ギルデロイ・ロックハート

新学期の歓迎会。ハリーとロンはまた一つ伝説を作った。ホグワーツ特急に乗れなくて、アーサー・ウィーズリーの空飛ぶ車に乗って学校までやって来たのだ。しかもマグルに見られてしまったこともあり、スネイプだけでなくマクゴナガルも怒りで唇を震わせていたほどだ。



「おはよー……。」
「おはようフィー。ミルクティーあるわよ。」
「ん…ありがと……。」


寝ぼけた目をしてのろのろとハーマイオニーの隣に座ったフィーは、差し出されたミルクティーをぼんやりと見つめて一口飲む。これ以上ないくらいの甘さが身体にじんわりと沁み渡り、フィーはホッと息を吐いた。

すると、何やら大きな灰色の塊がハーマイオニーのそばの水差しの中に落ち、周りのみんなにミルクと羽のしぶきを撒き散らした。もちろん隣にいたフィーにも被害が及び、せっかく珍しく整えられた髪がミルクと羽でぐっしょりだ。


「エロール!」
「(……最悪…。)」


ロンの叫びを聞きながら、フィーは自分の髪からぽたり、ぽたりと滴り落ちるミルクの滴を眺めた。拭う気力すらないのだろう。


「ああフィー! 大丈夫!?」


すぐにハーマイオニーが魔法で綺麗にしてくれたが、フィーにはどうしてもミルクの匂いが取れないでいた。
ロンはぐっしょりと濡れたふくろうの足を掴んで引っ張り出す。飛び込んできた灰色のふくろう――エロールは気絶してテーブルの上にボトッと落ちた。足を上向きに突き出し、嘴には濡れた赤い封筒を加えている。その赤い封筒を見た瞬間、フィーもロンも顔をサッと青くさせた。


「大変だ――。」
「大丈夫よ。まだ生きてるわ。」
「違うよハーマイオニー…。」
「そうじゃなくて――あっち。」


ハーマイオニーが指先でエロールをチョンチョンと軽く突いているのを横目に、ロンは赤い封筒を指差した。ハリーも赤い封筒を見たが、その封筒がどんな意味を持っているのか想像もつかないらしく普通の封筒と変わりがないようにしか思えないらしい。しかしロンもネビルもフィーも、今にも封筒が爆発しそうな目つきで見ている。


「どうしたの?」
「ママが――ママったら『吠えメール』を僕によこした。」


ハリーの問いに、ロンはか細い声でそう言った。隣にいたネビルも「ロン、開けた方がいいよ」と恐々と囁く。それにはフィーも同感だった。開けないまま放置しているとどうなるのか、フィーもネビルも身をもって知っているからだ。


「じゃ、じゃあ私、ちょーっと髪の毛だけ洗ってくるね。ミルクの匂いが鼻について取れなくて…授業までには行くから!」
「フィー!1限目が何かまだわからないのよ!」
「あ、あー……そっか。まだ時間割配られてなかったね…。」


ロンが手紙を開く前に大広間から逃げ出したい一心のフィーは、ええい!と悩むことを諦めた。


「何とかなるから大丈夫ー!」


1限目の予想なんて全くつかないのだが、仕方がない。フィーは一目散に寮に戻ってシャワーを浴びた。念入りに髪を洗い、ふわふわのタオルで拭いてから最後に魔法で綺麗サッパリ乾かした。


「ん。えーっと…1限目は……、」


まずは大広間に行こう。そこで時間割貰おう。
その考えに至ったフィーは自室から出て城内を歩く。すると、もう1限目が始まってしまったのだ。


「……やっばいな。」


たらり、冷や汗が流れる。魔法薬学の授業ならまたスネイプにネチネチと言われるかもしれない。変身術も然りだ。だがそれ以外ならまだ何とかなる。
フィーはうんうんと唸りながらとりあえず歩く。するとハリーとロックハートが温室の前で向かい合っているのが見えた。


「ハリー!ああ良かった!」
「フィー!」
「おや?君は誰かね?」
「ハリーの友達です。ハリー、1限目は薬草学なの?」
「う、うん(フィーもロックハートに対して容赦ないな…)。」
「良かった!ポモーナ…じゃなくて、スプラウト先生なら遅れても許してくれるわ!さ、行こうハリー。」
「え、でも、」


フィーはハリーの腕を掴み、ロックハートにこれ以上口を開く隙を与えずに温室へと入った。扉を閉める際はロックハートに見せつけるようにピシャリ!と勢いをつけながら。

スプラウトは温室の真ん中に、架台を二つ並べ、その上に板を置いてベンチを作り、その後ろに立っていた。ベンチの上に色違いの耳当てが20個程並んでいる。
ハリーとフィーは、ロンとハーマイオニーの間に立つ。それを見てからスプラウトは授業を始めた。見られたフィーは申し訳なさそうに肩を竦めた。


「今日はマンドレイクの植え替えをやります。マンドレイクの特徴がわかる人はいますか?」


みんなが思った通り、一番先にハーマイオニーの手が挙がった。フィーは邪魔にならないように、というか目立たないようにハーマイオニーから若干距離を開ける。


「マンドレイク、別名マンドラゴラは強力な回復薬です。」


いつものように、ハーマイオニーの答えはまるで教科書を丸呑みにしたようだった。


「姿形を変えられたり、呪いをかけられたりした人を元の姿に戻すのに使われます。」
「たいへんよろしい。グリフィンドールに10点。」


それから更に問答は続き、そのどれもをハーマイオニーが答えたのだった。
その後、先生が一列に並んだ苗の箱を指差し、生徒はよく見ようと一斉に前の方に詰め出した。紫がかった緑色の小さなふさふさした植物は百個くらい列を作って並んでいる。


「今年ももうそんな時期か。」


配られた耳当てをスプラウトの合図でつける。先生がふさふさした植物を一本しっかりとつかみ、ぐいっと引き抜いた。
出てきたのは植物の根ではなく、小さな泥んこのひどく醜い男の赤ん坊だった。葉っぱはその頭から生えている。肌は薄緑色でまだらになっていて、その赤ん坊――マンドレイクは声の限りに泣き喚いていた。
スプラウトはテーブルの下から大きな鉢を取り出し、マンドレイクをその中に突っ込み、葉っぱだけが見えるように湿った堆肥で埋め込んだ。先生の親指の合図で皆は耳当てを外す。


「このマンドレイクはまだ苗ですから、泣き声も命取りではありません。しかし、苗でも、みなさんをまちがいなく数時間気絶させるでしょう。新学期最初の日を気を失ったまま過ごしたくはないでしょうから、耳当ては作業中しっかりと離さないように。」


ハキハキと喋るスプラウトは、生徒にテキパキと指示を出す。グループ分けは先生が行うらしく、フィーは一人三人組のハッフルパフ生と一緒に作業を行うことに。


「よろしくね。」


朗らかなハッフルパフ生は、突然のグリフィンドール生でも心優しく受け入れてくれた。フィーも安心して頬を緩ませ、互いに話し合う。
けれどすぐにその話も耳当てをつけることで終わってしまった。少し残念に思いながらもそれぞれマンドレイクに集中する。

実際にやってみるマンドレイクの植え替えは難しく、時間がかかった。フィーはやはり何年もやっているからか、見本で見たスプラウト先生のように手慣れた様子で鉢に植えていく。そんなフィーのおかげもあってか、フィーのグループはすぐに終わったのだった。

授業が終わる頃にはみんな汗まみれの泥まみれで、体があちこち痛んだ。勿論フィーも例外ではない。マンドレイクが逃げ出したことで追いかけっこをしたらしく、もうへとへとだった。


「はい、フィー。時間割よ。」
「わ、ありがとう!次の授業は…変身術か。」
「遅れないように急ぐわよ!」
「はーい!」


汚れを落としたフィー達は駆け足で変身術のクラスに向かう。
マクゴナガルのクラスはいつも大変だったが、今日はことさらに難しかった。課題はコガネムシをボタンに変えること。けれどコガネムシはあっちへ行ったりこっちへ来たりと杖をかいくぐって逃げ回ってしまう。


「に、げない、でよっ!もう!」
「フィー…君も大概乱暴だよね。」
「ロンこそ、その杖どうにかしたら?スペロテープだけじゃあ心許ないよ。」
「仕方ないよ…ママに言ったらどうせまた『吠えメール』が送られてくるだけだから…。」
「あぁ……、」


フィーもそれ以上言うのは酷だと思ったのか、ロンに同情の目を向けただけだった。