禁じられた森2
――夜 十一時
フィーは処罰の待ち合わせ場所である玄関ホールにいた。ゆったりと歩いていると、どうやら一番最後だったみたいだ。そう言えばジェームズ達と罰則受ける時も自分が最後だったな、といらないことを思い出した。
到着すると、姿を現したフィーにハリーとハーマイオニー、それからネビルとドラコは驚いた。
「ど、どうしてフィーがここにいるの…!?」
「君も何か…、」
「別に、関係ないでしょ。」
慌てたように問うて来たハーマイオニーとハリーにフィーは冷たく返事をすると、もう二人は何も言わなくなった。フィーは何十年何百年生きてきたのだが、こんな小さなハプニング如きで和気藹々と話せる程優しさに満ち溢れた聖人君子ではない。まあ、よっぽどの阿呆なら違うのかもしれないが。
ぐっと押し黙る二人を一瞥し、フィーはフィルチへと向き直った。フィルチはニヤニヤしていた顔を一変して嫌な物でも見たかのような顔をする。
「まさかディオネルが来るとは…、まさか校長に何か言ったのか?」
「そんなわけないじゃないですかぁ。どうして態々私が罰則を受ける為にそんなことしなきゃならないんです?」
にこにことあくまでも悪戯をしてしまったから、とその理由で突き通すフィー。それでもぶつぶつと文句を言うフィルチにもうフィーは無視をする事にした。
しかしフィルチはぶつぶつ言うだけでは飽き足りないのか、森に着くまで嫌味な事を散々言ってきたけれど、もう聞く耳持たずだ。相槌を打つ事すら面倒になり、なるべくフィルチから離れる事にした。
ハリー達はそれを間に受けて、ただでさえ怖がっていたのにもっと怖くなったのか、少し顔を青白くさせている。確かに森は怖いところだが、それは奥深くの話だ。今から行くところは流石に大丈夫だろう…多分(絶対と言い切れないからこそこうしてフィーが着いてきたのだ)。
やっとハグリットがいる所に着いたが、まだ言い足りないのかずっと脅しの言葉を言っているフィルチに、とうとうフィーも我慢の限界がやってきた。隙を見てヒョイっと鼠花火を投げ込んでやったら、突然の事にフィルチは吃驚したのか怖かったのか分からないが多分後者だろう、ヒィイ!と情けない声を出しながら城へと戻っていった。魔法界の者からすれば、鼠花火などと言うマグルの花火は知らないだろうと思ってやったのだが、大成功のようだ。今度ダンブルドアにも試してやろう。
ふふん、と得意げな笑みをハグリットへと向け、二人は目を合わせてVサインを決めた。
「さすがだな、フィー。」
「へへ、伊達に悪戯仕掛け人を名乗ってないからね!」
「俺もお前さんらには手こずったもんだ!」
「ごめんって!ハグリッドってばいい的なんだもん、ついね、つい。」
茶目っ気たっぷりに言ってやれば、ハグリッドも諦めたようにフィーの頭をぐりぐりと乱雑に撫でる。
そんなフィー達の成される会話に後ろの子たちは訝しげな視線を此方に向けてくる。それに気づいていながらも、フィーは勿論声を掛ける筈もなく、ハグリッドの近くにいたファングの涎を魔法で綺麗にしてやった(綺麗にしても次から次へと涎を垂れ流すファングに、途中で諦めた)。
ハグリットが森へ入る前に森の中での注意を、声を張り上げて言う。目前に迫る森を前に、完全にハリー達は萎縮してしまっていた。
「あそこを見ろ。地面に光った物が見えるか?銀色の物が見えるか?
まさか森の中でそんな事が起こっていたなんて…。フィーはあまりの事実に声も出せなかった。ここ最近、忙しいからと言って森の中はおろか外を出歩く事すらしなかった。
ぐっと拳を握りしめて空を見上げると、思わぬ光景にフィーは無意識に口を開いていた。
「……今夜は、火星が明るい…。」
いつもと違う明るさだ、と心の中で付け足すと、ハグリットはどうやらケンタウルスを見つけたみたいで、何か話を聞いていた。
その時、ふと耳に彼らの声が入ってきた。
「今夜は火星がとても明るい。」
「ああ。」
フィーと同じことを言ったそれに、彼女の意識がギュン、と戻ってきた。見上げていた顔目線を元に戻すと、そこにいたのはケンタウルスのロナンだった。まさか、と思っていると次に来たのは同じくケンタウルスのベイン。またハグリットが何かを聞くが、ベインもまた「火星が明るい」としか言わない。
まともな答えが返ってこない事にハグリットはイライラを隠しきれずにいた。
ハグリットたちは先へ進んで行くが、フィーは誰にも何も言わず一人この場へ残るため、脚を止めた。
「…ベイン、ロナン。」
「……フィーか?」
「随分久しいですね。」
「そうだね…それにしても、二人も同じこと思ったんだね。」
フィーの言葉に二人は同じ事?と首を傾げた。フィーは頷いてまた夜空を見上げる。
「私も思ったんだ。…今夜は、特別に火星が明るいって…。」
輝く星々を見つめながら言うと、そんなフィーに倣ってか二人も夜空を見上げた。キラキラと輝いているそれに、何か嫌なものが胸を過ぎる。
「それじゃ、私は行くね。…どうか、気をつけて。」
二人に手を振り、フィーは一人先へと進む。大きな大木があったり、腰元まで生い茂る草を掻き分けたりしながら歩いていると、遠くから赤い花火が打ち上がった。
「誰…?ハリーじゃない、よね…?」
そこまで考えて、さっき胸に過ぎった嫌な予感を思い出す。それだけでみんながどこにいるか分からない状態で余計不安になるが、そもそもこうなったのはフィーが彼処で立ち止まってケンタウルスと話し込んでしまったせいだ。
自分の軽率な行動に後悔して、早く花火の下まで行かないとと思うが、その花火が上がった場所はここから少し距離がある。
「くそっ……て、…え…?」
自分自身に悪態を吐くと、足下に銀色が広がっているのが分かった。どうやら不安と後悔で足下を全く見ていなかったらしい。すぐに周りを見渡すと、ほんのすぐそこで浅い呼吸を繰り返す一角獣がいた。銀の血を流しながら――。
「一角獣!? どうしてこんな…!」
すぐ様近寄り、まだ呼吸はあるかと確かめてフィーはローブから杖を取り出した。杖先をそっと白く神々しい一角獣の身体へ向けると、一角獣の瞼がゆるゆると開かれる。そのうっすら開けた瞳からフィーの杖が見えたのか、横たえていた身体を必死に捩り、逃げようと暴れ出した。そのたびに銀の血がボタボタと地面に落ちていき、地面を銀色に染め上げていく。
「お、落ち着いて!私は何も貴方に危害を加えないわ!お願い、手当をさせて。でないと…、」
必死に懇願する私の声にも応じず、先程よりも一層力を強める一角獣。その態度にもうフィーは我慢ならず、その弱り切った、されど輝きは失っていないその体をそっと抱きしめた。
一角獣は恐怖からか身体を硬直させ、怪我が酷くなるのも構わずにフィーを蹴り飛ばそうと脚を振り上げる。その蹄が当たるすれすれで何とか避けながら、それでもぎゅっと抱きしめていると、一角獣とフィーの鼓動がトクン、トクン、と重なり合う。
それにだんだん落ち着いて来たのか、やっと体重をフィーに預けた。
「…ごめんね、怖かったよね…。」
その綺麗な毛並みを一撫ですると、フィーはもう一度杖先を一角獣の身体へと向け、小さく振った。
「
呪文を唱えると、それは光となってユニコーンの傷を癒していく。応急処置の為、このまま放っておくのも良くないだろうと思うが、ここから先は自分ではどうする事も出来ない。一命を取り留めた事にホッと安心から一息吐き、穏やかな顔つきになった一角獣をするすると撫でる。
すると、蹄の音が聞こえたと思ったらフィー達の周りに無数の一角獣がいた。その神々しい光景に、思わず息を飲んでしまう。たくさん生きてきたけど…こんなに沢山の一角獣に囲まれるのは初めてだ。
フィーは暫くほうっと見惚れてしまっていたが、すぐに気を取り直して未だフィーの膝に頭を置いている一角獣の身体をポンポンと叩いた。
「ほら、君の仲間が迎えに来てくれたよ。」
その時、ドラコの叫び声が森中に響いた。
フィーはハッとしてキョロキョロと森を見渡したが、どうやらその場所はここから遠いようで姿が見あたらない。けれど声はすぐ近くに感じるくらい大きかった。
そんなドラコ達がとても心配だけど、今は無事に一角獣を帰すことだ。気を強く持って、一角獣が立ち上がるまで側に居てやる事にした。
「――よし…、っと…立てた!」
時たまふらっとふらつきながらもしっかりと立つその気高さにようやっと口角が上がった。額に滲む汗は頬を伝い、地面に落ちていく。
「これからはちゃんと気をつけてね。森は今まで以上に安全ではないのだから…。何より…、」
今、森にはとてつもなく嫌なものが潜んでる。
フィーの言葉に一角獣達は一つ頷くと、森の奥深くへと姿を消した。
「…さて、もうみんな森の外に行るかな。」
一応ドラコの悲鳴がした所へ行ってからにしようと、フィーは疲労からか来た時よりも遅い足取りで森の中を歩き回った。
「っ…!」
「おや…フィー?」
「び、びっくりした…フィレンツェか…。」
走っていたフィーの前に突然現れたのは、向かいから来たフィレンツェだった。フィーよりも遥かに大きいその身体は、少し傷ついている。
「どうしてこんなとこに…、」
「先程ハリー・ポッターを外まで送ってきたんですよ。」
「ハリーを?やっぱり何かあったの!?」
「……何者かがユニコーンの血を啜っていました。それをちょうどハリー・ポッターが見ていまして…。」
「そっか…ありがとう、フィレンツェ。それにしても…背に人を乗せたりして、もしもベインたちに見られたら怒られるんじゃないの?」
ぺし、とフィーがフィレンツェの体を軽く叩くと彼は苦笑を漏らした。思わず尋ねると、フィレンツェは重たそうに口を開く。
「実はもう見られてしまいまして…。」
「あら…、怒られた?」
「……ええ、それはもうこってりと。終いにはロバと言われました。」
「…ベイン達にもプライドがあるからね。それにしても…フィレンツェもベインたちも変わらないね。」
クス、とフィーは小さく笑う。本当、昔からまったく変わらない。それぞれの考えはよく分かる。けれど、それでも己の意志を貫き通す彼らが時々羨ましく感じてしまうのだ。
「ハリーを守ってくれてありがとう。それじゃ私行くね、フィレンツェも気をつけて。」
撫でていた手を離してそのまま手を振る。また聞こえてきた彼の苦笑に、思わずフィーも笑ってしまった。
いつだって、フィレンツェは私の心配ばかりするから。今度は私が、ってね。
・
・
・
「フィー!」
「ハグリット!ごめんね、勝手に行動して。」
「そりゃあお前さんなら構わんが…、それはどうしたんだ?」
「それ…?」
ハグリットの目線にフィーも目を滑らせる。そして目に飛び込んできた光景にギョッとした。何故なら、フィーのローブが銀色の血だらけだったからだ。
「あ、ああ…あの時かな…。」
「何があったんだ?」
「ユニコーンが血を流して倒れてたから応急処置したの。その時暴れたから抱きしめたんだ」
ハグリッドはフィーの言葉に驚いたが、お前さんならやりかねん、と穏やかに笑った。そう言えば、と周りを見るとハリー達はいない。
「ねぇ、ハリー達は?」
「先に帰した。おかげでそれが見られんでよかったわい。」
「ふふ、確かに。誤魔化せないもんね、ハグリットは嘘がつけないから。いつもお疲れさま。」
激励を贈るフィーに、ハグリッドは大きな手で頭を撫でてくれた。その暖かい手に安心感を覚えて、ふにゃりと顔を綻ばせる。張りつめていた物が一気に緩まったようだ。
「んじゃ、私も帰るね。おやすみ。」
「ああ、寝坊せんようにな。」
「…善処しまーす。」
うげ、とげんなりしながら答えると、後ろからまた笑い声が聞こえてくる。その笑い声を背にフィーは玄関ホールを通り過ぎてグリフィンドール寮を目指した。
「着いた…遠い…あ、こんばんは婦人。」
「あら、遅いお帰りねぇフィー。こんばんは。」
「あー…うん…、ちょっとね。」
「隠したいならその銀色を隠しなさい。」
品の良い笑いでフィーを見る婦人に彼女は「はは…」と乾いた笑いを零した。貴方は…と婦人は呆れた仕草をすると、フィーが何も言っていないのに扉を開ける。
「ほら、さっさと入ってお風呂に入りなさい。」
「ありがとう、婦人。」
流石だな、と心の中で思いながらフィーはドアをくぐった。中に入ると、暖炉の前にいたのはさっきまで森にいたハリーとハーマイオニー、ロンだった。
「フィー!貴女、途中で居なくなるし、森の外へ出ても中々帰ってこないから心配だったのよ!? って、ど、どうしたのよそれ!」
ハーマイオニーがソファーから腰を上げて矢継ぎ早に話してくる。けれどもフィーのローブに着いている銀色の血が目に入り、途端に驚いた声を上げた。
「ユニコーンの血。倒れていたのを助けたの。それと…、もう夜中なんだからもう少し声のトーンを下げて。」
「あ、あ、そうよね…。」
「フィー、やっぱり石はスネイプが、」
「その話はもう沢山!」
ハリーが熱に浮かされたように話し出したのを遮る。煩くない程度に声を張り上げ、苛立ちを露わにする。
「貴方が何を見てどう思ったかなんてどうでもいいけど、それを他人に押し付けないで。その話はもう結論が出たわ、私はスネイプ先生を信じて、貴方達はクィレル先生を信じる。だったらそれでいいでしょう?」
いつもと違う話し方をするフィーに戸惑い、流石のハリーもそれ以上口にする事は出来なかった。
足早に自室へと足を進める。後ろから聞こえてくる困惑と、それから怒りの声に何も聞こえないふりをしながら。
「もう、やだ…」
辛い、苦しい
そんな負の感情を胸の中に抱えたまま、フィーはリーマスから送られてきた小瓶へ指を滑らせた。
こみ上げる涙を流すまいとしながら…。