魔法薬学の先生2

魔法薬学の授業は地下牢で行われた。この場所は城の中にある教室よりも寒いため、フィーは少し震えていた。元々寒さに弱いフィーは、いつも此処に来る前に魔法で暖かさを保っていたのだが、今日はそんな暇もなく(ただ忘れていただけ)ローブ一枚。しかしまぁ、馴染みのある場所には変わりない。変わりない、のだが…それは場所だけだ。唯一変わっていってしまう教授達には、寂しさは拭えない。

暫く寒さに身を摩りながら座って待っていると、魔法薬学の教授――セブルス・スネイプがドアを力任せに開けて入ってきた。ふてぶてしい態度をこれでもかも押し出しているスネイプを、この教室で、しかも教卓に立っている姿を見られるなんて思ってもみなかった。フィーの目元が懐かしさで緩んでしまうのも仕方がないのかもしれない。

授業の前にスネイプは出席を取っていく。どうせこの一回きりだろう、どんどん呼ばれていく名前に、自分の名前はまだかと待ち構えていると、


「……フィー・ディオネル。」
「! はーい!」
「…返事は短く。次――…、」


たったそれだけの注意で終わったフィーにロン達は驚愕の眼差しで見てきた。フィーはそんな視線から逃れるようにスネイプを見つめていると、不意にセブルスの猫なで声が聞こえてきた。


「あぁ、さよう。ハリー・ポッター。 われらが新しい――スターだね。」


それにドラコを含めたスリザリン生はクスクスと冷やかし笑いをした。
想像していた通り、親の恨みを子に返すあたり…相当なものだったんだろう。そりゃあジェームズの悪戯、というかスネイプに対しての虐めは見ていて気持ちのいいものではなかったし、寧ろ何度もやめるよう言い聞かした。だけどジェームズにしてみれば、大事な大事なリリーが取られるとでも思ったんだろう。それほどジェームズはリリーにベタ惚れだったから。
在学当時からずっと憎み合っていた友人達を、フィーは何度諌めただろうか。


「このクラスでは、魔法薬調剤の微妙な科学と、厳密な芸術を学ぶ。」


セブルスが独り言のように話しているのを生徒たちは一言も聞き漏らさない。勿論フィーは知っているので教科書に落書きしていた(それを見たハーマイオニーにペシンと足を叩かれた)。

――それから長々と話すスネイプに、フィーはついうとうとと寝かけていた…その時だった。


「ポッター!!」
「はぁい!………あ、れ?」
「バカフィー!」


スネイプがいきなり叫んだものだから、ついフィーは吃驚して返事をしてしまった。そんなフィーにハーマイオニーはボソッと罵倒した(教室は静かなため、私以外にも聞こえた人は沢山いる)。ぐるりと周りを見渡すと、クラス中がフィーを見ていた。勿論スネイプも。……やってしまった、と後悔しても後の祭りだ。


「……今我輩はポッターを呼んだのだ。誰もディオネルなどと呼んでない。」
「…す、すみません…。」


授業初日からやってしまった、と申し訳なさそうに苦笑して、フィーは大人しく自分の席で小さくなった。
さて、ここからだ。ねっとりとしたハリー虐めが始まったのは。

次々とスネイプの口から紡がれていく難題に、ハリーはわかりませんとしか答えなかった…否、そうとしか答えられなかった。何故ならそれは一年生の学習内容ではないからだ。もっと言うならば、そもそもハリーは新入生だ、しかも魔法薬学はこれが初授業。知っている方が驚きだ。

そこでハーマイオニーがここぞとばかりに手を思いっきり高く挙げている。どうやらハーマイオニーはしっかりと予習をしてきたらしく、自分は他とは違うとアピールしているみたいだ。

――やめてほしい、切実に。そんなことをしたら間違いなく隣にいる自分も目立ってしまうからだ。なんて憂鬱にため息を飲み込んだフィーの事をハーマイオニーが気付くはずもなく、ハリーはスネイプに対して、


「わかりません。ハーマイオニーが分かっていると思いますから、彼女に質問してみてはどうでしょう?」


その言葉に生徒数人が笑い声を上げた。あそこまではっきりと言うハリーに驚く、というより組分けの時のあのビビってたハリーとは大違いな姿に目を見開く。されどやはりと言うべきか、スネイプは余程不愉快だったようだ。座りなさいとハーマイオニーにピシャリと言った後、またまた長々と説明しだした。

至極面倒だったけど、言い終えた後のセブルスが何を言うかなんて想像がつくため、フィーは嫌々ながらも書きにくい羊皮紙に羽ペンでせかせかと書き取っていく。

ハーマイオニーは先程のがよっぽど苛ついたのか、見つからない程度にギンギンとセブルスを睨みつけていた。


「どうだ? 諸君、なぜ今のを全部ノートに書き取らんのだ?ディオネルは最初から真面目にノートを取っていたがな。」


すると一斉に羽ペンと羊皮紙を取り出す音が地下牢に響く。…なぜかみんなフィーをチラリと見てから。ハリーなんかは恨めしそうにフィーをジトリとした目を向けてきた。…それは、不可抗力だよ、ハリー。


「ポッター、君の無礼な態度でグリフィンドールは一点減点。しかしディオネルの態度で二点与えよう。」


それに地下牢はざわめく。どうしてそんなにざわざわするのか知らないけど、早く黙らないとまたスネイプが怒ってしまう。フィーは近くのグリフィンドール生に注意しようと口を開くが、それよりも先にスネイプの怒声が耳を貫いた。


「貴様等さっさと書き取らんか!!」



予想通りの怒声が飛び、もうすっかり羽ペンのカリカリと言う音しかしなくなった教室。誰よりも先に書き終えたフィーは、何と無く顔を上げてみた。するとばちっとスネイプと目が合ってしまう…が、スネイプは逸らすことなくフィーと目を合わせる。何を思っているのか分からない彼の感情を読み取ろうと必死にその瞳を見つめるが、結局ハーマイオニーが書き終えた事によりサッと逸らされてしまった。

スネイプは生徒を二人ずつ組にしておできを治すという簡単な薬を調合させた。フィーは人数の都合上一人余ってしまったため、誰とも組まず一人で調合することに。


「おできかぁ…簡単だから逆に一人で良かった。」


初歩中の初歩である調合。誰かとペアを組んで手際良く作っていたらそれこそ変な目で見られてしまう。スネイプもそれが分かっているのだろう、と勝手に思い込んで鍋の中の薬を2回かき混ぜた。
スネイプは早々とお気に入りを見つけたらしく、ドラコを除いたほとんどの生徒が注意を受けていた。フィーの横を通り過ぎる際、鍋の中を見て「見事だ」と呟いたことにフィーは素直に喜んだ。

やはりと言うべきか、一番に作り終えてしまいぼーっとしてると、不意に視界の端でネビルが不安そうにまだ火にかかったままの鍋に山嵐の針を入れようとしていたのが見えた。


「うそ、っネビル!」


考えるよりも早く、フィーはローブのポケットから杖を取り出した。一瞬無言呪文をしようと思ったけれど、ここには生徒も大勢いるためそれは怪しまれてしまう。すぐに考えたフィーはネビルと液体に向かって高らかに呪文を唱えた。


Protegoプロテゴ(護れ)!!」


盾の呪文でネビルは液体を被ることなく無事だった。その代わり床が無惨なことになってしまったけれど、きっとスネイプなら許してくれるだろうと勝手に決めつけ、未だ腰を抜かしているネビルに手を差し出した。


「はい、大丈夫?ネビル。」
「あ…フィー……。」
「良かった、ネビルが無事で。ほら、掴まって。」


さすがのフィーでもネビルをちゃんと起こせる自信は無かったから、そこは無言呪文でネビルの体重を軽くしたけど。
立ち上がったネビルは自分が怪我一つないことに安心したのか、顔をくしゃっとさせて目からは大粒の涙をボロボロ零した。

取り敢えず誰も怪我しなくて良かった、と安堵したのも束の間。すぐにスネイプの怒声がフィーの耳を貫いた。


バカ者!! おおかた、大鍋を火から降ろさないうちに山嵐の針を入れたんだな?」


さすが薬学教師。見ていなくてもこの惨劇だけでなにが起こったかをすぐに予想できるらしい。


「ポッター、針を入れてはいけないとなぜ言わなかった。彼が間違えれば自分の方がよく見えると考えたな?グリフィンドールはもう一点減点。
…しかし、ディオネルの見事な機転で一点与える。」


その理不尽な減点はないだろう。そう思ったのはハリーも同じみたいで抗議しようとしたが、それをすかさずロンが止めた。少しイラっとしていたフィーも深呼吸をして、素直に加点してくれたことに喜んだ。


「今日の授業はここまで。念のためロングボトムは医務室に行くように。それからディオネルはこの場に残っておけ。
以上、解散。」


…居残りかあ。真面目にやってたつもりなんだけどな。
なんて悠長に思っていると、何故か呼び出されたフィーより青い顔をしたハリーたちがやって来た。


「ご、ごめっ…フィー、僕のせいで…、」
「何言ってんのさ、ハリーのせいじゃないよ。何か私がしちゃったのかもしれないし…。
ま、気楽に気楽に。…っと…それじゃ、こっちを凄い勢いで睨んでる人がいるからまた後で。」


バイバイと手を振り、三人を教室から出した。途中何度も振り返ってきたけど、気づかぬふりをしてフィーはドアを閉めた。
これで、必然的にスネイプとは二人きりになった。


「……まずは、久しぶり…かな?いや、ただいま…セブルス。」
「…ああ、おかえり…フィー。」


滅多に見せない柔らかなスネイプの笑みと共に、フィーはスネイプが広げた腕の中へ飛び込んだ。


「このバカ者っ…!! 何故我輩に何も言わなかった!!」
「…ごめんね、セブルス。セブ達に言ったら余計心配かけちゃうと思って、」
「だから何時まで経ってもお前はバカ者なんだ!!」


何度も「バカ」を繰り返すスネイプに、フィーはムッとなり、


「わ、私なりに考えた結果だよ!それをさっきからバカ者バカ者って…。」
「…だからバカ者なんだ。ポッターたちを守ったから、その様に子供の姿になったのだろう?」
「っ……!! や、やだなあセブったら。何のことだか私にはさっぱり……、」


あははー、と冷や汗たっぷりに誤魔化してるとスネイプはクックッと喉で笑った。そんなスネイプを見るのは本当に久々で、というかそうやって笑うことも稀だ。


「ほう、ならその姿は何と説明するつもりで?」
「これは…その、あれだ!魔法! 魔法で子供になったの!」
「なるほど、魔法…。しかし今お前からは何の魔力も感じんが、それでも魔法だと言い張るのか?」


…そうか、そうだった。なんて馬鹿な言い訳をしたんだ、私。


「……ごめんなさい、バカ者でした。」
「分かればいい。」


……なんだか、一生スネイプには勝てそうにないと思う。フィーはあまりの不甲斐なさに笑うしかなかった。


「…私ね、こんな姿になっても別にいいの。」
「………。」
「だって、お陰でジェームズとリリーを護れたんだもの。もしあの時ジェームズ達じゃなくてセブルスだったとしても、私は同じことをしていたよ」


ギュッと、スネイプの腕に力が入る。それに応えるようにフィーも彼の背に腕を背中に回した。
例え姿が子供に戻ったとしても、20歳までは身長は伸び続ける。裏を返せば20歳で私の外見的な成長は止まってしまうのだ。今回ヴォルデモートの死の呪文を受けた事により、反動でフィーの体は逆戻りになってしまった。逆戻りだけじゃない、吐血や嘔吐。頭への激痛。その他様々な“反動”が。だけど、それでも構わない。どうせフィーは死ぬことはないのだから。


「全くお前は…。校長からフィーがここに入学すると聞いたとき、本当は今すぐにでも会いに行きたかった。」
「…うん。」
「けど、それをフィーは望まないと思った。」
「……うん。」
「フィーが校長に言付けた我輩たち宛の“よろしく”。あれには“ごめん”と“会いに行く”、この気持ちが混ざっていた…違うか?」
「…ううん…全部、全部合ってるよ……。」


どうして、そこまで分かるんだろう。何も言わずにみんなの前から姿を消した自分に、みんな前と同じように接してくれた。むしろ、怒ってくれた。どうして何も言わなかったのか、と。


「だから我輩はここで待った。またフィーがここに来てくれると願って。」
「っ、……ふ…っ…、」
「…フィーが居なくなったせいで、我輩の部屋にお菓子が溜まっている。」
「っ、うん……!」
「フィーの好きな紅茶も手に入った。」
「うん…!」
「……我輩はいつでも待っているぞ、フィー。」
「ん、……ありがとう、セブルス。」


フィーは涙でぐちゃぐちゃになった顔で笑った。感謝と、愛を込めて。

その後、フィーは泣いて赤くなってしまった目を冷やそうと医務室に向かうことに。寒い寒い地下の教室から出て長い廊下を歩いていると、前方から二つの影が見えた。
……あれ誰だろう、と首を傾げながら歩くことによって近づく距離。そこでやっと分かった。


「はぁい、ジョージ、フレッド。」
「「!!フィー!」」
「何してるの?こんなところで。」
「いや、大広間の花火って誰が仕掛けたのかなと思って……って、」
「フィー、泣いたのか!?」
「え、いや、これはーちょっと…嬉しい事があってさ。」
「「そっか、それなら…」」
「あ、さっきの花火の話なんだけど…それ、私。」
「そっかそっか」
「フィーだったのかー」
「「……ってフィー!?」」


…相変わらず息ぴったりだな、と思いながら頷く。二人が言っているのは、朝の大広間での事だ。フィー達が大広間から出て行くと、突然花火が大広間を襲ったのだとか。まあ、さっき言った通りフィーがやったのだが。
すると、二人はダンブルドア並みに目を輝かせた。


「すっげー!マジか!」
「さすがフィー!! やるなあ!」
「へへ、まあね。寮にはまだまだ悪戯グッズあるよ。」
「「さすが我らが仲間!」」
「ふふ、でしょ?さ、次の悪戯考えよ!」
「「おう!!」」


やっぱり、悪戯は楽しいな。ごめん、リリー。あんなに注意してくれたのに…。だけど、これだけはもうやめられない。本音を言うなら、ジェームズ達ともまた悪戯がしたい。いつか、いつか叶うなら――…。

―――後日、スリザリンのテーブルから悲鳴が響いた。グリフィンドールのテーブルで、三人がこっそり笑っていたのは秘密だ。