ギルデロイ・ロックハート2

四人で大広間に入り、昼食を食べる。朝がミルクティーだけ(今日に限っては二口程度しか飲めていない)のフィーは、やっと食事にありつけたとでも言いたげな表情で皿に盛り付けていた。

もぐもぐと口いっぱいに頬張りながら、ハーマイオニーが綺麗に作ったコートのボタンを見る。キラキラと輝くそのボタンの元は、先程の変身術のコガネムシだ。フィーは最後までコガネムシに逃げられていたので結局変える事は出来なかったのだ。


「ほんと綺麗にできてるねぇ。」
「フィーはもう少しコガネムシに対して友好的になった方が良いんじゃないかしら。見ていたけれど、コガネムシに酷い暴言を吐いてたじゃない。」
「逃げるコガネムシがわるい。」


サンドウィッチを食べながらコガネムシに責任転換するフィーは、もうこの話は終わり、とミネストローネを飲みほした。


「午後のクラスはなんだっけ?」
「闇の魔術に対する防衛術よ。」
「君、ロックハートの授業を全部小さいハートで囲んであるけど、どうして?」


そんなロンの問いかけに、フィーは思い切り喉を詰まらせた。ゴホゴホと咳き込みながら、向かいに座るロンにハーマイオニーの時間割を見せてもらうと、確かに丁寧なハートで囲まれていた。
そういえばこの親友はロックハートにお熱だったと思い出したフィーは、隣に座るハーマイオニーに残念そうな目を向けたが、当のハーマイオニーは時間割を見られた事に羞恥を覚えているらしく全く気付いていなかった。


「勘弁してくれ、ハーマイオニー…。」


ぼそりと呟かれた台詞は、ポケットに丸まる白蛇のサリンしか聞いていなかった。サリンはちらりと目を開けた後、膝の上にフィーの手がある事を確認してから少しだけ体をポケットから出し、その手をぺろりと舐め上げた。


「(っと…サリンもお昼ご飯食べたいよね。)」


朝は寝ていたサリンだから、当然何も口にしていない。すぐに思い出したフィーは中庭に行こうとする三人に断って、サリンの昼食を取ることに。


「ごめんね、サリン。お腹すいたよね」


もちろん、表立って喋ったり姿を現したりする訳にはいかないため(混乱を招く危険性がある)、サリンはポケットの中で尻尾をぱたりと動かした。サリンは己の主人であるフィーと一緒にいられればそれでいい為、ご飯の用意が遅れてしまっても特別怒るような事はしない。


「はい。チキンだよ。」
「シャー(ありがとーフィー様ー)。」


一口サイズに切られたチキンをサリンは頬張る。普段はマウスやラット、トカゲといったものを食べるのだが、ここにそれらがあるはずもなく。しかしサリンは文句の一つも言わずにもぐもぐと食べ進める。その様子を眺めながらフィーもゴブレットに残ったままの紅茶を飲み干したのだった。

防衛術の教室まで一人で来たフィーは、ハリー達をきょろ…と探す。机の上に教科書を山のように積み上げられ、人の顔などまったくもって見えずにフィーはため息を吐く。そんな彼女は手ぶら。そう、結局最後まで教科書を買わなかったのだ。己の手で稼いだお金でロックハートの教科書を買おうだなんて到底思えなかったからである。
一つ一つ本の間から顔を覗いていくと、一番後ろに座るお目当ての人物がいて、フィーはすぐに駆け寄った。


「お待たせ。」
「遅いよフィー…。」
「? なんかあった?疲れた顔してるよ。」
「後で話す…。」


フィーを出迎えたのは顔をげんなりとさせたハリーだった。隣のロンは不機嫌そうに口をへの字に曲げているし、ハーマイオニーは深い息を吐いている。あのたった数分で何があったのだろうと気になったが、教卓に立つロックハートが大きな咳払いをしたため、フィーは大人しくハーマイオニーの隣に座った。


「私だ。」


ネビルの持っていた『トロールとのとろい旅』という教科書を勝手に取り、皆に見えるように自分の写真が載っている表紙を高々と掲げた。


「ギルデロイ・ロックハート。勲三等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員、そして、『週刊魔女』五回連続『チャーミング・スマイル賞』受賞――もっとも、私はそんな話をするつもりはありませんよ。バンドンの泣き妖怪バンシーをスマイルで追い払ったわけじゃありませんしね!」


ペラペラと自分の自慢話ばかりを並べるロックハートは、見ていて実に滑稽だ。今の話に笑いが起こることを期待していたらしいのだが、ただ曖昧な笑い(引き笑いともいう)が返ってきただけだった。
その後、ロックハートはミニテストをするとテストペーパーを配りだした。生徒がどれだけ教科書を読んだかチェックするらしい。これにはフィーも机に額をついて項垂れた。なんだこの授業。思わず口に出して言いそうになったが、隣のハーマイオニーは既に羽ペンを持ってやる気満々だ。そこに水を差すような発言はできない。

結局諦めて配られたテストペーパーに目を向けた――が、問題を読んで再び机に逆戻りしてしまった。


1 ギルデロイ・ロックハートの好きな色は何?
2 ギルデロイ・ロックハートのひそかな大望は何?
3 現時点までのギルデロイ・ロックハートの業績の中で、あなたは何が一番偉大だと思うか?



54 ギルデロイ・ロックハートの誕生日はいつで、理想的な贈り物は何?


ハリーとロンも撃沈し、机に額をつけた。ただ一人、ハーマイオニーだけは黙々と羽ペンを動かし続けた。

三十分後、ロックハートは答案を回収し、クラス全員の前でパラパラとそれをめくる。その音が存外心地よく、フィーはすぐに夢の中へと引きずり込まれていった。


「――フィー、…フィー!」
「ん、んー……なに…?」
「何じゃないわよ!もう、静かだと思ったら寝てたのね!?」
「んー…。」


いつもならフィーが寝ていたらすぐに気がつくハーマイオニーだが、今日は大好きなロックハートに釘付けでそれどころではなかった。おまけに先ほどのテストでは、自分一人だけが満点を叩き出したのだから、隣を見ている余裕などない。ゆえにフィーはぐっすりと眠ることができたのだ。


「寝ないで!あれを見て!」
「んー…?なに……、」


そんなハーマイオニーがフィーの居眠りに気づいたのは、他でもないロックハートがピクシー小妖精を教室で放ってしまったのだ。生徒はすぐに教室から出て行き、ハリー達もその後を追おうとしたのだが、タイミング悪くロックハートの目に入ってしまい、なんと面倒なことにピクシーの相手をなすりつけられたのだ。当の本人はそそくさと教室から出て行ってしまった。


「………は?」
「耳を疑うだろ?」


ぽかんと口をあけて戸惑うフィーに、ロンはピクシーの一匹にいやというほど耳を噛まれながら唸った。


「わたしたちに体験学習をさせたかっただけよ。」


ハーマイオニーは二匹一緒にテキパキと『縛り術』をかけて動けないようにし、籠に押し込みながら言った。


「体験だって?」


ハリーはべーっと舌を出して『ここまでおいで』をやっているピクシーを追いかけながら、ハーマイオニーを宥めるように声をかける。


「ハーマイオニー、ロックハートなんて、自分のやっていることが自分で全然わかってなかったんだよ。」
「違うわ。彼の本、読んだでしょ――彼って、あんなに目の覚めるようなことをやってるじゃない……。」
「ご本人はやったとおっしゃいますがね。」


なおもロックハートを庇うハーマイオニーに、ロンはまたピクシーに噛まれながらぼそっと呟いた。
また喧嘩するかな…と眠気まなこで三人のやり取りを見ていたフィーは、杖で籠をトントンと叩く。するとピクシー小妖精はたちまち家に帰るかのように籠に集まってきた。ハーマイオニー達は自分の周りにいるピクシーに夢中で気づいていない。くぁぁ…と大きな口を開けて欠伸をしたフィーは、ふりふりと手を振ってくるピクシーを見ながらとりあえず自分もと手を振っておいた。





ピクシー(ピクシー妖精)PIXIE
M.O.M. 分類 : XXX
 イギリスのコーンウォール地方に多く見られる。冴えた青色で、背丈は最大20センチほどになる。非常にいたずら者で、ありとあらゆるいたずら、悪ふざけを喜ぶ。羽はないが飛ぶことができ、ぼんやりしているヒトの耳をつかんで、高い木や建物のてっぺんに置き去りにすることで知られる。ピクシーは仲間うちにだけにわかるかん高いペチャクチャ声を出す。妊娠して、子を産む。
(『幻の動物とその生息地』著 : ニュート・スキャマンダー から抜粋)