ハロウィン2

――勢いよくハーマイオニーを追いかけたフィーだが、


「どこに行ったのかまったく分からない……。」


この広いホグワーツで行き先も知らぬ人を探すなど拷問に近しい。「(ああもう!)」と訳も分からず一人で勝手に苛立っていると、前からパーバティ・パチルとラベンダー・ブラウンが歩いてきた。

ちょうど良かったと安堵しながらフィーはハーマイオニーがどこに行ったかを問いかけると、「泣きながらトイレに行ってたわよ?」と二人はすぐに答える。
『泣きながら』という言葉ににツキンと胸が痛むも、二人に礼を言ってフィーはすぐにそのトイレへと向かった。ご馳走?そんなのハーマイオニーと天秤に掛けたらハーマイオニーの方が大事に決まっているでしょう?

目的のトイレにやっと着いて中に入ると、一つだけ扉が閉まっている個室がある。そこに間違いなく探していた人物がいると確信したフィーはその扉に向かって明るく声をかけた。


「ハーマイオニー。」
「っ、!! ……何の用かしら、フィー。」
「何って…ハーマイオニーに言いたいことがあってさ。」
「な、何も今じゃなくていいでしょう?お願いだから放っておいて、」
「trick or treat!!」


ハーマイオニーの台詞をわざと遮り、フィーはハロウィンお決まりの言葉を口にした。フィーがいきなりそんな事を言ってくるとは思わなかったのか、ハーマイオニーはすっかり口を閉じてしまった。
言うタイミング間違ったかな、と内心焦っていると、ハーマイオニーが涙で濡れた声でか細く話し始めた。


「お、お菓子なら後であげるわ…だからっ、今はどこかへ行って!」
「それはだめだよ、ハーマイオニー。今くれないなら悪戯しちゃうよ?」
「っ……もういい加減にして!!」


やっと声を荒げたハーマイオニーに、フィーは微笑んだ。もっと怒って、自分の気持ちを言って。黙っているだけじゃあ分からないのだから。


「わ、私はっ……分かってるわっ!! …っ…だ、誰も友達がいないことくらい!!」


更に泣いてしまったハーマイオニーにフィーは少し罪悪感を感じてしまう。そんな事ないよ、ここに一人いるじゃないって言いたい。今すぐにハーマイオニーの涙を止めてあげたい。
……だけど、今は聞かなければならない時だ。それを言うことは簡単だが、それでは意味がない。


「ふ、っ…お願いよ…もう、もう私に構わないで……!」


最後にそう言ってからはもう何も話さなくなったハーマイオニーに、フィーは漸く閉ざしていた口を開く。


「――言いたいことはそれだけ?」
「っ、」


フィーの返事が予想外だったのか、微かに息を呑んだ声が聞こえた。それを気にも止めずにフィーは更に言葉を続けていく。
彼女は、確実に怒っていた。


「ハーマイオニーに友達がいない?誰が言ったのさ、そんなこと。」
「それ、は…、」
「友達って言うのは、誰かに指摘されるものじゃないでしょ?勝手になってるものだよ。」


まだフィーの言いたいことが理解出来ないのだろう。ハーマイオニーは混乱しているように吃っている。
そんなハーマイオニーに苦笑し、こつんと額をドアに当てた。まだ分からないなら、直球に言うしかないじゃないか。


「だって私達…、“親友”でしょう?」
「………っ!」


フィーはふわりと笑うと、杖先をドアに向けた。「アロホモラ。」と小さく口にするとカチャン、と鍵の開く音が響く。そして自然に開いていくドアを見つめていると、涙で目を赤くしたハーマイオニーがいた。


「フィー……!」
「ああもう、ほら、目が腫れてる。」
「ごめ、ごめんなさい…!貴方の気持ちを、分かってなかった…!」
「ふふ、…なら、これから知っていって?ね?」


フィーの言葉にハーマイオニーは可愛らしい笑顔を浮かべて頷いた。
そのまま和んでいると、何か途轍もなく臭い匂いが二人の鼻孔を刺激した。フィーはゾクッと気配を感じてパッと後ろを振り向くと、トイレの出入り口にはここにいるはずのない怪物――トロールがいた。
トロールはそのぎょろりとした目でフィーとハーマイオニーを捉えると、すぐに手にしている巨大な棍棒で殴りかかってきた。フィーはとっさに固まって動かなくなったハーマイオニーに多い被さる。

――バキッ!!!


「あァ゙……ッ!」
「フィー!?」
「ッハ……だい、じょうぶ…。」


背中が焼けるように痛む。きっと肉が抉れているのか、服が擦れるだけでも激痛を生み出す。けれどそれを顔には出さず、自分の下で瞳にいっぱいの涙を溜めたハーマイオニーにフィーは安心させるように笑顔を向けた。
額にじわりと冷や汗が吹き出る。それが頬を伝ってぽたりと落ちていくが、それを拭う気力もないし、ここで無駄な力を使う訳にもいかない。


「(このまま倒していいのかな…。でも一年生でまだ習ってない呪文を使ったらそれこそハーマイオニーに疑われる…、しょうがない…。)」


フィーはそのままハーマイオニーに後ろから覆い被さり、ハーマイオニーには見えないようにする。ほんの少し身じろぎしただけでも痛む背中に鞭を打って、ずっと握っていた杖を小さく振った。
するとトロールはズゥ…ン、と軽く倒れるもまたすぐに起きあがってきた。今度は怒り満載で。


「っく…!(やっぱり簡単な呪文じゃ気絶すらしないか…!)」


どうするべきか、と試行錯誤を続けていると、本来ならここで聞くはずのない声が鼓膜を震わせた。


「こっちに引きつけろ!」


いきなり女子トイレに駆け込んできたハリー。そのハリーの言葉に、同じく駆けつけてきたロンはそこら中に散らばっていた蛇口を拾って力いっぱいトロールへ投げつけた。
そんな蚊のような攻撃にトロールも苛立ってきたのか、標的を私とハーマイオニーからハリーとロンへ移した。トロールはハリー目掛けて棍棒を振り上げながら近づいていく。


「やーい、ウスノロ!」


幼稚な挑発をしながらロンが反対側から叫び、次は金属パイプを投げつける。その一瞬の隙に私はハーマイオニーをグイッと引っ張り、無理矢理立たせてフィーの後ろへと回した。


「――ッあぁ、…フィー…!背中が……!」
「大丈夫、だよ。それよりも…ジッとしててね。」


痛みで声が震えるのを堪えて普段通りに喋る。フィーの言葉にこくりと頷いたハーマイオニーを見てから私は右手で杖を握りしめ、真っ直ぐトロールを見据え口を開いた。


Incarcerousインカーセラス(縛れ)!!」


しゅるりとロープがトロールに巻きつき、その巨体にぎゅううっと締め付ける。対人間ならばもう窒息していてもおかしくはないのだが、相手はトロール。並大抵の力では敵わない。
そんなトロールの姿に呆然と立ち尽くしていたロンを見つけ、フィーは噛みつくように怒鳴った。


「ロン!何をぼーっとしてるの!杖を使え!魔法使いでしょう!?」


叫ぶフィーにハッとした後、ロンは杖を取り出しおもむろに口を開いた。


Wingardium Leviosaウィンガーディアム・レヴィオーサ(浮遊せよ)!!」


突然、棍棒がトロールの手からするりと抜け出し空中を高々と上がりだした。そしてくるりと一回転してからボクッと痛そうな音を立ててトロールの頭の上に落ちた。
トロールはその衝撃に目を回し、ズゥウン…と倒れた。


「……これ…死んだの?」
「いや、ノックアウトされただけだと思う。」


ハリーは屈み込み、いつの間にそのような行動をしたのだろうか…トロールの鼻からハリー自身のであろう杖を引っ張り出した。どろりとした粘質な物が纏わり付いている杖を見て、パッと目を背けてしまったのは内緒だ。


「ウエー、トロールの鼻くそだ。」
「汚い…。」


ハリーの嫌そうな声に思わず本音を言ってしまったけど、ハリーもその通りだと思ったのかこくこくと頷いた。