長い夏休み

夏休みに入って早1週間が経った。特に何もないまま過ぎていく日々を満喫していると、突然レイテルが慌てた声をあげて部屋をノックしてきた(慌てていてもきちんとノックをするのは流石と言うべきか)。
フィーが軽く返事をすると、レイテルは大きな目を更に大きくさせてその目からぽろぽろと大粒の涙を流していた。


「フィー様ぁ!!」
「うぉっ!? ど、どうしたのレイテル…。」
「レイテルめは、レイテルめは役立たずでございます!ディオネル家には不要で馬鹿で阿呆でどうしようもない屑なのでございます…!」
「レイテル、落ち着いて。」


自分を責める言葉しか紡がないレイテルの口を手で塞ぐ。くりくりとした目をきょとんとさせてフィーを見てくるレイテルが可愛くて、思わずその頭を撫でた。


「会ったときから言ってるでしょ?自分のことをそんな風に言わないでって。…ほら、涙拭いて…鼻水も。」


ティッシュを渡してやると、ぐしぐしと涙を拭いてチーン!と豪快に鼻をかむ。そうしてやっと落ち着いたレイテルを見て、何があったのかを促した。


「け、今朝、ヒック、結界が揺らいだので、レイテルはすぐに屋敷から出たのでございます。」


結界が揺らいだ
その言葉にフィーは目を細めてレイテルの続きを待った。この屋敷に施してある結界は自身の中でも最高を誇るものだ。ホグワーツにはそれと同じものを施してあるし、ダンブルドアの結界もある。だからこそ、その結界が揺らいだというのは衝撃の事態なのだ。レイテルもそれが分かっているからこんなに慌てているのだろう。


「で、ですが、外には誰も居らず、ポスト前に結界に大きな穴が空いていて…、」
「……穴、」
「はい!そしてポストの中にこれが……。」


ポケットの中に突っ込んだからか、レイテルが取り出した手紙はくしゃくしゃだ。普段は皺一つなく持ってくるのに、今日はよっぽど慌てたんだろう。
ありがとう、と礼を言ってから受け取りレターナイフを使って封を切る。綺麗に折られていた便箋を広げると、そこには達筆な文字で言葉が綴られていた。


「……これ、は…、」
「フィー様……?」
「…ご丁寧に挑戦状を送りつけてくれたらしいよ――闇の帝王は。」


くつくつと笑って便箋をテーブルの上に置き、その上からダンッ!と勢いよくレターナイフを突き刺した。


Dear フィー様

暑さが厳しくなってきた今日この頃、如何お過ごしでしょうか。私は相も変わらずです。
さて、先日はどうもお世話になりました。まさかあの子どもと既に出会っているだなんて思いもしなかったので驚きました。
次は2年生ですね、何もない平凡な1年が送れますように…。ですが、人が思わず固まってしまうような事態がないよう、お気をつけ下さいませ。
まだまだ暑い日が続きますが、お体にはご自愛ください。
追伸 プレゼントはお気に召して頂けたでしょうか。

From Lord Voldemort




嫌味しかないその手紙を視界にすら入れたくなくて、素早く杖を振る(丁寧な口調も苛立たせる要因だ)。途端に手紙は燃え、みるみるうちに灰になっていった。灰の中にぽつんと残るレターナイフを机の中にしまい、フィーはそっとレイテルの名前を呼んだ。


「ありがとう。危険を察知してくれて……知らせてくれて。」
「い、いえ!!」
「レイテルが居てくれて良かった。」
「ッ、フィー様…!も、もったいなきお、お言葉で……エーンエーン…!」


レイテル独特の泣き声が部屋に響く。そんなレイテルの頭をそろそろと撫でると、「すぐに昼食の準備をしてきます!」と涙目で出て行った。


「……『エーン』って泣き方…出逢った頃から変わらないなあ…。」



くす、と笑ってフィーも部屋から出る。向かう先は外――穴の空いた結界を直さなければ。


「…なーにが“プレゼント”だ、ほんと嫌味しかない。なに、『自分はいつでも結界なんて壊せるんだぜー侵入出来るんだぜー』って?む、か、つ、く!!」


悪態を吐きながらも杖先はぶれる事なく穴に向かっている。この際結界を新しくしようか、と思い、暫く思案していると、レイテルが昼食を作り終えたとフィーを呼びに来た。どうやら外でも食べられるように片手で持って食べるものを作ってくれたらしい。本当はそんな食べ方はマナーとしては行儀が悪いが、今は仕方がないということで許してほしい。


「あー…それにしても暑い…。」
「? 魔法をお使いになられないのですか?」
「んん……うん。…そういう私的なことでは使わないようにしてる…んだけど、」


結界やら手紙を燃やすやらで説得力がない説明に、フィー自身苦笑してしまった。けれどレイテルはそうではないようで。


「さ、さすがでございます、フィー様!このレイテル感動致しました!!」
「え、あ、ありがと……。」


キラキラと目を輝かせるレイテルに、まあいっかとフィーも開き直った。


「…やっぱり、結界を張り直すよ。これまでよりも強度なものに。」
「でしたら…まだまだお時間がかかりますね。」
「うん…。まぁ、しょうがない。てことで、あとはよろしくね。誰も家に入れないように。」
「かしこまりました!」


さて、本格的にするか。
もぐもぐと昼食を食べながらフィーはその場に座りこみ、杖先に力を込めた。

あれから数時間。もうどっぷりと日は落ち、外は真っ暗だ。この土地をすっぽり覆い隠すほどの結界を張ることは一朝一夕で出来るものではなく、まだまだ途中段階である。
ぽい、と口にチョコレートを放り込む。じわりと口の中に広がるチョコレート独特の甘さに思わず頬が緩んでしまう。続いて2個3個とぱくぱく食べ進めていると、座っていた足元からスルスルと何かがやってきた。


「わ、サリン!どうしたの?」


何か、とは白蛇のサリンだった。ホグワーツへは連れて行くことが出来なかった分、家に居る間はフィーはこの子に構いっぱなしだ。もちろん梟のチェイルも。だが、やはり離れていた寂しさはサリンも感じていたのだろう。いつもより数倍甘えたになっている。


「ふふ、くすぐったいよ。」
「フィー様、休まないのー?」
「んんー…あともうちょっとだけ。」
「いつもそう言ってるけどー…、『もうちょっと』で済んだ日があったっけー?」
「手厳しいね、サリン……。」
「…どうしても、って言うんだったら、ぼくも一緒にいるー!」
「だーめ。今夜は熱帯夜らしいし…サリン暑いの好きじゃないでしょう?」
「いいのー!だめならフィー様も屋敷の中に入ってー!」
「う……、」



言い方は可愛いのに内容はあまり頷きたくないものだ。
サリンはまだまだ年齢が低く、そのため喋り方も威厳のあるものではなくまるで幼子のようなそれだ。蛇、と言うだけで怖いものの象徴のように見られてしまうが、サリンはそんな象徴を打ち壊してしまう程のギャップがある。……まぁ、見た目もフィーからすればすごく可愛いのだが。
ちなみに、フィーはもともとパーセルマウスではないため、サリンと話すためにパーセルタングを死に物狂いで勉強したのだ。それこそ寝る間も惜しんで。その様子を間近で見ていたサリンだからこそ、フィーの身を案じてくれているのだろう。


「はぁ…わかった。ならちょっと寝よっかな。」
「じゃあ早く戻ろー!ぼくね、ぼくね、フィー様と一緒にお風呂入りたいしー、ご飯食べたいしー、えっと、えっと、あ、一緒に寝たい!」
「わかったわかった。全部叶えてあげる。なにせ可愛い可愛いサリンの願いなんだから。」



するりと腕に絡みついてくるサリンに頬ずりし、フィーは家の中へと戻った。中ではチェイルがじとーっとした目で待っていたのは、また別の話だ。