ハロウィーン・パーティ!

十月がやってきた――校庭や城の中に湿った冷たい空気を撒き散らしながら。
校医のマダム・ポンフリーは、先生にも生徒にも急に風邪が流行しだして大忙しだった。校医特製の「元気爆発薬」はすぐに効いた。ただし、それを飲むと数時間は耳から煙を出し続けることになった。

季節の変わり目のせいか、フィーも風邪の兆候と思しき症状(喉の痛み)が出たのだが、あの薬を飲むくらいなら辛い目にあった方がマシだと、早々に自室に引きこもった。しかしその努力も、ハーマイオニーの突撃によって結局は無駄に終わってしまった。


「ふぁぁ……眠たい……。」


大きな欠伸が談話室にこもる。朝の早いこの時間に、なぜフィーが談話室にいるのかというと、フレッドとジョージの帰りを待っているのだ。今日も今日とてクィディッチの練習に行ってしまった二人。できればフィーも着いていこうと思ったのだが、なにせ今日はひどい嵐だ。行く気には到底なれなかった。
ゆえに、こうして悪戯の計画が書かれた羊皮紙を広げて眺めているのだ。


「「たっだいまー!」」
「っ!! お、おかえり、」


突然開いた扉と大きな声に、フィーは半分夢の世界へと行っていた意識が急に現実世界へ引き戻され、大げさなくらいにびっくりした。垂れていたよだれをさりげなく拭い、声のした方へと身体ごと向ける。


「うわっ、どろどろじゃん!」
「雨風が凄かったからなー。」
「てかそれより聞いてくれ!」


興奮したようにドタドタとフィーの側まで寄ってきた二人は、目をキラキラさせて語った。


「新型ニンバス2001! ありゃあスッゲーよ!」
「まるで水着離着陸ジェット機みたいだったぜ!」
「あー、それってスリザリンの?」
「そうそう! 敵ながら凄かった!」
「そりゃー、クリーンスイープ5号とは比べもんにもなりゃしないね!」
「「欲しい!!」」


雨のせいでへにゃりとさせた髪から、雫がポタポタ落ちてくる。それが羊皮紙に当たらないように、フィーはくるくると羊皮紙を丸めて端へと追いやり、用意しておいたタオルで二人の髪を拭いてやった。


「凄いのは最初から分かってたよ。なんせ最新型なんだから。でも、二人は今の箒に愛着はないの?」
「「あいちゃく……、」」
「そ、愛着。ずーっと乗ってる箒なんでしょ? 私はさ、ほら、運動能力皆無だし、箒すら乗れないから……新型とか言われてもどれも同じにしか思えないけど…。やっぱりずっと乗ってる箒ってのは、他には代えがたい大切な相棒じゃないのかなって思うけど。」


わしゃわしゃと無遠慮に髪を拭いて、雫が落ちなくなったことに満足するフィー。けれどすぐに杖を持ってたことを思い出して、「スコージファイ」と呪文を唱え、泥まみれだった二人を綺麗さっぱりと清めた。


「……フレッド? ジョージ?」


なんの反応もない二人に、フィーは名前を呼んだ。するとぎゅーっと痛いくらいに二人に抱きしめられ、フィーはなす術なく硬直する。


「ち、ちょ、なに、」
「あーもー! なんでそう嬉しいことばっかり言ってくれるかな!」
「そうだよ! 俺たちはあの箒に愛着持ってるんだよ! なにせ俺たちを今までずっと乗せてくれてる箒だからな!」
「「すっかり忘れてたよ!!」」


ぎゅうぎゅうと抱きつかれるのはいつものことだが、やはり慣れない。フィーは恥ずかしさで頬を赤くしたが、二人が喜んでくれてるならいいか、とゆるりと微笑んだ。
ようやく二人が落ち着いて、着替えたところで悪戯計画書を見せた。


「基本はあまり変わってないけど、ここを少し変えてみたの。ほら、なんか慢性化してるから……ちょっと凝らしてみたくって。」
「いーんじゃないか? ここはもう文句なしだろ。」
「じゃあ、ここはド派手に爆発!とかは?」
「フレッドは本当に爆発が好きだね……。」
「ここでは流石に危ないだろ、やめとこーぜ。」
「へーきだって! まだ爆発したあとのこと言ってないだろ?」
「あとのこと?」
「そーそー! だから――……。」


雨は相変わらず窓を打ち、外は墨のように暗くなっていた。しかし談話室は明るく、楽しさで満ちていた。暖炉の火がいくつも座り心地のよい肘掛け椅子を照らし、生徒たちはそれぞれに読書したり、おしゃべりしたり、宿題をしたりしていた。

ハロウィーン悪戯計画の話がまとまったことで、フレッドとジョージは前々から試したがっていた、火トカゲに「フィリバスターの長々花火」を食べさせたら、どういうことになるかというのをここぞとばかりに試していた。
フレッドは「魔法生物の世話」のクラスから、日の中に住む、燃えるようなオレンジ色の火トカゲを「助け出して」きたのだという。火トカゲは、好奇心満々の生徒たちに囲まれてテーブルの上で、今は静かにくすぶっていた。


「フィー。」
「あ、ハリー。」
「やぁ。……その、あのね、多分無駄だとは思ってるんだけど……、」
「うん?」


なかなか話をしないハリーに、フィーはぱくりとスコーンを食べた。その様子にやきときしていたハーマイオニーが、横からずいっと入り込んできた。


「ハロウィーン・パーティの日、私たち『ほとんど首なしニック』から『絶命日パーティ』に誘われてるの。あなたもよければ来ない?」
「『絶命日パーティ』!?」


まさかハーマイオニーの口からその名前が出てくると思わなかったフィーは、あんぐりと口を開けて驚いた表情を見せた。「絶命日パーティ」というのは、生きた人間が行くものとは思えないものだからだ。雰囲気はもちろんのこと、いちばん悪いのは食べ物だ。


「あー、その……私はほら、その日はやることがあるから……。」
「そうよね……分かってたわ。私たちだけで行ってくる。」
「え、ハーマイオニー、まさか本当に行くの?」
「えぇ、そうよ。生きてるうちに招かれた人って、そんなに多くはいないはずだもの!」


ああ、これは止めても無駄だ。
一年もともにいれば、もうこうなったハーマイオニーを止めるなんて不可能だと知っているフィーは、「た、楽しんでね……。」と心の底から願ったのだった。

もちろん他の生徒たちもハロウィーン・パーティを楽しみに待っていた。大広間はいつものように生きたコウモリで飾られ、ハグリッドの巨大かぼちゃはくり抜かれて、中に大人三人が十分座れるぐらい大きな提灯になった。ダンブルドアがパーティの余興用に「骸骨舞踏団」を予約したとのうわさも流れた。

すでにあらかた悪戯を終えた仕掛け人の三人は、大入り満員の大広間の席へと座っていた。近くにハリーたちの姿が見えないということは、もう彼らは『絶命日パーティ』に行ってしまったのだろう。


「それにしても、楽しかったねぇ!」
「爆発させたあとに、煙をカプセルに凝縮させて、一気に破裂させる! 煙がキャンデーに大変身するアイデアは良かったな!」
「あのときのみんなの驚きようったらなかったぜ!」


クスクスと笑い合っていると、ダンブルドア校長の盛大な挨拶とともに、骸骨舞踏団が登場した。メンバー全員が変身術で姿を骸骨に変えていることは周知の事実で、魔法界一の人気音楽アーティストと言っても過言ではない。きっとこのホグワーツでの公演が終わり次第、彼らはすぐに別の場所へと行かなければならないだろう。


「今年は大広間での悪戯は無理そうだね。」
「ま、分かってたことだからな。」
「その分いつもより凝ったのを昼間にしておいて良かったな。」


そんな話をしていたフィーたちも、次第に骸骨舞踏団の世界に魅了されてしまった。独特な世界観はもちろんのことながら、躍動的な動き、鮮やかなピルエットなど、さすがは世界に名を馳せる一団だと素直に頷けた。

こうして骸骨舞踏団の演目は終了し、ようやくご馳走にありつけた。デザートは終盤に出てくるはずだが、フィーの皿には所狭しとハロウィーン特別仕様のデザートがぎっしりと並べられていて、これにはさすがのフレッドとジョージも驚きを隠せずにいたのだが。


「(しもべ妖精たちかな…ふふ、ありがとう!)」


とうとうその日、フィーはデザートばかりを口にしていたとか。


「あーうまかった!」
「やっぱりハロウィーンは最高だね! 毎日あって欲しいくらいだよ。」
「そりゃいいな、毎日あればいろーんなことができる!」


パーティが終わり、三人は人の流れに身を任せながら寮へ帰ろうとしていた。しかし、なぜか前の人が急に止まったせいでフィーは勢いそのままぶつかってしまいそうになる。


「う、わっ!」
「っと……あぶねーなぁ、」
「大丈夫か?」
「う、うん。ありがと、ジョージ、フレッド。」


すんでのところでジョージがフィーを頭ごと抱え込んだため、ぶつからずに済んだ。ホッとしたのも束の間、今度は沈黙が生徒たちの群れに広がり、ある光景を前の方で見ようと押し合った。その傍らで、ハリー、ロン、ハーマイオニーは廊下の真ん中にポツンと取り残されていた。


「なに、なんなのっ…!?」
「「おーい! 何があったんだー!?」」
「なんか、猫がぶら下がってるんだってよ!」
「ねこ?」
「松明に尻尾を絡ませて!」


なんの冗談だ、とフィーは言いたくなったが、ここまで騒ぎが大きいと確認のしようがない。どうせ誰かの悪質な悪戯か何かだろうと思ったが、誰かが静けさを破って叫んだ。


「継承者の敵よ、気をつけよ! 次はおまえたちの番だぞ、『穢れた血』め!」


ドラコ・マルフォイだった。人垣を押しのけて最前列に進み出たマルフォイは、冷たい目に生気をみなぎらせ、いつもは血の気のない頬に赤みがさし、ぶら下がったままピクリともしない猫を見てニヤッと笑った。

そんな彼の言葉でようやく事態の重さが理解できたフィーは、未だジョージに頭を抱え込まれてる状況からなんとか脱し、小さな身体を生かして前へ前へと押し進んだ。
やっと最前列に出てきたフィーは、数時間ぶりに友人たちの姿を目にした。