魔法薬学の先生

翌朝、フィーは部屋に響くノック音で目が覚めた。普段はこんな些細な音で起きないのだが、やはり環境がガラリと変わってしまったからなのだろうか。そのノック音の正体は、ハーマイオニーがフィーを起こしに来たものだったみたいで、「はーい…」と寝ぼけた声で返事をすると「もう朝食が終わっちゃうわよ!」と大袈裟なふりでハーマイオニーはフィーに聞こえるように声を大きくする。
フィーは自分が低血圧というのは自覚済み。朝は特に動きがとろくさいのだ。それも踏まえて、フィーはさっきよりも大きな声で「先に行っててー!」と返事をする。それにハーマイオニーは不服そうだったが素直に先に行っててくれるみたいだ。トントントン、と遠ざかる足音がそれを物語っている。

数分の間ボーッとしてから顔を洗い、制服に着替えて部屋の外に出る。元々起きた時間が時間だし、それからまた時間が経ったため、談話室にはあまり人がいなかった。

大広間に着くと、それぞれグルーブ毎に固まって食事をする姿が見られる。その中にハリーたちもいたが、見るからにもう食べ終わってしまったようだ。


「おはよう、三人とも。」
「あっ、おはよう。」
「おはよう!もう僕たち食べ終わっちゃったぜ?」
「ほんとよ!フィー、あなたあれから何分経ったと思ってるの?」
「ご、ごめんなさい……。で、でもね、その…私朝はあまり食べない、というか食べれないから…。今日はもういいよ!ほら、それよりももうすぐ授業だよ?行こう!」


無理やり話を終わらせて、授業の準備を勧める。今日の、というかホグワーツ最初の授業はマクゴナガルの変身術だ。


「変身術は、ホグワーツで学ぶ魔法の中で最も複雑で危険なものの一つです。いい加減な態度で私の授業を受ける生徒は出て行ってもらいますし、二度とクラスには入れません。初めから警告しておきます。」


説教をしてから先生は机を豚に変え、また元の姿に戻した。生徒たちは感激して、早く試したそうに体をウズウズさせている。しかしそこまで辿り着くのにはたくさんの時間を要するために叶わなかった。

さんざん複雑なノートを取った後、一人一人にマッチ棒が配られた。まずはそのマッチ棒を針に変える練習から始まった。


「これ、ミネルバが先生になってから何回したかなあ…。」


何回も繰り返した作業は、今ではすっかり完璧にできてしまう。苦笑を混じえながら杖をヒョイと振り、マッチ棒は針へと姿を変えた。その針は艶やかしく銀色で、先は鋭く尖っていた。

マクゴナガルはハーマイオニーが一度で変化させた針を褒めた後に、フィーの針を見て小さく微笑んでくれた。何度も何度も同じ授業を受ければ出来て当然。そうフィーもミネルバも思っているからこそ、お互い目を合わせて密やかに笑い合う。これがいつの頃からか二人の授業態度になっていた。公に褒めてもらえなくても、彼女の満足そうな笑みを見れるから頑張れる。万人に理解されなくてもいい。むしろされたくもない。それを分かってくれているからこそ、マクゴナガルも褒めないのだ。

そしてマクゴナガルの授業が終わり、次の授業は“闇の魔術の防衛術”だ。教室の移動は勿論ながらにハリー達と一緒に。

そういえば、クィレルの調子は大丈夫なのだろうか。歩きながらふとフィーは次の授業の担当教諭の顔を思い浮かべた。久しぶりに会った彼は、何とも聞き取りにくい話し方をしていた。そもそも彼はマグル学の先生だった筈だ。それが何を思って防衛術の先生なんかに…。そもそもあのニンニクの匂いは何処からするのか。彼はもっとこう…清潔感のある男じゃなかったか。
以前とは大分掛け離れた彼を思い出し、誰にも気づかれない程度に顔を歪めた。

教室に着くとやっぱりと言うべきか、部屋中に彼と同じニンニクの匂いが充満していた。強烈な臭さに思わず鼻を手で覆ってしまったが、致し方ないと言うことで見逃して欲しい。そうして生徒たちからはマイナスのイメージで始まった初めての防衛術の授業は、更にクィレル先生のイメージが下がってしまったのは、言うまでもない。


そんな日々が続き、金曜日。やはり朝は何も食べる気が起きないので、フィーは砂糖たっぷりのミルクティーをゆっくりゆっくり飲み干していく。たまにこれにプラスしてシリアルなんかも食べる時はあるのだが、やはりミルクティーだけで終わらせてしまう事が多い。
美味しさに浸ってると、ハリーがロンに今日の授業は何かを聞いていた。


「スリザリンの連中と一緒に、魔法薬学さ。スネイプはスリザリンの寮監だ。いつもスリザリンを贔屓するってみんなが言ってる――本当かどうか今日わかるだろう。」


ロンの言葉の端々に、嫌味ったらしさが滲み出ているのは気の所為だろうか。ハリーは『スネイプ教授』がやたら気になるのか、どこか上の空で食事を終えていた。

そんな二人の会話を聞きながら、フィーは複雑な気持ちでいっぱいだった。確かに自寮は贔屓するだろう。自寮にも厳しいマクゴナガルだが、やはり甘い部分もある。それが今はまだ新入生には知られていないが、上級生にもなると知られていくもの。現にこの間もグリフィンドール生に、空き教室を貸して欲しいと頼まれて鍵を渡していたのを見た。

つまり、フィーが心配なのはそこではない。ハリーの父親であるジェームズや、名付け親であるシリウスに『スニベリー』(泣き虫)と罵られ、虐められていたセブルスの事だ。大人気なく父親の仕返しにと、ねっとりとしたハリー虐めをしなければいいのだが。

ミルクティーを飲みながらそんな事を考えてると、突然何百羽もの梟が大広間を飛び交った。舞い落ちる羽がマグカップの中に入らないようにと、カップを持っていない手で口元を覆う。するとハリーの手元に、手紙とマーマレードが落ちてきた。どうやらそれはハグリッドからのようだ。ここに来て初めての自分宛の手紙にハリーは驚き喜んでる。

隣でふふっと笑って見てると、フィーの手元にも一枚の手紙が落ちた。一体誰からだろう、とそれを拾い上げると同時に物凄く後悔した。何故ならそれは、見事なまでに赤い紙――吼えメールだったからだ…。


「フィー……それ、」
「…それ以上言わないで、ロン。私も戸惑ってるんだから…。」


差出人は一体誰だと封筒を裏返して見ると、想像もしていなかった名前に目を丸くした。
何故、彼が――?
浮かぶ疑問は解消されぬまま、吼えメールは爆発して大声を響かせた。


ッの……馬鹿フィー!! 君は昔から僕らを心配させるのが好きだよね。ねえ、わざと?わざとなんだよね?なら僕にも考えがあるけど?大体勝手に僕らの前から居なくなっておいて勝手に現れるとか君一体どういう神経してるわけ?おかげで僕はチョコレートを食べる量が1日三箱が二箱に減ったんだよ?この責任取って貰うからね。
あぁそれと、これからは定期的に僕に手紙を送ること。いいね。全く…帰ってきたことも言わないし…。フィーのことだからどうせ“まだいっか”…なーんて考えてたんだろう?ったく…これじゃあどこぞの鼠も犬も鹿も心配して当然だ。特に最初の頃は馬鹿犬が一番酷かったんだよ。
…それから、もう時間もないからこれで最後にするけど。…悪戯はほどほどに。君はプロングスと同じくらいかそれ以上の頭を持ってるんだから、並大抵の悪戯じゃあないと思うけどね。僕からも学生時代に余ってる悪戯グッズを送るよ。どうぞ有効活用してね。
…じゃあフィー、また君に会えるのを楽しみに待ってるよ。その時はお茶菓子を用意して待ってるからね。(その時にお説教はたっぷりしてあげるから)》


全て言い終えた赤い手紙は、跡形もなく消えてしまった。


「……………。」
「……えーと、…フィー?」
「……どうしよう。」
「え?」


心配そうに顔を覗き込んでくる三人を青ざめた顔で見つめ返す。


「わ、私、今度こそ殺される……!」
「「「……は?」」」
「やっぱり連絡しなかったのはまずかった?いや、そんなに心の狭い人じゃなかったはず…だって悪戯も止めなかった、というか笑って見てた人だよ!?
ああ…今度の休暇が嫌だなぁ……。」


朝から気分が急降下する。今ではすっかり燃えカスになってしまった手紙の残骸を睨みつけるも、それでどうにかなる訳でもなく。
かすかに“L.J.R”と書かれてあるのを数秒見つめて、フィーは思い切り立ち上がった。


「(彼の…――リーマスの声、微かにだけど震えてた。私たちじゃないと分からないくらいほんの微かだけど……。)」


それくらい心配してくれていたんだと思うと、沈んでいた気分が僅かに上昇する。うん、久々に友達の声が聞けたんだ。それに、今からの授業は待ちに待った彼の授業。
楽しまないと、損だよね。


「……よし!ハリー、ロン、ハーマイオニー。早く行こうよ!良い席取られちゃうよ!」


ニッと笑い、フィーは授業の用意を掻きだいて勢いよく駆け出す。呆気に取られてた三人も弾かれたように走り出した。

――――四人の居なくなった大広間からは一瞬の静寂、数秒後にパン、パンパンッ!!と弾けだした花火の音、それに被さるように人々の悲鳴が響いたとか……。