二つの顔を持つ男3
落ちた先では、何かが争った爪跡が残っていた。遅かったかと懸念し眉間に皺を寄せながら、確かこっちに近道があったはず…と、昔の記憶を手繰り寄せながら進んでいくと、大きな扉がそこにはあった。
はやる鼓動のまま、扉を開けようと手を伸ばす。ドアノブに触れるか触れないかのところで手を一瞬止めるも、そんな迷いを振り切るかのようにフィーは躊躇いなくその扉を開けた。
「ハァイ、ハリー…――クィリナス。」
「え、なっ、フィー!? どうして…!」
「ほら、ね?やっぱりスネイプ先生じゃなかったでしょう?」
穏やかに微笑みながら現れたフィーにハリーは目を見開き、その後目線を下に落とす。それを一瞥したフィーは足音を響かせながら今度はクィレルへと近寄った。
フィーの瞳に映るクィレルは、予想外の彼女の登場に驚いているのか、声を失っているかのようだった。
「その鏡でハリーを使って石を取ろうとしたんだ…。よく思いついたねぇ。」
「っ……黙れ!」
「………ハリー、」
普段のクィレルの面影すらない彼を尻目に、ハリーにフィーは目だけで「石は?」と尋ねると、一呼吸してからブンブンと首を横に振った。一言それに返してフィーはまたクィレルに向き直る。
そこに不気味な声が部屋を支配した。
「こいつは嘘をついている…嘘をついているぞ……」
「ポッター、ここに戻れ!本当のことを言うんだ。――今、何が見えたんだ?」
どこかで聞いたことのある声に、フィーはキィーン…と耳鳴りがした。グワングワンと揺れ動く脳内に頭が狂いそうだ。そんな痛みに耐えながら二人を見ていると、クィレルが何やらその声と会話をした後、ぐるぐるに巻いていたターバンをスルスルと取り始めた。シュルリ、とそれが呆気なく下に落ちる。
頭の後頭部がよく見えるようにクィレルはフィーたちに背を向ける。と同時に、フィーはヒュッと息を呑んだ。
「う、うそだ……。」
それは、かつてフィーの大切な人にとても酷似していた。――否、酷似じゃない。彼は、その人そのものだ。
「ハリー・ポッター……そして、懐かしい顔もあるじゃないか…。」
「ッ……!」
「懐かしい…?」
彼…ヴォルデモートの言葉に、ハリーは依然として瞳を鋭く細めながら首を傾げる。フィーはただ息を飲むだけだった。
ハリーが訝しげに思うのも当然だ。。ハリーにとって親の仇であるヴォルデモートが『懐かしい』と思う人物なんて、ハリーは到底知るはずもないのだから。
「命を粗末にするな。わしの側につけ…さもないとお前もお前の両親と同じ目に会うぞ……。二人とも命乞いをしながら死んでいった…。」
「嘘だ!!」
そう、ヴォルデモートの言っている事は全てデタラメ。まず二人は死んでないし、命乞いもしていない。
揺さぶる作戦に出たつもりだろうが、ハリーはそんなことでへこたれるような奴じゃない。
そんなハリーに苛つきが頂点に達したのか、突然ヴォルデモートが「捕まえろ!」と叫んだ。クィレルはハリーに襲いかかるが、悲鳴を上げたのはハリーではなかった。
「クィリナス……!」
「捕まえろ!捕まえろ!!」
クィレルの手は火で爛れたように皮がめくれ、火膨れしている。ハリーは何もしていないのにそうなったと言うことは…。
「…リリー……。」
彼女しかいない。それでも尚もヴォルデモートがクィレルに命令しているのを聞いて、フィーは走り出した。ハリーがクィレルの顔を掴んでるのを無理やり引き剥がして、杖先をクィレルへと向ける。
「フィーっ!? 何して…っ、そんなことしなくても僕が!」
「うるさい!効いてよ…
唱えた呪文と、もう一つは別に無言呪文で別の強力な魔法もかける。すると徐々に癒えていく傷にホッと安堵の息を落とした。呆然のフィーを見るハリーを横目に、何か
「…ッ、…リー…、ハリー…!」
掠れる声でハリーの名前を呼ぶと、遠くから足音が聞こえてきた。だる重い体を捻り、顔を少し上げると、そこにはもう何万回と見ている顔があった。
「…ある、ばす……、」
「来るのが遅くなってすまなんだ。……医務室へ行こうかの。」
「あっ……リ、ナス…、クィリナスは…、」
「彼も大丈夫じゃよ。フィーの魔法のおかげでのう。」
パチリといつものウィンクを向けてきたダンブルドアに、フィーは安心からか、睡魔に従うように堕ちていった。
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「……、……!」
…なん、だろう…。頭の中でいろんな声が響く。
「…っ!………!!…フィー!」
「…!?……!!?え…っ、ゴドリック…!?」
「おいおい、そんな人を化け物みたいに…、」
「いきなりそうやって話しかけたら誰だって吃驚するに決まってるでしょう?」
「こ、こっちはロウェナ…?」
「やだ、相変わらず可愛い顔してるわね、フィーは。」
「な、んで……」
「やぁだ!貴方まで困らせちゃってどうするのよ〜ロウェナってば!」
「へ、ヘルガまで……!?」
「ふふ、ヘルガの登場も十分困らせちゃってるわよ?」
クスクスと上品に笑うロウェナに、元気いっぱいに声を出して腰に手を当てるヘルガ、してやったり顔でニシシ!と笑うゴドリック。三人がいるんなら…と思った矢先に、ぽん、とフィーの頭に大きな手が置かれた。
「サラザール…!」
「久しいな、フィー。変わっていないな。」
「よ、四人こそ……!どこも、どこも変わってないよ…っ!」
「あったりまえだろー?つうか…ぼっ、ボロボロじゃねぇかフィー!! 誰だ!どこのどいつにやられたんだ言ってみろ!俺がボッコボコのギッタンギッタンにしてやる!」
ゴドの言葉に他の三人も(「ギッタンギッタン…?なんとも稚拙な言い方だな」「しょうがないでしょう、サラ。ゴドリックは頭が弱いんだから」「ボッコボコもね。いったい何歳児なんだろう」と言いながら)うんうん、と首を縦に振った。
確かに切り傷とか少しはあるが、そこまで言うほどの怪我はしてないとは思う(というかゴドリックに対しての当たりが酷い)。
「…一人にして悪いな。」
「……ううん、それは仕方のないことだもの。」
「ね、ね!今回はどこの寮なの?」
「今年はグリフィンドール。」
ヘルガがゴドリックとの会話を遮って問いかけてくる。それはヘルガなりの気遣いだってわかってるからこそ、フィーも敢えてそれに乗る。しかしグリフィンドールだとわかった途端にヘルガは可愛らしい顔を一気に歪めた。
「えー…ゴドリックのとか……。」
「何でお前はいつもいつも…!俺を何だと思ってんだ!?」
「「「馬鹿。」」」
「酷いなおい!!」
みんなの遣り取りに、つい笑みが漏れてしまう。それとともに、懐かしい、ずっとここにいたいっていう想いが溢れてくる。だけど、ここはフィーの居るべき場所じゃない。
「ゴドリックの寮だって楽しいよ!って言っても…結局はどこの寮も楽しいんだけどね」
その言葉にみんなが優しく、嬉しそうに微笑むものだから、不覚にも泣きそうになってしまった。
「……大丈夫そうだな。」
「ああ……フィー。」
サラザールがフィーの名を呼ぶ。彼に名前を呼ばれるだけで、胸の中に渦巻いていた不安感が一気に安心感へと変わっていくのが分かる。
「…なに?」
「辛くなったらいつでも呼べ。」
「…ふふ、なにそれ……強制?」
クスクス笑うフィーに対して、四人は真剣だ。フィーだって分かっている。彼らががフィーを心配してくれてることは。だからこうしてふざけて笑ってないと――いつ涙が零れるか、分からない。
「ほら、そろそろ起きないと。」
「……いきたく、ないなあ…。」
「あーもー!可愛い!」
「あ、ちょっとゴドリック!」
「フィーから離れなさい!」
「貴様に触られるとフィーが汚れるだろう!」
「俺の扱いほんと酷い。」
しくしくと泣き真似をしながらズーンと落ち込むゴドリックに、フィー達はまた笑って。何百年ぶりかの再会は、とても楽しかった。
あの最期の日のようにみんなの頬にキスを贈り、贈られて、やっと決心がついて帰ろうと思った瞬間、
「フィー!!」
「――…ゴド…?」
走ってきたゴドリックはその勢いのままフィーに抱きついてきた。いきなりの事に戸惑ったけれど、相変わらずの子ども体温にほわほわと心も落ち着き、自然とゴドリックの背中に腕を回していた。
「……お前は、馬鹿だから…、」
「…は?」
「一人で全部抱えて、一人で何とかしようと思うかもしれねぇ。」
「……、」
「…俺たちがいる。」
俯かせていた顔は、その言葉に上げさせられた。ぱちりと合う、いつもとは違う真剣な瞳に、思わず魅入ってしまった。
「フィーは一人じゃない。俺たちが側にいる……だから、」
『もうちょっと、頑張れ。』
震えた声でそう告げたのを最後に、意識は覚醒した。
ねぇ、ゴドリック。もしかしてみんな気づいてたの?…私が、もう疲れたこと。見てたの?私がみぞの鏡の前で溜めていた気持ちを吐露したとこ。…だとしたら、敵わないなあ…。
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重たい瞼を開けると、映り込んだのは何度も見たことのある医務室の天井。ふと傍らに感じた気配に、フィーは視線だけを動かした。
「………アルバス…、」
「目が覚めたかの。」
「…いし、は、」
「おお!…もう砕いてもうた。ニコラスもペレネレも次の冒険へと旅だったよ。」
フィーも、よく帰ってきてくれた。
ダンブルドアの言葉に、フィーはふにゃりと力無く微笑んだ。ああ、ここにも自分の帰りを待ってくれてる人がいるんだと実感できたからだ。できるなら、ニコラス達ににいってらっしゃいと言いたかった。
「…辛いことを任せてしまったの。」
「ふふ、アルバスらしくないよ。……私なら、大丈夫。」
クスクスと笑うと、ダンブルドアもキラキラのブルーの瞳を細めて笑ってくれた。目尻に皺ができているのを見て、ダンブルドアも老けたな、なんて思うのは仕方がない。
フィーの思ってることがお見通しなのか、「心は若者に負けんよ」などと言っている。
「あ、そういえば寮対抗杯は…、」
「駆け込みの点数で、グリフィンドールの勝ちじゃよ。」
「やった!」
嬉しくてつい大きな声を出して喜ぶとポンフリーに怒られてしまった。それにお互い顔を見合わせて、またクスクスと笑った。
「それじゃあ儂はそろそろ行くとするかの。」
「…アルバス、」
「…何じゃ?」
くるりと振り返り、フィーの言葉を待つダンブルドア。フィーは夢の中だったのか微睡みの中だったのかは分からない、ただ確かにあった出来事を思い浮かべながらそっと口を開いた。
「もうちょっと、頑張ることにする。」
何を、とは言わない。だけどダンブルドアにはこれだけで充分。さっきよりも一層キラキラさせた瞳を細めて、医務室から去って行った。
もう一眠りしようかなと手を枕元に置くと、カサ…と紙がこすれる音がした。ん?と破らないように手に取ると、それは一通の手紙だった。暫くそれを眺めてから封を開けると、それはクィレルからだった。
Dear フィー
こんな風に手紙を送るのも久しいですね。本当はもっと話したいことがあるのですが、早速本題に入らせて頂きます。
こんな、闇に堕ちた私を助けて下さって、ありがとうございました。フィーには感謝してもしきれません。貴方の的確な魔法が無ければ、私は今こうして息をしていなかったと聞かされ、ゾッとしたと同時に嬉しくて泣いてしまいました。
本当に、ありがとうございました。…名前を呼んではいけないあの人は、本当に闇だけだった。それは、日夜をともにしていた私だからこそ分かったことです。あの人には一筋の光すらない。
だからこそ、もしも貴方が危機的状況に陥ったその時、私はいつでも駆けつけましょう。この命を掛けてでも。
それではお身体には気をつけて、あまり自ら危険には飛び込まないで下さい。セブルスも心配していましたよ。…では、お元気で。
From クィレル・クィリナス
読み終えた手紙を両手でくしゃくしゃにしないようにキュッと握り、暖かな気持ちと共に棚に仕舞い込んだ。
ああ、助けることができたんだ。
込み上げてくる嬉しさを隠すように、フィーは布団に潜り込んで再び眠りについた。
「(…リドル………。)」
どこにいるの。
クィレルの手紙に記載されてあった、闇だけという一言にフィーはどうしようもなく不安になり、いるかも分からない彼の存在を夢の中で求めた。