんの少しの切り傷が致命的な傷になる…。これも杏樹の能力なの。ね、タチ悪いでしょ? 相手がただの切り傷だって思っていた傷が、いきなり大怪我になっちゃうんだもん。びっくりだよね」


くすくす、と笑うなまえは本当に楽しそうで。「さて、」と刀を構えたなまえにティキは分が悪いと感じたのかどこからか現れた扉に入って行ってしまった。突然のことになまえは唖然としてしまうが、まあいっかと刀を収める。


「…任務終了、でいい?」
「え、あ、…はい…」
「てか! ノアがいるって知ってたんか!?」
「100%いるだなんて思ってなかったけど…アクマが大量にいるならその確率も高いかなって思ってただけ」
「なら何で俺らに言ってくれなかったんさ!」
「自分で気づかない方が悪いんでしょ? それでもブックマンJr.なの?」


そう言われてしまえばぐうの音も出ない。ラビは完全に言い負かされて落ち込んだ。


「あれがお前の本当の実力なのか」


ふと、神田がなまえに尋ねる。「んー…」と考えるなまえだが「まあね、」と眉根を下げながら答えた。


「私なんてまだまだ、隊長の足元にも及ばないよ。…でも、いつかはあの人を超えたいと思ってる」


明確な目標に、神田は「そうか」と答えただけだった。







「お帰り! みんな無事で良かったよ!」
「わっ、兄さん! 何でここに!?」
「そんなのリナリーが心配だからに決まってるじゃないか!」


ひしっ! とリナリーに抱きつくコムイ。それに呆れるアレンとラビだが、なまえと神田はさっさと自室へと戻っていく。どうせ報告はあの三人のうちの誰かがしてくれるだろうと勝手に予測して。


「…で、どうだった? ノアはいた?」
「はい。ティキ・ミックが…」
「…そっか。ノア相手にほんと、みんな無事で良かったよ」


にっこりと微笑むコムイに、三人は気まずそうに顔を見合わせた。


「……その、ほとんどなまえさんが倒したんです」
「俺らはサポートしただけ、みたいな…」
「最初なんて、アクマの能力でみょうじさん以外誰もアクマの存在に気づかなかったし…」


ぼそぼそと告げられたそれは、コムイの予想を遥かに上回った。まさかそんなに強いだなんて、と。


「…ご苦労だったね、三人とも。ゆっくり休んでおいで」


コムイにはそう言うのが精一杯だった。
三人を見送った後、コムイはその場で一人考える。もしかすると、本当にこの戦争に勝てるんじゃないか。そう思ってしまうのも無理はない。この黒の教団でも強い三人がああ言ったのだから。


「……いつか、帰ってしまうのかな…」


そこまで言って、コムイはぶんぶんと頭を振った。いや、たとえなまえにその機会が訪れたとしても、止めてみせる。何をしてでも。
だって、彼女は、みょうじ なまえはこの世界の希望なのだから。


「ごめんね……みょうじさん…」


コムイには、謝ることしか出来なかった。
――一方、自室でベッドに寝転んでいたなまえは伝令神機を見つめていた。


「かかってこないかなー……」


ベッドの寝心地にもすっかり慣れた。それほどこっちの世界での生活がなまえに馴染んできたのだが、それでも心は変わらない。


「帰りたい……」


思い出すのは、やっぱり貴方のこと。
100年待った。101年目、やっと会えた。やっと隊長が戻ってきた。なのに、なぜまた離れなければならないの。


「…真子っ……!」


胸元にある馬酔木だけが、なまえの心の拠り所だった。隊長でも副隊長でもないなまえが限定霊印をしているのか。その理由は至極単純。総隊長に言われたからだ。
現世任務ではなまえの霊力は極めて高いため、限定霊印を施すように常日頃から言われている。しかし、この世界にやってきてからその効力は無くなり、ただ隊章の馬酔木だけが刻まれている。――五番隊の隊章、馬酔木だけが。


「……必ず、戻りますから…」


太陽の光をたっぷりと浴びた金髪に、広い背中で背負う“五”。
そんな後ろ姿を思い浮かべ、なまえはすーっと眠りについた。


「アホ、んなモン分かっとるわ。はよ帰ってこい…なまえ」


夢の中で、そんな声が聞こえた気がした。