ハロウィン

ボクワーツに来てから早一ヶ月が経った。ここに来た当初に感じた懐かしさも今はあまりなくなってきたこの頃、今日はいつもよりフィーも皆も浮き足立っていた。

それもそのはず、今日は甘いもの好きと悪戯好きにとっては最高の日――ハロウィーンなのだ。



「フンフフーン、」


ニコニコ満面の笑みで大きなバスケットを腕に抱えて鼻歌を歌いスキップをするフィーを、普通なら皆変な目で見るんだろうけど今はそんな人はいない。なにせ今日はハロウィーンである。

仮装している子もちらほらといて、まだ午前中ということもあり目立っている。勿論教師は黙認だ。ちなみにフィーは仮装はしていない。あまり好きではないのだ。

そんなこんなで今の時間帯はちょうど授業中。その為周りにはあまり人はいない。……はずなんだけど、前方に見たことのある赤毛がいた。


「あの二人って…、」


後ろから見ても分かるくらいに沢山のお菓子を持っている二人に、フィーは分かりやすいくらいに目を光らせて足早に近づいた。


「フレッド!ジョージ!」
「「うおっ…あ、フィー!」」
「ふふっ、早速で悪いんだけど……trick or treat!!」


手に持っていたバスケットを腕に通し、空いた両手を二人に強請るように突き出した。フレッドとジョージはニコニコ顏のフィーと手のひらを交互に見た後、吹き出すようにケラケラと笑った。


「ちょ、ちょっと二人とも!何もそこまで笑わなくても…、」
「ククッ、さすがフィー!」
「その素早さには我らも驚きでございます!」
「「そんな貴方様にはこちらをどうぞ。」」


恭しく一礼したかと思うと手のひらに乗せられたのは、見慣れたハニーデュークスのパッケージのお菓子。
しかも今の季節限定の、だ。
まだ一年生なフィーはホグズミードへ行けない。ゆえにレア度が高い。


「…え、うそ…ほんと!? ほんとにこれくれるの!?」
「勿論だとも!」
「して、姫君?」
「「trick or treat?」」


ニヤリ、と悪戯な笑みを浮かべた二人にフィーも悪戯な笑みを返す。そして腕に通していたバスケットの中に手を突っ込みごそごそと探した。


「っと…あったあった。はい、これ二人に。」


ハニーデュークスのお菓子の対価に値するかどうか分からないけれど、と思いながら渡したのは、一人で食べきれる大きさのケーキ。
二人はまさかこんな物が出てくると思わなかったのか、驚いたように目を点にした。


「これを、僕らに…?」
「こんなに、凄いものを…?」
「いや、ケーキ作りは元々出来る方だったし…。あ、でも二人の口に合うかどうかはわからないけどね?」


「食べてくれると嬉しい。」と言うと、二人は静かに箱に入ったケーキをふわりと浮かせた。廊下で魔法を使うのは禁止されてるでしょ、と言おうと思ったけど、それよりも先に二人にいつものように抱きつかれてしまった。

いきなりの事でフィーはその勢いを受け止めきれず、最終的にドシンッと三人とも後ろに倒れる羽目になった。


「いったたた…ちょっと、フレッド、ジョージ…。勢いが強い、」
「「大好きだ、フィー!!」」


注意するフィーの声を遮って大声でそんな事を叫ぶ。いくら授業中とは言え、いつどこで誰が聞いているかもわからないこんな廊下でとんでもない事を言い出す二人を、咎めるように「二人とも!やめてってば!」と言うが二人は聞く耳持たず。それどころか益々調子に乗って耳元で愛を囁いてくる。
ついには…、


「君は流石だよ!もういっそ僕のお嫁さんにしようか!」
「いやいや、そこは僕のだろう!」
「「いや、もういっそ僕らのお嫁さんに!!」」


……などと言ってくる始末。
これはある意味ジェームズより太刀が悪いのかもしれない。
なんて思ったのは内緒だ。


「…ふふ、」
「「フィー?」」
「そんなに喜んでくれるとは思わなかった…良かったあ…。」


ホッとしたように頬を緩めたフィーを見て、二人は更にフィーを抱きしめる腕の力を強めた。その温もりがくすぐったくて、思わず身を捩ってしまったけれど。


「あれ?そう言えばフィー…授業は?」
「ん?あー…え、っと……サボっちゃった…。」
「「さすが!!」」


思わぬフィーの台詞にケラケラと笑い転げる二人を見て、やっぱり授業に出た方が良かったかなと今更ながらに思う。
しかし、そう思ったところでフィーは今日、絶対に授業には出ないだろう。本日のフィーの予定は『ハロウィーン』一色なのだから。


「それじゃあね、フレッド、ジョージ!お菓子ありがとう!」
「俺らこそありがとう!」
「また寮で会おうぜ!」


お互い大きく手を振って別の道へと歩き始めた。ちらっと後ろを振り返ると、同じく二人も振り返っていたのはびっくりしたけど。

その後、ダンブルドアやスネイプ、それからマクゴナガル達教員にもちゃんとハロウィーンお決まりの台詞を言ってお菓子を貰った。マクゴナガルやスネイプにはお小言も頂いてしまったが。

時刻はすでに大広間に向かう時間になっていて、足は自然と大広間へ。「(ハロウィンの日のデザートは格別なんだよなあ…。)」とニマニマと頬を緩めていると前方にロンとハリー、それからそんな二人の少し後ろにハーマイオニーがいた。

授業をうけていないはフィーはまだ三人からお菓子貰っていなかったこと思い出し、声をかけるべく近くまで小走りで近寄ると、


「だから、誰だってあいつには我慢できないっていうんだ。まったく悪夢みたいなヤツさ。」


それだけでは、ロンが一体誰の事を言っているのかなんて分からなかったけど、後ろでそれを聞いていたハーマイオニーを見ていれば一目瞭然だった。
ハーマイオニーはハリーにドンッとぶつかりながらも、急いで二人を追い越していった。

…涙を堪えながら。


「今の、聞こえたみたい。」
「それがどうした?誰も友達がいないってことはとっくに気がついているだろうさ。」


それが耳に入ったや否や、フィーは勢いよくロンを殴り飛ばした。周りの人達も何事かと進めていた足を止めてこちらへ目を向けてくる。
ハリーも目を丸くして驚いていた。そんなハリーよりもロンの方が一番何が起こったのかあまり理解していなかった。

そんな二人を見て、フィーは久しぶりに頭に血が上る。ロンを殴った手がヒリヒリと痛み出し、ぎゅっと拳を握った。


「……自分が何を言ったか、分かっているの…?」
「フィー…?どうし、」
「どうしたもこうしたも、人の気持ちを何だと思ってるの…!」


フィーのその冷めた声にどんどん野次馬がフィー達を中心に円を作る。けれどそれさえもあまり目に入ってこない。


「誰が友達いないって?」
「え?そ、それは…ハーマイオ、」
「じゃあそれはここではっきりと訂正しておくわ。」


ぐいっととロンの胸ぐらを掴み、目を細めて彼を睨む。それに畏縮したロンは少し涙目になってフィーを見上げていた。


「あなたのそのスカスカな脳に叩き込んでおきなさい。ハーマイオニー・グレンジャーの…親友は、私、フィー・ディオネルだってことをね。」


ねえ、リリー。私ね、親友が出来たの。貴方のように真っ直ぐで、賢くて、健気な、一人の女の子。


「それから、私――友達をバカにされるの、大っ嫌いなの。今度また同じ事があったら…私、間違えて貴方のその赤毛に火をつけちゃうかもしれない。」


完璧に怖がってるロンの胸倉から手を放し、少し遠くからこの様子を見ていたハリーも睨む。一瞬だけハリーはビクついたが、瞳は依然と強かった。まるで間違った事はしていないと言っているような、そんな瞳。


「…ムカつく。」
「え?」


ぼそりと呟いた言葉は、どうやら聞こえなかったみたいだ。


「結局、ハーマイオニーとは上辺だけだったってこと?」
「っそ、そんなつもりじゃ、」
「だって現にさっきのロンの言葉、否定しなかったじゃん。否定どころか肯定してた。」


フィーの言葉に言い返せないのか押し黙るハリー。ジェームズとリリーの共通点は、何よりも友達を大事にすること。
今のハリーとは、真逆だ。


「上辺だけの友達なら誰でもなれる。そんな存在はいらない。…ハリーなら、否定してくれるって思ってた。」


勝手に期待してごめん、とハリーだけに聞こえるように小さく謝り、フィーはハーマイオニーが走り去った方へと足を進めた。