穢れた血と幽かな声2

ロンがハグリッドの小屋でナメクジを吐き出している最中、フィーが走ってやって来た。途中でロックハートとすれ違いそうになったが、サッと目くらまし術でロックハートの目から逃れてきたのだ。

中で話していたのは、先程ドラコが口にした『穢れた血』という言葉。マグル生まれのハーマイオニーや、マグルに育てられたハリー達にとっては馴染みのないもの。しかし良い意味だなんて微塵も思っていないのは明らかだった。


「『純血』って…そんなに偉いものなの?」


ハリーはあの嫌味なドラコを思い浮かべながら、ぽつりと呟いた。今まで魔法界に触れずに生きてきたハリーにしてみれば、『純血』の価値がイマイチ理解できないらしい。


「『純血』と言っても、たくさんあるわ。たとえばドラコの家もロンの家も純血だけど、両家はいがみ合ってる。それが何故か分かる?」
「ウゥン……、考え方の違い…?」
「大きく分ければそう…かな。ウィーズリー家はマグルにも寛容で、むしろマグルを尊敬してる。それと真反対なのがマルフォイ家。マグルを完全に嫌っていて、純血こそが魔法界には相応しいっていう考え方をしているの。」


その凝り固まった考え方は、何世代にも渡って子孫へと受け継がれている。それがより凝固になったのは、ヴォルデモートという存在も大きいだろう。


「ドラコの純血思想は、『純血こそが全て』っていう家の教えをきっと生まれた時から言い聞かされてるから、もう身体に染み付いてるんだと思うの。
だから平気で『穢れた血』なんて言葉が出る。」


怒りに身を任せてドラコに怒鳴ってしまったが、フィーも分かっているのだ。彼の純血思想の根本は、それこそ一千年も前に遡るのだから。


「…だからって、面と向かって『穢れた血』だなんて言うのはいただけないけどね!」


暗くなってしまった空気を明るくしようと、語尾を強めて話を締めくくったフィーは、「純血が優秀とかマグル生まれが劣等とか、そんなのハーマイオニーにしてみれば関係のないことだもんね。」とはにかんだ。


「そうだ。俺たちのハーマイオニーが使えねえ呪文は、今までにひとっつもなかったぞ。」
「ねー!」


フィーの言葉に続くように、ハグリッドは胸を張って誇らしげに言った。いきなり褒められたハーマイオニーは、落ち込んだ表情から一変させてパーっと頬を紅潮させた。


「でも、他人ひとのことをそんなふうにののしるなんて、やっぱりむかつくよ。」


少し落ち着いたのか、ロンは震える手で汗びっしょりの額を拭った。
アーサー・ウィーズリーとモリー・ウィーズリーから生まれたロンは、純血思想にのまれることなく素直に育ってきたのだろう。それゆえドラコとは余計に相容れないのだ。


「『穢れた血』だなんて、まったく。狂ってるよ。どうせ今どき、魔法使いはほとんど混血なんだぜ。もしマグルと結婚してなかったら、僕たちとっくに絶滅しちゃってたよ。」


また吐き気がやってきたロンは、口を押さえて大きな洗面器に顔を寄せた。フィーは、ロンのあまりにも辛そうな症状に見てられなくて魔法をかけようとしたが、これは最後まで吐き出してしまった方がいいかと立ち上がった。


「フィー? どこに行くの?」
「ん? ちょっと城に戻ろうかなって…。」
「え!? も、もうちょっとぐらい……、」


もごもごと口ごもるハリーに、フィーは「ごめんね、」と申し訳なさそうに謝った。
なぜいきなり、とハリーは思ったが、そんなハリーの思いを知ったようにフィーは笑った。


「もうすぐハロウィーンって思い出したから、準備しないと!」
「も、もう!?」


驚くのも無理はない。まだ九月下旬、十月にすらなっていない。しかもそんな笑顔で準備と言われてしまえば、嫌な予感しかしない。


「さっき、ここに来るときにハロウィーン用のかぼちゃを見つけてさ! 早く考えないと準備が大変だから!」


慌てたようにそう言ってロンの背中をさすり、フィーはハグリッドの小屋から出て行った。

外に出てみれば、もうすっかり陽は真上に昇っていた。まだ昼食を取っていないことを思い出したフィーは、悩んだ結果ある場所へ行くことに。


「サリン。」
「シャー(なぁにー?)。」
「今からお外行っておいで。好きなもの食べてきていいよ。」
「シャー!(ほんとー!?)。」
「ん、ほんと。ただし、生徒のペットとかは食べないの。いい?」
「シャー!」


ニィッと目を細めたサリンは、地面をするすると滑るように進み、やがて見えなくなった。その様子を最後まで見ていたフィーは、今度こそホグワーツ城へと戻ったのだった。

地下に降り、廊下を進む。すると壁に梨が描かれた絵画が見えてきた。その梨をくすぐると、ガコン、という音が鳴りその壁は扉へと変わる。
グ〜……、と鳴るお腹をさすりながら中へ入れば、そこにはたくさんの屋敷しもべ妖精が忙しなく働いていた。


「いらっしゃいませ!」


ぴょこん!と跳ねるようにこちらへやってきたのは一人のしもべ妖精。すると他のしもべ妖精もワラワラと群がるように集まってくる。
そんなたくさんのしもべ妖精達がいる中、フィーが誰だか気づいた妖精達がガシャン!と何かを割る音とともに大きい目をさらに大きくしてこちらを見つめてきた。


「フィー……さま…?」


呟くような声から自分の名前が出たフィーは、認めるように微笑んだ。
その笑みを肯定だと受け取ったしもべ妖精達は、わなわなと震えて一斉にかけよってきた。


「フィー様ぁぁぁっ!!」
「お、お待ちしておりました!」
「さぁさぁ、こちらにお掛け下さい!」


大きな目にたっぷりの涙を溜めたしもべ妖精達は、他のしもべ妖精達の驚く顔など知らぬふりをして、一瞬でミルクティーとスコーンを用意してみせた。


「ふふっ、ありがとう。」
「あ、ありがとうなど…! もったいないお言葉です!!」


わんわん泣くのを見て、フィーは困ったように、けれども嬉しそうに目を細めた。フィーがここへ来るのも数年ぶり。その間、彼らはずっと待っていたのだ。


「新しい子たちもけっこういるんだね。」
「はい!」
「ふふ、よかった。あ、ごはんもすっごく美味しかった! 去年は来れなくてごめんね?」
「いえ! そのお気持ちだけで十分でございます!」


褒められたしもべ妖精たちは嬉しそうに頬を赤く染めている。その様子にホッと息をついたフィーは、軽食をバケットに詰めるようお願いした。
一つ返事で頷いたしもべ妖精は、またもや一瞬で用意して見せた。


「ありがとう! また来てもいい…?」
「もちろんでございます! いつでも来てくださいませ!」


快い返事を受け、フィーは緩む頬を片手で押さえながら厨房から出た。地下から上がり、グリフィンドール寮へと向かう。途中でバケットの中からクッキーをつまみ食いするというはしたないことをしていたが、それを咎めるものは誰もおらず、フィーはスキップでもしそうな勢いで寮の自室に入り、さっそく宣言通り、悪戯を企てるために羊皮紙と羽ペンを用意した。

その日の夜、ハリーとロンが罰則を受けたのだが、ハリーにだけ幽かな声が聞こえるという奇妙なことが起こったのだが、もちろんフィーは知る由もなく。夜が更けてもフィーの自室には煌々と明かりが点いていたのだった。