みぞの鏡2

そんな生活が数日続いた。お見舞いに来てくれる人は毎日あとを絶たず、フィーは不謹慎ながらも頬を緩めてしまった。
ハリー達もクィディッチの試合を終えて城に戻ってくると、部屋にいたはずのフィーが医務室にいたことに驚いて、それはもう全速力で医務室へとなだれ込んだ。

そして、聖なるクリスマスの夜中。ついにフィーはこの長きに渡る医務室での生活に飽き飽きして企てた、『医務室脱走計画』を実行した。ポンフリーは奥で作業中のため、カーテンに閉ざされたフィーの思惑など知る由もない。更に他の病人もいない。――決行するなら、今しかなかった。

医務室用のスリッパを履いて足音を立てないように、フィーは慎重に、かつ素早く医務室から出た。暫く走ってピタリと止まり、後ろを振り返る。追いかけてくる気配はない……成功だ。


「よし!流石私!」


まるでジェームズのような台詞を口にして、すぐに後悔した。「(うわあ…あの恥ずかしいナルシストみたいな台詞を吐くなんて…。)」と本気で落ち込みながら、とぼとぼと誰もいない月明かりが射し込む廊下を歩く。それはとても静かで、まるでこの広い城に一人っきりのような錯覚に陥った。

――そう。まるで四人がいなくなった後のような、そんな錯覚に。


「…違う違う。もうここには沢山の生徒もいる。一人じゃない。」


ふるふると頭を横に振り、酷く動揺している自分を落ち着かせる。数秒そうしていると動揺は消えてなくなったが、頭痛は治らない。ズキズキと痛む頭を手で押さえて、フィーは一番近い部屋へ入った。
大きな音を立てて開いた扉を今度は静かに閉める。この部屋は今は空き教室なのだろうか、使われている形跡はなく、ほんの少し埃っぽかった。

口元を手で軽く押さえながらもう少し歩みを進めると、目に入ったのはすごく背の高い鏡だった。姿見、にしては長すぎるくらいだ。教室の中はその鏡くらいしか見当たらず、取り敢えずと言った風にその鏡の目の前に立ってみた。


“すつうを みぞの のろここ のたなあ くなはで おか のたなあ あしたわ”……?」


鏡の淵に書かれた文字を読んでみるが、さっぱり分からない。そもそも何語なのか。暫くその文字を眺めてみると、ふいに思いついたのは子供騙しのようなそれ。
ホグワーツに長くいたフィーでも、知らない代物だった。


「まさか…――“わたしは あなたの かお ではなく あなたの こころの のぞみ をうつす”……。」


先ほどの文字を逆さまから読んだ瞬間、ゾッと肌が粟立った。心の望みを映す鏡。それがもし本当なら、と視線を文字からずらして鏡を見てみると、


「――うそ……うそだ……っ…!」


そこに映っていたのは、ジェームズ率いる悪戯仕掛け人。それからリリーやスネイプにダンブルドア達。それだけじゃない、闇の帝王であるヴォルテモート――又の名を、トム・リドル。
そして私の隣で微笑んでいる――ホグワーツ創始者の4人。


「は……確かに、私の望みだよ…。」


もう、叶わない望み。

会いたくても会えない人たちもいる。

何より、この全員がこうして集まるなんて有り得ない。


「ッ……う、…っふ、あ、あぁあぁぁ…!ゴドリック、サラザール…、ッロウェナ…ヘルガ、…どうして、っ…どうしてっ……!」


私を置いて死んでいったの。

幾度となく投げかけた問いに、答えてくれる人はもういない。


「独りは、寂しいよ……。」


鏡に縋りつくようにへたりこみ、涙に濡れる目を手のひらで覆う。そんな私を困ったように顔を見合わせる四人に、更に涙が溢れてしまう。

気づいたらもうジェームズ達は映っていなくて、


「ふ、ッ、……っ…、」


零れる嗚咽を必死に止めようと、口に手を当てた時だった。


「…――フィー?」


フィーの名を呼ぶ声にバッと勢いよく振り向く。そこに立っていたのは、手に透明マントを持った、


「………ハリー…?」


ハリーだった。