組分け帽子2

長かった組分けも、残すところ後四人となった。まだフィーは呼ばれていない。これは例年通りだ。何故かは知らないし、別に知りたいとも思わないフィーは、だんだんと減っていく周りに少し寂しく思ってしまう。

ロンは呼ばれた瞬間、ただでさえ青かった顔色がもっと青くなり、もう白くなってしまっている。けれど、帽子はその心配を拭うかのように、一分も経たない内に「グリフィンドール!」と叫んだ。ロンは崩れるようにハリーの隣に座った後、嬉しそうに自分の肩を組んできたフレッド達に話しかけられていた。

そうこうしている内に、とうとう残りはフィーだけとなってしまった。何時もの事ながら、やはり一番最後というのは全校生徒の注目の的。おまけにフィーの髪色は白銀色という珍しいもので、それにプラスして濃い深海を思わせる瞳。注目を浴びない理由がなかった。

ジッとしていても突き刺さる視線にフィーは無意識にクッと眉間に皺を作り、目を細めて職員席へ視線を向ける。そんなフィーを見て、他の生徒達が顔を赤らめていたなんて勿論知らない。

やっとと言うべきか、マクゴナガルは最後の新入生であるフィーの名前を呼んだ。喜びを抑えた彼女の声は、微かに震えていた。


「ディオネル・フィー!」


自分の名前を呼ばれて、ハリーの時と同様に、…否、それよりも静かになった大広間を気にすることなく、コツリ、コツリ、とゆっくりとした音を立てて歩く。

その間も、視線はフィーを追ってくる。些か不愉快になるも、気にしていないと言うように椅子に座ると、マクゴナガルが慣れた動作で帽子をフィーの頭に被せた。
すると、直接脳内に嗄れた声が届いた。


「これはこれは、またお懐かしい方が来られたようで。」
「ふふ、久しぶり。随分とハリーの組分けに悩んでたね」
「えぇ、えぇ。彼は大変悩みました。スリザリンかグリフィンドール、何方も相応しく、今でもあの選択が正しかったのかどうか…。」
「間違えたっていいじゃない。貴方だって“生きている”のだから。…それより、私の組分けはもう決まってるんでしょう?」


帽子のつばで向こう側が全く見えない。だけど、あんなにお喋りな生徒達は今だに誰も声を上げていないようだ。


「はい、貴方の寮は数千年前から決まっております。」
「そう…私は覚えてないんだよね…。だって、いつも事あるごとに私を賭け事の景品にするんだもの。寮の組分けだって、賭け事の一つだったし…。」


つい帽子に愚痴ってしまうが、帽子は懐かしむようにうんうんと頷き、再度口を開いた。


「貴方が覚えておられない事は、私が把握しております。故に、今回の寮は―――…

―――グリフィンドール!!


告げられた寮の名前に、途端に沸き起こるように発せられた大歓声と喝采の音が聴こえてくる。けれど私は、突然頭に流れ込んできた“記憶”に、少しの間動けなかった。







「よし!今回は俺の勝ちだな!」
「待て、貴様今何かイカサマをやっただろう。」
「そうよ、ゴドリックが勝つなんておかしいわ。」
「私もそうおもーう。大体さあ、ゴドリックって…チェス苦手じゃなかった?」


どこかわからない、談話室のような場所で繰り広げられているのは、魔法界の“チェス”。見事、ゴトリックが勝ったみたいだ。

だけどそれを認めないサラザール、ロウェナ、ヘルガの三人。そんな冷たい三人に、ゴドリックはガーン!と聴こえてくるくらいにショックを受けている。


「はいはーい、この勝負はゴドの勝ち!よって、この時の寮はゴドに決定ね。」
「やった、」
「いや、考え直せフィー。こんな奴の寮だぞ?下手をすればこいつみたくなるのは目に見えている。」


サラザールは、意地でもフィーをゴドリックの寮にさせたくないみたいだ。まあ、認めたくないのも仕方がない。だって、この間の勝負もゴドリックが勝ってしまったのだから。


「まぁまぁ、ちゃんとロウェナのもヘルガのもサラザールのもなるんだから!たまたまこの時は、二連続でゴドの寮ってことだけでしょう?そんなに拗ねないの。ちょっと前はロウェナの寮だったじゃない。」


ふふ、と柔らかく笑うと、ついさっきまで喧嘩していたのが嘘みたいに、フィー達五人の間には和やかな雰囲気が流れた。

映像はザザッ…と砂嵐のように変わり、ゴドリックと二人きり。フィーは一回りぐらい大きいゴドリックの足の間に、ちょこんと座り込んでいた。


「寂しいなぁ……。」
「……ゴドリック、ありがとう…。」
「ん?何が?」
「…学校。私のため、でしょう……?」
「ハハッ、…フィーには何でもお見通しかぁ……。」


ゴドリックはギュッとフィーを後ろから抱きしめた。「でも、」と続けて口を開いた彼は、無数に浮かぶ星々を見上げてフィーの抱きしめる腕の力を強めた。


「もともと作る予定だったんだよ。フィーも知っただろ?この時代で俺達魔法族が普通に生活していくには、限界がある。」
「……悲しい、ね。」
「だからこそ、魔法を使う人達の学び舎が必要だって俺達はずっと話し合ってた。」


迫害を受けた魔法族の人だって、一人や二人じゃない。それを四人はずっとずっと危惧していたのだ。


「その学校を、守ってほしいんだ。」


フィーへのプレゼントと称して、ただ利用している自分が嫌になる。ゴドリックは己の内にある意地汚さに嫌悪するが、フィーは笑顔で縦に首を振った。


「あーあ!俺も…フィーと同じ不死がよかった…。」
「……私は、ゴドリック達が不死じゃなくて良かったと思ってるよ。」
「何でだよ…!俺は、俺たちは、フィーを一人にさせたくないんだよ…!」
「私はゴド達に、こんな苦しみを味わってほしくない。」


ゴドリックの言葉を遮るように、フィーは自分の気持ちを伝える。わかってほしい。こんな、こんな想いを、大切な貴方達にまで抱えてほしくないことを。


「……俺達は、…………フィーの側にずっといたいんだ。」


ぽつりと零れたのは、ゴドリックの本音だった。静かに空気となって消えてしまったそれは、フィーの胸に突き刺さる。


「…私も、ずっとゴト達と一緒にいたい。」
「だったら何でだよ…!フィーが望めば、俺達は全ての時間を不死になるための研究に使う!だから…、」
「……人は限りある時間の中で生きるから、“今”を大切に生きるんでしょう?だからこそ、人はずっと一緒にいたいって願うんだよ。」


ポスッと体の体重をゴドリックに預ける。彼はフィーの体に回していた腕の力を、キュッと強めた。トクン、トクン、と鳴るゴドリックの鼓動に心地良さを覚え、目を瞑る。


「……そっか、そうだよな。」
「うん、そうだよ。」
「……じゃあフィー、約束しようぜ!」
「……約束?」


目を瞑りながらゴドリックの言葉を反復する。ゴドリックは嬉しそうに「そ。」と頷き、顎をフィーの頭の上に乗せた。


「何があっても、俺達の事を忘れるな。俺達は、フィーの側に直接的にはいなくても、ここにいるから。
だから、笑ってろ……フィー。」


穏やかな声で、最後に約束っと小指を絡ませた。甘く、切ない、ただの口約束。けれど、ただの口約束だからこそ…他のどんな言葉よりも信じられる気がした。

“何があっても心(側)にいる。だから笑顔を忘れるな”

そう、約束して…―――



「――…Miss.ディオネル?」


突然聴こえたマクゴナガルの声に、ハッと意識を覚醒させる。キョロキョロと周りを見渡すと、生徒だけでなく、教職員達までフィーに目を向けていた。
途端に気恥ずかしくなり、ほんのり顔を赤らめた。


「ご、ごめんなさい……。」


さすがに今回は自分が悪い。そう思って素直に謝罪を口にすれば、マクゴナガルはまるで怪物でも見たかのような表情をした。

グリフィンドールの席まで慌てて行くと(途中で足が縺れて転けそうになった)、フレッドとジョージがフィーを二人の間に入れてくれた。ほっと一息ついてようやくゆっくりできたことから、マクゴナガルを軽く睨む。頬も少し膨らませてたから、両隣にいる双子に面白そうにプスプスと指を刺された。

そんな事をしているとダンブルドアが立ち上がり、腕を大きく広げた。相変わらずブルーの瞳をキラキラさせて。


「おめでとう!ホグワーツの新入生、おめでとう!歓迎会を始める前に、二言、三言言わせていただきたい。では、いきますぞ。
そーれ!わっしょい!こらしょい!どっこらしょい!以上!」


アルバスが席に着くと、大広間にいる全員が拍手し歓声をあげた。フィーもふふっと笑って、早速目の前にあったポテトを皿に盛った。


「フィーもっと食べなきゃ!」
「ほら、ソーセージとかは?」


フレッドとジョージがフィーのお皿を見て声をあげる。今フィーのお皿にはポテトとローストビーフしか乗っていない。それも少しずつ。
それを見た双子はあれもこれもと聞いてくるが、全て断った。


「ちょっとフィー!そんなんじゃダメよ!」
「え?な、何が……、」
「もっと栄養のあるものも食べなきゃ!ほら、これも…これも!」
「あ、いや、リリー、私は…あああ、そ、それはいらな…!」



同じ机で、同じ場所で、二人と同じようにフィーの食事量を心配してあれもこれもと料理を盛ってくれた大切な友人。
フィーは懐かしむように目の前に広がる料理を眺めた。


「何でさ!」
「フィーはもっと食べるべきだ!」
「いや、私は……、」


そう言い掛けた時、パッとテーブルの上から料理が消え、デザートがテーブルいっぱいに並んだ。種類も沢山あるデザートに、フィーは目を輝かせて手を伸ばす。


「んん〜っ、このイチゴタルト美味しい!っん、糖蜜パイも食べないと……あとは…あ!プディング!」


一人でパクパクとデザートを食べるフィーに、二人はそうだった…とホグワーツ特急での事を思い出し、笑った。だけど他の人たちは、いきなり良くなった(良くなりすぎ)フィーの食べっぷりを見て驚いている。

それもそうだ。だってさっきまで全然食べてなかったのに、デザートをパクついているのだから。フィーだって他の人のそんな光景を見たら、きっと口を開けて見ているに違いない。そう思ってるんだけど、やっぱり手は止まらない。


「っん、豆乳、パイ…も!」


どんどん甘いものをお腹に詰め込む。数十分後、やっと手が止まったフィーに、ずっと見られていたのだろうか、双子はよく食べるな、と苦笑した。みんなはあんなに甘いのは食べられないそうだ。

最後まで食べていたのはフィーだけだったようで、手を止めた瞬間にデザートはメインディッシュ同様パッと消えた。おいしかったなあ、と目を細めて見るからにご機嫌なフィー。するとダンブルドアが立ち上がり、広間はまた静かになった。


「全員よく食べ、よく飲んだことじゃろうから。また二言三言。新学期を迎えるにあたり、いくつかお知らせがある。
一年生に注意しておくが、構内なある森に入ってはいけません。これは上級生にも、何人かの生徒たちに特に注意しておきます。」


ダンブルドアはまたもキラキラとした目で今度はフィーの両隣にいる双子を見た。どうやらすでに目をつけられるくらいにははっちゃけているらしい。


「最後ですが、とても痛い死に方をしたくない人は、今年いっぱい四階の右側の廊下に入ってはいけません。」


ダンブルドアはとても真面目に言った。何人かの生徒はそれを冗談だと思ったらしく、ハリーも幼い顔でクスクスと笑っていた。どうやら危機管理能力はまだ備わっていないらしい。

そこに何があるかを知っているフィーは、少しの疑問をダンブルドアに抱いた。なぜそのように好奇心を煽る言い方をするのだろうか。何度頭をひねっても答えは出てこず、結局は諦めるように息を吐いた。

ダンブルドアが寝る前に校歌を歌おうと言い出し、皆バラバラのリズムで歌い出す。フィーも久しぶりの校歌に思いっきり歌った。フィーが歌い終わっても、隣のフレッドとジョージはとびきり遅い行進曲で歌っていたせいで、結局最後に歌い終わっていた。

もうすぐ就寝時間と言うことで、寮ごとに別れて大広間を出て行く。フィー達グリフィンドールは、パーシー(双子が自分たちの兄だと教えてくれた)が先頭をきって歩いていく。大きな声で先導されて、フィー達もぞろぞろと着いてゆく。

うとうとと眠たい目を擦りながら歩くと、いきなり前が立ち止まり、目の前の人にぶつかる寸前でフィーも止まった。フレッドとジョージは、フィーがはぐれないように、と手を繋いでくれている。

…それよりも、なぜこんなところで立ち尽くしているのだろうか。眠たさがピークに達しているフィーはイライラしていると、前方に杖が一束浮いているのが見えた。そんな中パーシーが一歩進むと、杖がバラバラッと飛びかかってきた。フィーはそれをボーッとしながら見ていると、バシンッと顔に直撃した。ちょうどそれを見た双子がとても心配してくれて、ピーブズに対して怒っている。


「うわ、今日に限って糞爆弾鞄に忘れた!」
「僕も!悪戯道具一式中だ。」
「……大丈夫、私が行ってくるよ。」


イライラを隠すことなく露わにしているフィーに、双子はヒューっと口笛を吹いて場を盛り上げた。
パーシーと言い合いしているピーブズを見つけると、人混みを臆すことなく掻き分けて前に出る。フィーの姿を見つけたピーブズは、フィーのことを忘れてしまったのか、他の生徒と同じようにからかってくる。


「おやおや〜!一年生ちゃんがなーに出てきたのかな〜?もっと杖を浴びたいって〜?」


ニヤニヤしながら調子に乗ってるピーブズに、フィーは俯けていた顔を上げる。私の顔を見たピーブズは、途端にニヤニヤさせていた顔を一変させ、顔色は真っ青に。


「ヒッ…、」
「……ねぇ、私今とても気分が悪いの。あの頃のような目に遭いたくなかったら、さっさとそこをどいて頂戴。」


最後はピーブズにしか聞こえないように小さな声でボソッと言うと、ピーブスは昔を思い出したのか、ぺこりとお辞儀をして今だに謝りながら、消えることも忘れて慌ててこの場を去った。
そんな光景をポカーンと見ている生徒達。けれど眠たいフィーは何か?という目で私を見てくる人達を見やると、慌ててパーシーは先へ進んだ。


「じゃあね、フレッド、ジョージ」
「「おやすみ、フィー!!」」


談話室で手を振り、私フィーは女子寮に上がった。自分の部屋を開けると、誰もいない。それは当然のことだった。
この部屋は一千年も前からフィーにあてがわれた、フィーだけの部屋なのだから。

簡単にシャワーを済ませ、パジャマを着る。ガシガシと無造作にタオルで頭を拭きながらペタペタと歩き、荷物が置いてある所にいる梟のチェイルをゲージから出す。チェイルは嬉しそうにバサっと羽を伸ばした。フィーが窓を開けると、チェイルは大きな羽音を立てて、夜のホグワーツへ飛び立った。それを見届けてから、フィーは漸くベッドに潜り込んだ。


「……いろんなことが、あったな……。」


また、このホグワーツで暮らせるんだって思いながら、とろりとしてきた瞼をゆっくりと閉じた。

これから始まる生活に、想いを馳せて。