雪が散る中、緑色の鳥――オウムは空を舞う。その側を紫色の髪を靡かせながら歩く者が一人。
「御柱タワーでは色々と面白いものをみられたわね。直接的なおみやげを手に入れられなかったのは残念だけど」
そう言って笑う紫色の髪の男の名は、御芍神紫。その側を飛ぶ緑のオウムの名は、コトサカ。
どちらも緑のクラン《jungle》のクランズマンである。
「私のかわいい弟弟子も、ようやく蕾をふくらませ始めた。新しい《赤の王》の誕生にも立ち会うことになった」
羽が舞う。紫はその中を悠々と歩いていく。
「《青の王》のダモクレスの剣…、その状態も確認できた。ふふふ、役者が揃ってきたわね」
「《まだです、紫。まだ肝心な人物がいません》」
突然現れた2人目の声。それはオウムのコトサカから聞こえてきた。オウムにしてははっきりと、そして会話ができているのに紫は驚く事なく、平然と言葉を返す。
「……そうね。アドルフ・K・ヴァイスマン。始まりの《王》である彼に流ちゃんはご執心ですものね。彼にも早くこのゲーム盤の上に乗っていただかないと」
「《それとあともう一人……》」
「…《泡沫の王》茅野優衣。その存在こそが幻とされていた王。けれど今は赤のクランズマンなんですってね」
クスクスと笑う紫に、コトサカも思わずくすりと笑った。
「《それでも《王》は《王》。その責務から逃れることなど出来やしないし、ましてや逃げるつもりも毛頭ないでしょう。彼女にはクランズマンとしてではなく、《王》としてゲーム盤に乗っていただかなくては》」
その声色はどこかうっとりしていて、まるで恋している乙女のような雰囲気だ。
コトサカはバサッと紫の肩に乗る。紫もそれを当たり前のように受け入れ、コツコツと足音を鳴らしながらビルとビルの間を歩み進める。
「まだ私は《泡沫の王》のダモクレスの剣を見てない。……けれど、賽は投げられた。本当のパーティーまでのカウントダウンはもう始まっている。
そうでしょう?我が君――《緑の王》」
紫は肩の上にいるコトサカに――否、コトサカの奥にいる人物である緑の王、比水流に尋ねる。
「《肯定です》」
冷たい声はこのビル街では響くわけもなく、スゥ…と溶けるように消えていった。
「……ッ…、」
ゾクリ。優衣は何か得体の知れない者と遭遇したかのような錯覚に陥り、暗い部屋の中一人ベッドの上でうずくまる。
「……尊、さん…っ、多々良さん……っ!」
今は亡き者たちの名を呼ぶその声は、あまりにもか細くて。今にも消え入りそうだ。
「……優衣」
そこに入ってきたのは草薙出雲。手にはマグカップを持っている。それを持ちながらベッドに近づき、サイドテーブルの上に置く。
マグカップからはほかほかと湯気がたっていて、部屋の中には一気に匂いが広がっていく。
「蜂蜜入りのホットミルクや。優衣好きやったやろ?」
「…ありがとう…出雲さん…」
「ふ、目ェむっちゃ赤いで。…しゃーないなあ、お兄さんがぎゅーってしたるわ!」
「い、いきなり何…?」
「なんでそんな引いた目すんねん」
草薙はもう御構い無しに優衣を抱きしめる。始めは少し抵抗していた優衣も、じんわりと感じる温もりに次第に力を抜いてその抱擁を受け入れた。
「…悲しいなあ。寂しいなあ。……あの頃に、戻りたいなあ」
「…っ………」
「悲しんでも、嘆いてもええ。けどな、…あいつらが生きとったあの時間をなかったことだけはすんなや。…あいつらは確かにここにおって、ちゃんと一緒に過ごしとってんから」
ぽんぽんとリズム良く叩かれるそれに、優衣はふるりと震えた。草薙は優衣が泣いていることなど気づいていたが、それでもその動作をやめることなく続ける。
「今は思いっきり泣いとき。泣いた後は……また、元気な顔を見せてや」
「はい……っ…!」
暗い暗い部屋の中、一人の女がやっと覚悟を決めた。