いつも多くの人で賑わっているかぶき町は、ここ1ヶ月程、甘い香りがそこかしこに漂っていた。全ては2月14日の為。バレンタインデー当日の今日は、どの店も書き入れ時とばかりに売り子が声を張り上げている。

バレンタインはチョコレート会社の陰謀だ、などと無粋な事を言う人もいるが、良いじゃないか。女の子たちの背中を押してくれる、素敵なイベントだと思う。かく言う私も、紙袋いっぱいの、ラッピングを施したチョコレートを携えていたりする。

普段お世話になっている職場の人たち、そして仲良くしている友達を訪ねては、ひとつ、またひとつ、とチョコレートを手渡していく。夕方になる頃には袋はだいぶ軽くなっていた。残るはあと6つ。


「はい、銀さんと新八君と神楽ちゃん、あと定春はこれ」


訪れた万事屋でそれぞれにチョコレートを渡す。


「うわーい!チョッコレート!チョッコレート!バレンタイン素晴らしいネ!」


歌うように言いながら、神楽ちゃんは目にも留まらぬ早さで包装を解いて、丸いトリュフを口に放り込む。


「銀さんのコレ、本命?本命チョコだよね?」
「そんな訳無いのは見れば分かるでしょ!だって銀さんのも神楽ちゃんのも僕のも、全員同じですよ」


新八君の的確な指摘に、銀さん本命以外要らないのに、とか文句を垂れながらも、チョコレートを食べる彼の手は止まらない。


「で、本命はもう、渡したの?」


もぐもぐとチョコレートを頬張る銀さんに尋ねられ、曖昧に返事をする。ちらり、と彼の目が私の傍らにある紙袋を捉えた。

正直、渡したい人はいる。だが何度か彼の現れそうな場所を覗いてみても、姿は一向に見当たらないままに、日が暮れてしまったのだ。


「渡せなかったら銀さんが貰ってあげるからね!いつでもいらっしゃいよ!」


銀さんの本命チョコへの執着を適当にあしらって万事屋を後にする。もうすぐで夜になってしまう。これで最後、居なかったら諦めよう、と自分に言い聞かせて、彼のアジトや懇意にしている蕎麦屋、北斗心軒など思いつく限りを回ってみたが、やはり彼は居なかった。

こんなにも相性が悪いのか、と落ち込みながら帰路に就く。上手くいかないから諦めろという神様の啓示かもしれない。


「…時に、お嬢さん」
「え、私?」


とぼとぼと足取り重く歩いていたところ、突然声を掛けられた。きょろきょろと見渡せば、道端に一人の僧侶。その隣には同じく僧侶の姿をした白い宇宙生物。


「かっ…桂さん…!」
「桂じゃない、僧侶だ」


こほん、と咳払いをひとつして、僧侶と言い張る彼は続ける。


「して、その袋の中身、チョコレートとお見受けするが…誰に渡すのだ」
「えっと…まあ、アレですアレ」


諦めかけていたところへいきなりの登場だ。まだ心の準備ができていない。


「よっ…予備!そう、足りなかった時とか無くした時みたいな不測の事態用の予備!」


桂さんの為に用意していたんです。本当はそう言いたいはずなのに。


「そのまま余りを持って帰ったところで、独り悲しく食べるのがオチであろう。俺が貰ってやっても良いぞ」
「むっ!桂さんにあげるチョコレートなんて、無いですもん!」


勢いで言った言葉に、慌てて手で口を塞いだ。しまった。ただの売り言葉に買い言葉であって、本音ではない。だが、このままの流れではチョコレートが渡せなくなってしまう。どうしよう。自分の大失態に胃が凍り付く私の前で、桂さんが憤っていくのが手に取るように分かった。もう駄目だ。みんなに配ったのと同じ、エリザベス用の丸いトリュフと、一つだけ別で作ったハート型のチョコレートが入った紙袋の持ち手をぎゅっと握り締める。


「九兵衛殿にはチョコレートを渡していたのに俺には無いだと…?やはり堅物キャラは一人で良いということか!」
「へ…?」


予想していた怒りの言葉とは少しズレた台詞に間の抜けた返事をしてしまった。そこで私は重大な事実に気が付く。


「って、何で九ちゃんにチョコあげたこと、知ってるの…?まさか、ずっと尾行してたんですか!?」
「そっそそんな事、断じて…しししておらん!」


私の予感は的中したようだ。ポーカーフェイスはそのままだが、動きがおかしい。桂さんはあからさまに動揺し始めた。どうりで、あれだけ探しても見つからないわけだ。


「もう!今日一日中、桂さんの事探してたのに!」
「む、今何と申したのだ」


ポロリと出た言葉に今度は私が動揺する番だった。今日は失言ばかりだ。もうこうなったら、素直になるしかない。


「あげるチョコレート無いなんて、嘘です」


丸いチョコレートをエリザベスに、もう一つを桂さんに向かって突き出す。


「おい、何故俺のとエリザベスのとで形が違うのだ」


受け取る桂さんはなんだか満足げだ。一気に顔が熱くなる。


「み、見れば分かるでしょ!私、ドラマの再放送見なきゃいけないから帰ります!」


きびすを返して走り出す。伝えたかった事は言葉に出来なかった。でも、私にしてはがんばった方じゃないか。誰でも良いから、良くやったと褒めて欲しい。


「なかなか美味いぞー!」


背後から追いかけてくる声にこっそり振り向けば、早速チョコレートを口にしている桂さんが手を振っていた。エリザベスの手にする札には「ご馳走様」と書いてある。


「ホワイトデーを楽しみにしておけー!」


走り去る私に付け足すように、そんな事を桂さんが言うものだから、一ヶ月後の3月14日をソワソワと指折り待つ日々が続くことになった。


(100310)

back




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -