ダイアゴン横丁

――コンコン、コンコン


軽いノック音が聴こえる。しかし、それもすぐに止んだ。まるで、私が起きたのがわかったみたいに。さすがはレイテルだ。
そんなことを夢見心地に思いながらムクリと起き上がり、ぼーっとする。今日は何かあったっけ……とフィーは思案していると、


「フィー様!今日はダイアゴン横丁に行く日でございますよ!」
「………あ、ホントだ…!ごめんレイテル、ありがとう。」


そうだった、今日はダイアゴン横丁で買い物をする日だった。すっかり思い出したフィーは、ぴょこぴょこと跳ねていた寝癖を直して、グリンゴッツの金庫の鍵を手に取る。


「じゃあねレイテル、お留守番お願いね。行ってきます!」
「はい、お任せ下さい!お気をつけて行ってらっしゃいませ!」


フィーは大きな暖炉の前まで行くと、煙突飛行粉フルーパウダーを取り出した。何回か深呼吸をして気持ちを整え、それを暖炉に向かって投げた。


「ダイアゴン横丁!」


発音良く言い終えると、エメラルドグリーンの色をしていた暖炉の火がボワッと燃え、フィーの視界はぐるぐると回り出した。


ドサッと身を投げ出されるように着地に失敗して、地面に尻もちをつく。
やっぱり何回しても綺麗な着地は無理だ、と自己嫌悪に陥りながら、自分の運動能力のなさに落ち込む。
しかし、いつまでもそうしてる訳にはいかず、パンパンと軽く灰を落としてから(手慣れた手つきだ)まずは銀行――グリンゴッツに向かって歩き始めた。


「やっと着いた……。ていうか今から……トロッコ……。」


これから乗るトロッコを考えると、もう気分が悪くなってくるのを必死に抑えながら、小鬼に金庫の鍵を渡した。

何を隠そう、フィーはトロッコが大嫌いなのだ。あの急な高低差と時速何キロとあるスピード。あれを好む人がいるのならぜひお目にかかってみたい。


「ありました。では今からトロッコに乗りますが……大丈夫ですか?」
「大丈夫よ…さ、行きましょう。」


いつものごとく小鬼が心配そうに見上げてくるから、何だか申し訳なく思えてくる。やはり何十年と顔を見せていればそれなりに守銭奴な子鬼からも同情をいただけるらしい。
そんな失礼なことは勿論口には出せないため、そっと心の内にとどめているといつの間にかトロッコの前まで来てしまっていた。
ゴクリ、と覚悟を決めて、フィーはそれに乗り込んだ。


「ああぁ……うぷ、吐きそう…もう乗りたくない……。」


自分の金庫まで着くと、山程ある金貨を袋に入れていく。どれだけ使っても無くならないお金の稼ぎ頭は、当たり前だがフィーだ。その仕事内容は様々だが。


「そう言えば……“あれ”は誰か引き取りにきたの?」
「はい、数分程前にハグリッド様が。」
「へぇ、なら良かった。」


一安心、という風に会話を一言二言交わした後、再び恐怖のトロッコに乗って帰った。


「あぁ…もう二度と乗りたくない……。」


嘔吐を堪えながらグリンゴッツから出たフィーは、次は何を買おうと頭を働かせる。そういえば制服がなかったんだった、と家のクローゼットの中を思い浮かべ、先にマダム・マルキンの店へ行くことに。

久々のマダムの店だからか、ほんの少しウキウキとした気分で歩いていると、ドンッと大きな“壁”ぶつかった。
そのせいでもろに鼻を痛めた私は、患部を手でさすりながら“壁”を見上げた。


「……って、え、ハグリッド!」
「ん?おぉフィー!」


見上げた“壁”、もとい人は…ホグワーツの森の番人――ルビウス・ハグリッドだった。


「まさかここで会えるとは思わなかったよー。久しぶり、元気だった?」
「俺はずっと元気だぞ!お前さんこそ元気そうで良かった!」
「ふふー、……そういえば“あれ”、無事に受け取れたって?」
「おう、バッチリだ!」
「良かった…。ま、今年は私もいるから、何かあればすぐに呼んでね。」


若干顔色の悪いハグリッド(きっと彼もグリンゴッツのトロッコにやられたのだろう)の腕を数回叩くと、フィーは止めていた足を再びマダム・マルキンの店へ向かわせた。


「さすがフィー、変わらんなぁ。」


懐かしむように瞳を細めたハグリッドを背にフィーは人混みを縫って進んでいくと、やっと目的の店が見えた。
久しぶりにマダムに会える、とその想いが募りに募って、フィーは駆け足気味で店まで駆け寄った。


「は、っ……マダム!」
「はーい。今日はお客さんが多いわねぇ……って……フィー…?」


出入り口に立つフィーの方を見て目を丸くするマダムに、フィーは苦笑しながら中へ入った。変わらない内装、変わらない人。それだけでフィーの心はぽわっと暖かくなる。


「久しぶり、マダム。会いたかったよ!」


タッと床を駆けて抱きつくと、マダムは包み込むようにフィーを優しく抱きしめ返した。じわりと感じるマダムの温もりに、フィーの頬は緩みっぱなしだ。


「また採寸かしら?」
「そ、また1年生から!」
「まぁまぁ、そんな嬉しそうにしちゃって。ほら、こっちよ。」


元気なフィーの姿に、マダムは自然な動作で目尻に浮かんだ涙を拭い、フィーを採寸場へと連れて行く。周りを見れば新入生であろう人影がちらほらとあった。


「さあ、終わりましたよフィー。」
「はーい。今年もありがとう、マダム。」


最後にマダムの頬に挨拶のキスをしてから、フィーはマダムの店を出た。