組分け帽子

扉の前でごった返しになっているとタイミング良く扉が開き、出迎えてくれたのは一人の魔女。その姿に、思わずフィーの頬が緩んでしまう。


「マクゴナガル教授、イッチ年生の皆さんです。」
「ご苦労様、ハグリッド。ここからは私が預かりましょう。」


ホグワーツ魔法魔術学校の副校長である、ミネルバ・マクゴナガル教授の後にフィー達は押し合いながら着いて行く。遠目から見た彼女の背中は、何年経っても変わらず凛としていた。

ホールの脇にある小さな空き部屋に、マクゴナガルはフィー達を案内した。人と人との間はほんの少ししか隙間がない。しかし、生徒達はそんなことは気にならないのか、それよりも不安そうにキョロキョロと忙しなく辺りを見渡しながら、互いに寄り添っていた。


「ホグワーツ入学おめでとう。」


マクゴナガルはそう切り出して話し始めた。フィーはこれをもう何度も聞いているため、正直言えば暇の一言に尽きるのだがそれをおくびにも出さず、平然とした風にマクゴナガルを見やった。
その時、トンッと誰かに軽く当たってしまい、謝ろうと振り向くとそれは少し顔を青くしたハリーだった。


「あ、ごめんね、ハリー。」
「……ううん、平気……。」


その声色からしても余程不安なんだろう。隣にいるロンも、ハリー以上に顔が真っ青だ。
あの双子と大違いだな、と兄弟の違いを知った。
マクゴナガルをチラッと見てまだ話しているのを確認し、そろーっとポケットに入れていた蛙チョコレートを食べた。


「ちょ、フィー!? 何して……、」
「あ、その…だって……、」
「バレたら怒られるよ!?」
「だ、大丈夫だよ。だってこんなに人がいるのよ?」


次々に蛙チョコレートをペリペリとめくり、口へ放り込む。しばらくその動作を繰り返していると、フィーは遠くから視線を感じた。途中まで開けていた蛙チョコレートから目を離しきょろ…と見渡すと、生徒全員とマクゴナガルがこちらを見ていた。


「……何をしているのですか。」
「え、あ、いや、その………………ごめんなさい。」


マクゴナガルの顔が余りにも怖すぎたため、すぐに謝った。そんなフィーの変わらない姿にマクゴナガルは深く、それはもう海よりも深い溜め息を吐いた。

マクゴナガルは身なりを整えておけと簡単に言うと、広間から出て行ってしまった。途端に騒がしくなる生徒たちに、余程息が詰まっていたのだろう、と同情にも似た感情が生まれてしまう。


「一体どうやって寮を決めるんだろう。」
「試験のようなものだと思う。すごく痛いってフレッドが言ってたけど、きっと冗談だ。」


ロンのその答えに、フィーは思わず笑ってしまった。誰にも気づかれないように小さく。
まずはフレッドの冗談に。まあ知らない者からすれば、それだけで十分成り立つ嘘だ。何せホグワーツとは未知で包まれた場所。知っている方がおかしい。
次に試験。これは絶対にあり得ない。まだ何も学んでいない生徒に、そんな事をあのダンブルドアがさせる訳がない。むしろ試験なんかよりも、もっと別の事を考えそうだ(実際組分け帽子は新入生の驚きを見るため、というのも理由に入っているのだから)。


「帽子を被るだけなんだけどな……。」
「え、フィー何か言った?」
「ううん、何も。それよりハリー、大丈夫だよ。不安になる事なんてないわ。折角の魔法学校だよ?もっと楽しまないと!」


少しでも場を盛り上げようと明るく振る舞い、フィーはバシッと強めに背中を叩くとハリーは力なく笑った。どれだけ明るく繕おうとも、不安は消えないのだろう。

はぁ、と軽く息を吐くと、いきなり悲鳴が部屋中に響いた。何事だと心配9割、野次馬精神1割で背伸びをして目を向けると、そこにはホグワーツ名物のひとつであるゴーストがいた。
何やら疲れたように肩を落としながら会話しているのを聞いていると、どうやらピーブズにまた何かされたらしい。


「懐かしい名前…それにしてもピーブズ…あの悪戯ゴーストかあ。ま、遊び相手にはちょうどいいか。」


ふふっと無邪気な笑顔を浮かべてピーブズにどう悪戯しようかなーなんて企んでいると、ゴースト達が生徒と話していたのを中断させ、フィーを見た。


「え、あ……!」


驚いた声を上げるゴーストに、フィーは口元に人差し指をあてて「シー…。」と聴こえるか聴こえないかぐらいの声で静止した。
それに気づいたゴーストは涙を溜めながら礼をし(とても綺麗な90度だった)、壁を抜けて出て行った。

ゴースト達がいなくなった後、すぐにマクゴナガルの声が聴こえてきた。何でも、もうすぐで組分け儀式が始まるそうだ。


「さあ、一列になって。ついてきてください。」


その言葉にフィーは足取り軽く着いていく。だけど他のみんなは緊張のせいか、足が重くてなかなか着いてこない。そんな生徒たちの様子に、マクゴナガルは慣れたように歩くスピードを落とした。「(さすがマクゴナガル先生)」とうっすらと笑みを口元に浮かべて、フィー達はぞろぞろと大広間に入った。

そこに広がっていたのは、幻想的かつとても素晴らしい光景だった。もうすでに上級生達は席に着いていて、目の前の長いテーブルの上には、金色のゴブレットが並んでいる。


「………ここは何年経っても変わらない。」


約10年前にここに来た時も同じことを思った。
ボソッと呟いた言葉は誰に聞かれる事もなく、大広間に吸い込まれていった。そして、不意に上を見上げると、そこには無数の星空が瞬いていた。これもまた、フィーに懐かしいと思わせる要因のひとつ。これに驚いたのはいつだったかな、と苦笑していると、マクゴナガルが教職員が座っている壇上の上に置かれた椅子に帽子を置いた。

薄汚れた小汚い帽子を見ていると、その帽子はピクピクと小さく動き、突然口を開いて歌い出した。

帽子が歌い終わると、広間にいた全員が拍手をした。勿論フィーもパチパチと拍手を贈る。その隣でロンがどうやって組分けをするのかがやっとわかったみたいで、フレッドに対して怒っていた。
そりゃあ嘘の情報を教えられたら怒るよね、と内心思っていたのは心の隅に留めておいた。


「ABC順に名前を呼ばれたら、帽子を被って椅子に座り、組分けを受けてください。アボット・ハンナ!」


順番にどんどん組分けされていくのを、無心でボーッと見つめていた。その中で最も早い組分けはドラコだろう。きちんと被る間もなく、帽子は「スリザリン!!」と叫んだのだから。
さすがのフィーでもこれには驚いた。まあ確かにアブラクサスとルシウスの家系。彼がスリザリンじゃなかったら、彼はきっと怒られるどころじゃ済まなかっただろう。

そんな想いを馳せて、思わず笑ってしまう。とうとうハリーの番。マクゴナガルは今までの生徒と同じように、彼の名前を呼んだ。


「ポッター・ハリー!」


その名前に広間は一気に静まり返ったけど、ヒソヒソと話す声だけは続いて聴こえた。その声に不快感を隠さずイライラを露わにしているフィーを見て、ハリーは堪えきれない、と言う様に堪らず笑った。ハリーは緊張した表情でゆっくりと数段ある階段を登り、壇上の上にある椅子に座ると、マクゴナガルが優しくハリーの頭に帽子を被せた。

そこからは、とても長く感じた。
一体帽子はハリーに何を言っているのか見当もつかないけど、大体は想像できる。


「ハリーの組分けに悩んでるんだろうなぁ…。」


帽子というのはなかなかに優柔不断なもので、長い長い時間を掛けて帽子はやっと何かを決めたように叫んだ。


「グリフィンドール!」



帽子の叫び声に、ハリーは力なく帽子を取ってフラフラふらつく足でグリフィンドールの席まで歩いていった。
フィーはパチパチと今まで通り拍手すると、周りも合わせて大喝采をハリーに贈った。フレッドとジョージは「「ポッターを取った!ポッターを取った!」」と大喜びしている。