ディオネル邸
人数分ある椅子にみんな腰掛け、目の前に並ぶ料理をキラキラと眺める。ロンは無意識に手が伸びてしまったようで、隣のハーマイオニーに容赦なく叩かれていた。
そんな様子を眺めながらフィーはパン、と手を合わせる。
「それじゃあ、食べよっか!」
フィーの言葉が合図だったようで、みんなは我先にと料理に手を伸ばした。
ローストビーフにヨークシャー・プディング、ミートパイといったイギリス料理は勿論のことだが、今夜の晩餐には他にも沢山の国々の料理があった。
例えばスペイン料理の「ピンチョス」。これは小さく切られたパンに少しの食べ物(主に魚)が乗せられたもので、軽食として食べることが多い。それから有名どころで言えば「パエリア」だ。具材は魚介類、鶏肉、ウサギ肉、カタツムリなど、様々である。今回はあまり重くならないように野菜と魚介類と少しの鶏肉だけで作られている。
それから韓国料理。これはフィーのリクエストだ。最近好きになったもので、特にフィーが気に入っているのは「スンドゥブチゲ」だった。おぼろ豆腐が使用された辛いチゲはなんとまあフィーの口に合ったらしく、よくレイテルに頼んでいるのだ。それから「クジョルパン」。これはクレープ状のチヂミに野菜を包んで食べるというシンプルなものだ。
最後に日本料理。恐らくあまり誰も食べたことがないだろうとフィーが思い、レイテルに頼んだのだ。まずは「お寿司」。酢飯で握られたお米の上に生の魚が乗せられたもので、それを醤油につけて食べるのが一般的だ。ただ、時間が経つとすぐにネタが駄目になってしまうので要注意の料理でもある。そして「天ぷら」。海老やらカボチャ、タマネギや魚といったものがサクッとした衣で揚げられたそれは何とも美味しい。塩で食べるもよし、特製の
「そう言えば、フィーとロニー坊や達はいつ仲直りしたんだ?」
つまんねー、と吐いたのはフレッドだ。どうやらフィーがハリー達と仲直りしたのが面白くないらしく、美味しいご飯を食べて頬を緩ませたかと思えば相変わらずのハリー達との仲の良さに嫉妬から顔を歪める。
「手紙が来たの。ロンとハーマイオニーから。ハリーからは来なかったけど、ロンが手紙で教えてくれてね。三人とも謝ってくれたし……私も、いつまでも三人と喧嘩離れしたままじゃあ嫌だったもの」
「「ちぇっ!」」
ぷん、とむくれる双子に「新しい物を考えたんだけど」とこっそり言うと、二人は「「僕らもさ!」」と声を揃えて言った。うん、やっぱり二人にはこの笑顔が似合う。
「で、私は煙突飛行に失敗したからノクターンに出たんだけど…誰かノクターンに行ったの?」
「ハリーが煙突飛行に失敗したのよ。もう私たち、ほんとに心配したんだから!フィー、貴女もよ!何にもなくてよかったわ」
まさかのハリーが失敗したことに驚いた。ジェームズとリリーの二人と一緒にいて、彼らが失敗したところなんて見たことがなかったからだ。けれどハリーにとって煙突飛行はどうやら初めてだったらしく、それなら仕方がないと笑った。
「でも、ほんと無事でよかったねぇハリー。ノクターン横丁は危ないところだから」
「ハグリッドが助けてくれたから……それよりも聞いて!マルフォイがいたんだよ!そのノクターン横丁に!」
興奮したように早口で言うハリーの言葉に、
フィーは驚いた素振りを見せながらも内心「(見られてんじゃん……)」と、ルシウスに対して呆れた。大方魔法省からの抜き打ち調査のために屋敷にある怪しい品々を売りに行ったのが一番の理由だろう。
「ま、いろいろ考えたところで正解なんて分からないんだからさ!それよりもみんな食べ終わった?」
「うん!もうお腹いっぱいだよ……」
「ふふ、ロンの食べっぷりは見てて気持ちよかったよ。ならデザート…と言いたいところだけど、入る余地はないね」
なら、魔法で冷やしておくように言っておくね、と言うと、パッとテーブルの上にあった料理は一瞬にして消えた。まるでホグワーツのようなそれに、一同は驚いて声を上げる。そんな新鮮な反応に満足しながら、フィーはレイテルを呼んだ。
「お呼びでございますか!フィー様!」
「みんなをお部屋に連れて行ってあげて?」
「かしこまりました!さあ皆様、どうぞこのレイテルめの後ろに着いてきてくださいまし!」
「すげー!なんつーか、こんなしもべ妖精初めて見たな、相棒」
「あぁ!やっぱりうちにも欲しいよな、相棒」
「「そうすれば俺たちはもっと悪戯家業に専念できるのに!!」」
まるで悲劇のヒロイン(いや、男の場合はヒーローか?)のように演じる二人を、レイテルは戸惑ったようにおろおろと眺めたあと、主人であるフィーに助けを求めたがフィーはくすくす笑いながらレイテルに行くように促す。レイテルは一度フレッドとジョージをくりくりとした瞳に映してから、ぴょこぴょこと跳ねるように廊下を進んでいった。その後ろをハリー、ロン、ハーマイオニーは遅れずに着いて行くが、フレッドとジョージだけは少し離れてから飄々とした態度で追いかけた。
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その日の夜。ハリーはロンとハーマイオニーを呼んで一つの部屋に集まった。フレッドとジョージはフィーと話している。大方悪戯の話に違いない。
「ねぇ、フィーの家って有名なの?」
「ウーン…有名って言えば有名なのかな。ディオネル家の家系図はあまり知られていなくて、誰もその名前を出さないから分からないんだ」
「でも、モリーおばさんは知ってたよね?」
「ママだけじゃないさ!パパも知ってるよ!」
「アーサーおじさんも?」
話せば話すほどフィーに対しての疑問は溢れてくる。一体何者なのか、どうしてこんな広い家に一人で(屋敷しもべ妖精を入れないで)住んでいるのか。家族は?親戚は?わからないことだらけだ。
「それでも、こうしてコソコソ話し合うのは良くないわ。フィーは友達よ?」
「友達だからこそ、だろ。それにフィーはマルフォイの父親を名前で呼んでた!」
「それも何か訳があるんだわ!」
ロンとハーマイオニーが言い争う。自分から振った話題で二人がこれ以上仲違いするのは良くないと、ハリーは慌てて止めに入る。二人は言い争うことは止めたが、それでもソファーに座る位置が遠くなった。
「……確かに、フィーは謎が多いし、マルフォイとも仲が良い。でも……何でだろう、僕はこれっぽっちもフィーを疑う気持ちなんてないんだ」
出会って一年。長くも短くもないその月日は、フィー・ディオネルという存在を確かにハリーの心に植えついていた。それは嫌な意味ではなく、何故だかひどく心地良いものだった。
「僕だって!フィーを疑う気はないよ!」
「あーら、さっきまでワンワン吠えてたのは誰かしら」
「なにっ、」
「とにかく!きっとフィーにも事情があるのかもしれない…。僕たちは信じて待とう」
穏やかなハリーの微笑みに、二人も自然と頷いた。
――そんな三人のいる部屋の扉の向こうでは、白蛇がちろりと赤い舌を覗かせてスルスルと暗闇の中へ消えていった。
「あっはっはっ!それいい!」
「だろ!? んで、このボールから色付きの霧を噴出させるんだ」
「それに触れた者は、自分の好きな色に髪色が変色するんだよ!」
「素敵素敵!」
夜もすっかり更けているのに、煌々と明かりが点いているのはフィーの部屋だ。広いベッドの上には悪戯道具の新作グッズがずらりと書いてある羊皮紙がたくさん散らばっていた。
「で、フィーは何を考えたんだ?」
「えっとね、学校が始まったらまたすぐハロウィンがあるでしょう?だから、その時に使うものを考えたの。これなんだけど、」
ベッドから降りてクローゼットをゴソゴソと探るフィー。やがて目当ての物を抱えてまたベッドの上に戻った。三人の中心に置かれたのは小さな瓶。薄い水色のそれは振ってみるとカラコロと音が鳴った。
「あれ、何か入ってんの?」
「ビー玉!もともとは別々だったんだけど、ビー玉を小さくして中に入れて、また元の大きさに戻したの」
「へぇ!で、これでどうすんだ?」
ジョージが瓶を振りながら尋ねると、フィーはニヤッと悪い笑みを浮かべて見せた。
ジョージが瓶を持ったままの状態で、瓶のてっぺん――つまり蓋の部分を指先でトントンと叩くと、瓶はサラサラと上から砂のように崩れていく。「「え!?」」と驚く双子を他所に、薄い水色のガラスの砂が山のようになった。唯一原型を留めているのは中に入っていた透明なビー玉のみ。
「……び、瓶が……」
ゴクリ、と二人が息を飲んだ瞬間、ビー玉がガラスの砂を纏いながら浮き始めた。ビー玉の半径5センチ周りを線状に包むガラスの砂は、暫くするとふわっと舞うように散らばり、光の粉のように三人に降り注いだ。それに見惚れるフレッドとジョージだったが、空中に浮かんでいたビー玉がだんだん大きくなり、やがてパキン!と割れて弾けた。瞬間、ガラスでできていたはずの欠片はプヨプヨとしたものに変化した。それに驚いたのも束の間、無数の小さな妖精が三人の周りで飛びながらきゃはきゃはと笑う。そうして数分もしない内にちょん、とそれぞれの鼻の頭に触れて消えていった。
「………すっげー…」
「瓶が…ビー玉が……」
「「スッゲー!!」」
未だに浮いているプヨプヨした元ビー玉や、降り注ぐガラスの粉にはしゃぐフレッドとジョージに、フィーは得意げに笑った。
「悪戯完了!」
悪戯後のお決まりとなっている挨拶とともに。
午前3時。もうみんなそれぞれの部屋で眠ってしまい、屋敷は真っ暗だ。けれどフィーの部屋だけは小さな明かりが点いていた。椅子に座り、デスクの上で手を組んで思いつめたような顔をするフィーは、重い息を吐いた。
「フィー様…」
「サリン?どうしたの?」
静かな部屋に、シューシューと言った蛇の鳴き声が響く。我が家で蛇とはサリンしかおらず、したがってフィーはすぐにその名前を呼んだ。
サリンは器用にデスクの脚を伝い、フィーと顔を合わせられる位置にまで登る。そうしてデスクの上に来たかと思えば、その頭をゆっくりともたげた。
「今日はいっぱい人がいたけど、フィー様が呼んだのー?」
「うん、そうだよ。私はこの家を空けていくことは出来ないからね。学校とかは別として」
「……ふーん…。ねぇ、フィー様は……学校、楽しいー?」
唐突に尋ねられたそれに驚いたものの、すぐにフィーはにっこりと笑った。
「もちろん!あそこは私のもう一つの家でもあるし、何よりたくさんの人に出会えるっていうのは本当に楽しいことだよ」
「ふーーーーん」
「あ、なら…今年は連れて行ってあげよっか?」
首の下をくるくると撫でてやると、サリンは気持ちよさそうに目を細める。かぱりと開いた口からはちらりと鋭い牙が見え隠れした。
「えっ、いいのー!?」
「んんー…サリンが行きたいならいいよ。行きたい?」
「行きたいー!」
「よし、なら連れてったげる」
サリンの目の前に手を差し出すと、サリンはデスク上にある明かりで身体を照らしながらフィーの腕を慣れたように登る。ぐるりと首に巻きつけば、フィーの鼓動が直に感じられた。
「でも、人前では私とのお喋りは禁止だよ?」
「うん!」
「喋るのはいいけど、私はパーセルタングで話さないからね?」
「うんっ!!」
「分かればよし!」
こうして突然決まった、サリンのホグワーツ行き。恐らくチェイルがまたじとりとした目で見てきそうだが、こんなにも楽しそうにしているのだ、連れて行かないわけにはいくまい。
フィーは騒がれること間違いなしだな、とほんの少し思いながらもサリンと過ごすホグワーツを楽しみに、唯一点いていたデスクの上の明かりを消した。