あれから数日経った朝、今日はちゃんと早めに起きて大広間まで行く。ハーマイオニー達には先に行っておいてと言ってあるため、もう既に大広間にいるはずだ。動く階段に惑わされないように歩いていく。道中で絵画達に「今日は珍しく早起きじゃないか!」と声をかけられながら。

…みんな、軽く失礼だよね。む、と唇を尖らせながら大広間に入ると何時もよりかは人で賑わっている。ざわざわと人の話し声が聞こえてくる中、フィーはいつもの定位置へ迷わず進むとそこよりも少し右寄りにハーマイオニー達はいた。


「おはよう。」
「おはよう!」
「おはよ、フィー。」
「あら、今日はちゃんと起きれたのね。」
「そりゃあ起きますよ」


空いていたハリーの隣に座る。するとゴブレットが目の前にふっと現れる。ほわほわと白い湯気が出ているその中身は、暖かいミルクティーが入っていた。一口飲むと、フィーの大好きな味が口いっぱいに広がる(今日はアールグレイだった)。

何時もより早起きしたお陰でのんびりしていると、沢山の梟たちが大広間にやってきた。


「梟便だ!」
「今日も働くねぇ。」


さすがに今日は来ないでしょ、と勝手に決めつけてミルクティーを飲む。またフィーがホグワーツに通っている事を知っている人なんてほんの一握りだ。ロンの父親と母親、アーサーとモリーも知らないだろう。
それじゃあどうしてリーマスは知っていたのか。考えてみるも、どうせダンブルドアが教えたんだろうと簡単に答えを見つけ出した。

カリカリに焼いたベーコンを頬張っていたロンの手元に、手紙と新聞が落ちてきた。


「これ、読んでもいい?」


ハリーが落ちてきた新聞を持ってロンに尋ねる。ロンは適当に頷いて手紙を読んだ。ハリーもロンの返事に嬉しそうに目を細めてまずは新聞の一面へ目を向けた。
フィーはそれを横目で見ていると、バサバサバサっと手紙が降ってきた。それは、1通2通という程度のものじゃない。15、6通くらいはあるだろうか。幸いゴブレットの中には入らなかったけど、フィーの場所だけ手紙だらけになっている。…どうしてこんなに手紙が来るんだ。
せり上がってきたため息をぐっと飲み込んだ。そんなフィーや手紙をハリー達は目を丸くして見てきていた。


「はぁ…、一体誰から…?」


まずは一つ手に取り、裏に書いている送り主を見る。…と、そこでフィーの動作は止まってしまった。


「フィー?どうしたの?」
「……シウス、」
「え?」


ぼそりと誰にも聞こえない程度に呟いたからか、ロンは再度私に促した。けれどフィーはそれを無視して、手紙を破らないように器用に開いて内容を読む。本当はレターナイフがあれば一番なんだけど、生憎部屋だ。
内容は昔の事や今の現状、そしてこれからどうするのか…それらがつらつらと書かれていた。


「……ばかでしょう…。」


本当、ルシウスはバカなんだから…。ふと、彼がまだホグワーツに居た時の事を思い出した。するといきなり肩を叩かれ、慌てて手紙を折り目道理に折り畳み後ろを振り向く。


「フィー、それ父上からじゃないか?」
「ドラコ…。」
「えっ?あのルシウス・マルフォイから!?」
「ウィーズリー、口を慎め。お前みたいな奴が父上の名を軽々しく口にするな。」
「ドラコ、言い方が悪いよ。それと、これ…ドラコの言う通りMr.マルフォイからだよ。」


もう読み終えたルシウスからの手紙をローブのポケットに仕舞う。くしゃくしゃにならないか心配だけど、どうせ自分のものだ、どうなろうと構わないだろう。
だけど、今も昔も変わらない彼らしい達筆な字がやけに目に焼き付いていた。


「やっぱり…父上の字だからな。……父上は…何か僕のことを書かれていたか?」
「ドラコのこと?ううん、…あ、そう言えば…、」
「な、何て?」
「んー?ドラコと仲良くしてくれると嬉しい、だって!良いお父さんだね、ドラコ。」
「ち、父上……、」


もちろん本当に書かれてあった内容。きっと自分の時みたいに、寮関係なく仲良くしてやってくれって言う意味だろう。ルシウスが在学していた時もフィーはグリフィンドールだったから。

私フィーは手紙を読む作業に集中することに。内容はどれも同じ。「いつの間にホグワーツに?」とか「息子達には話さない方がいいか?」とか。…送り主はどれも旧友だったけど。取り敢えず、返事を書くのが面倒だな。
そして最後の一通。それは旧友からの手紙ではなく、―――ホグワーツの校長、ダンブルドアからだった。


「手紙とはまた珍しい…。」


急いで中を読むと、そこには今まさにハリーが慌てたように口にしている内容と全く一緒のものだった。


“グリンゴッツに侵入者が入ったそうじゃ。犯人は例の金庫を狙ったそうでのぅ…十分に気をつけなさい”…嘘でしょう…?」


あと一歩遅かったら、“例の物”――“賢者の石”は確実に盗られていた。それを考えるだけでゾッとした。
もう復活を試みているのかと、昔ハリーに…いや、リリーにやられた男――ヴォルデモートを頭に思い浮かべる。
分霊箱(ホークラックス)のせいで死んではいないものの、今の彼は一体“何”に憑依しているのかは分からない。
恐らく今回のグリンゴッツの侵入も、彼の手下がやったことだろう…。


「――…フィー?」
「あ…なに?」
「いや、ボーッとしてるから…。大丈夫かい?」
「うん、大丈夫!ほら、次は飛行訓練だよ?早く行かないと!」


ゴブレットの中身をゴクッと飲み干し、手紙を鞄の中に無造作に突っ込んで、未だに心配そうな顔をしているハリーの手を引っ張った。その後ろからはちゃんとハーマイオニーとロンが着いてきている。
はぁ、とため息と共にあまりにも我儘な自分に反省する。そんなフィーをハリーが眉を潜めて見ていたなんて知らずに。

ハリーの手を引っ張ったまま、校庭まで走る。道中、壁の絵画達に微笑ましい眼差しで見られていたが全て無視だ。ハリーは恥ずかしそうに俯いていたけれど。

ハーマイオニーと着替えて外に出ると、やはり初めての飛行訓練だからか興奮を隠し切れていない生徒たちが目立つ。魔法族の者でも、親が箒に乗ってもいいと許可を得ないと乗ってはいない。そこはマグル生まれだとか純血だとかは関係ない。

暫くハリーたちと話していると(ハーマイオニーはブツブツと本の内容を口にしていた)、飛行訓練の先生であるマダム・フーチが来た。全く変わっていないその姿に思わず笑みを浮かべた。

そんなフィーの様子が目に入ったらしく此方を見て、


「ディオネル、何が可笑しいのかしら?」
「え、あ、いや…。先生の髪色、白髪だから相当ストレス溜まってるんだろうなって…あ、」


しまった、素直に喋りすぎた。そう気づいた時にはもう遅く、フーチはわなわなと震えていた。


「っえぇ、えぇ!そうでしょうとも!どこかの誰かさんが何の連絡もなしに忽然と消えるからおかげで悩み事が増え、ずっと心配していたのよ!!
なのにその人は平気な顔をして帰ってきて…そんな勝手な行動に苛ついているだけよ!」


フーチの見事な剣幕に生徒は誰も口を開かない。むしろその“誰か”が気になってるみたいだ。フーチの言葉がグサグサと胸に突き刺さったフィーはピクリとも動けない。

――そんなに心配をかけていたのか

スネイプの言う通りだった。皆に言わない方が心配かけなくていいかと思っていたけど、そうじゃなかった。
みんな、みんな心配してくれてたんだ。


「……フーチ先生。」
「…何かしら、Miss.ディオネル。」


嫌みたっぷりな声色に少し眉根を下げる。フーチは昔からツンツンしてたけど、今は怒っている分余計声に棘がある。そんなフィーとフーチのやり取りを周りの生徒達は固唾を飲んで見守っていた。


「その人の代わりに、僭越ながら私が代弁させて頂きます。」
「………?」


にっこりと微笑み、口を開いた。


「ただいま、フーチ。ずっと待っててくれてありがとう」


へへ、と笑うと、フーチは涙を堪えてフッと微笑み返してくれた。


「―――さぁ、何をボヤボヤしてるんですか!」


いきなり大声で怒鳴ったフーチに皆は唖然となる。公私混同をしないのがフーチだ。
「箒の横に立って!」というフーチに従い、綺麗に並べられてある箒の横に立つ。学校用の箒は何年も同じものを使っているため、所々ボロボロだ。中には捻くれて言うことを聞いてくれない箒なんてザラにある。

……あぁ、嫌だな。フィーは箒をチラッと見て、ぶるりと肩を震わせた。見た目はまだマシな方だけど…フィーにとっては関係ないのだ。


「右手を箒の上に突き出して!そして“上がれ!”と言う。」


フーチのその言葉にみんな口々に上がれ!と言っているのを呆然と見つめる。一度目では上がらなかった子も二、三回目ではその手に収まっていた。

隣にいるハリーは一度で上がっていた。何だかジェームズを思い出すなあ…。ジェームズも一度で上がってたし…。まあその後は嬉しさからかすっごい煩かったけどね。勝手に飛ぶなって言われてたのに、ピーターが制御出来なくて飛んじゃって。それをジェームズが追いかけてそのままヒュンヒュン飛んでいた。…フーチはカンカンに怒ってたけどね。

懐かしい、と思い出してまだ一言も上がれと言わないフィーに、ハリーが目を丸くした。


「フィー、しないの…?」
「え、あー…、」


またも箒に目を向けて、ゴクリと唾を飲み込む。女は度胸、女は度胸。リリーも言っていたでしょう。
覚悟を決めたフィーは、スウ…と息を吸った。


「上がれ!」


その一言で箒はビュンッと勢い良く浮き上がる。それが何故か怖くなったフィーは咄嗟に目を瞑ってしまい、手に収まる事なく顔に直撃した。


「いっ〜〜!!」
「………え?」
「今…まっすぐフィーの手元に上がったわよ…ね…?」
「どうしたら顔に…?」


みんなが疑問の声を口にする中、フーチだけは理由を知っているため、ハァ…とため息を吐いていた。私だってため息出そうだよ!


「ううう…(運動ばかりは何年経っても音痴なんだよなあ!)」


ジェームズとシリウスにあれほど笑われたのに…!直撃した額をさすっていると、不意に頭の中に声が響いた。


《………フィー》



「……え、」
「? どうしたの、フィー」
「いや…今、何か聞こえなかった?」
「なーんにも聞こえなかったぜ?」


フィーの問いかけにロンが手を大げさに振ってそれを否定した。ハリーもコクコクと首を縦に振っている。まだ赤く染まっているフィーの額をチラチラと見ながら。
……でも今の声は…、


「私…行かないと…!」
「え、ちょ、フィー!?」


ハリーの焦った声を聞きつけたのか、フーチが走り出したフィーの背に向かって怒鳴った。


「こら!! ディオネル、どこに行くのですか!?」
「あの部屋に……っ、すいません!ちょっと用事ができたので!」


“あの部屋”でフィーの言ってる意味が理解できたのか、フーチの声色は変化した。


「何故今!? 行っても意味が、」
「声が聞こえたんです!!」


振り返り、フーチに向かって今度はフィーが叫ぶ。フィーの返答が意外だったのか、目を見開いてフィーを凝視してくるフーチの目には困惑の色が映っていた。


「そんな、バカな…、」
「……っ、二人が…二人が私を呼んでるのに…わたしが、」


泣きそうになるのをグッと堪えてフーチを見つめる。生徒のみんなはフィーとフーチを見比べている。けど、今はそんなの気にしていられなかった。

ああもう、泣きそうだ。


「私が行かなくて誰が行くの!」


言い切ると、フィーはフーチの言葉を待たずに今度こそ城へ戻った。未だ状況を分かっていないハリーたちを残して。