その日、カウンターで店番をしていた私の目の前に現れたのは、目が痛い程に真っ赤な服に身を包んだ男だった。


「……何してるんですか、桂さん」
「桂さんじゃない。ヅランタさんだ」


全く何を言うかと思ったら、またくだらないことを。白くもっさりした髭が顔の下半分を覆っているが、桂さんでしかない。それなのに目の前の男は大真面目な顔である。


「何なんですか、そのヅランタさんって」


隠さずに思いっきり嫌な顔をしたが彼は全く動じない。白昼の大通りに立つその様は周りから浮きに浮いている。遠巻きにじろじろ見られて恥ずかしいのは私なのだ。


「む。ヅランタさんを知らぬのか」


まるで知らない私がおかしいかのように桂さん、ならぬヅランタさんは顔をしかめてみせた。町行く人に聞いてみて欲しい。絶対みんな知らないですよ。


「ヅランタさんは寒くなると白い妖精に乗ってやってくる、謎に包まれた神秘のお兄さんだ。小さい頃絵本とかで聞いたことあるだろう?」


いいえ。ありません。

口には出さない代わりに溜め息を吐く。もう突っ込んだって聞いてもらえないだろうし、面倒だ。何か言いたくて来たのだろうから黙って聞いておけば満足して帰るはず。


「それで、ヅランタさんは何かご用ですか?お茶をしに来た訳じゃないでしょ」


彼は勿体ぶったようにひとつ咳払いをした。


「実はな、おぬしにヅランタさんからクリスマスのプレゼントがある」


そう言うと彼は足元に置いていた無駄に大きな袋にもぞもぞと手を突っ込み、小さな紙切れを取り出した。ぺしゃりと袋が萎んでいるところを見ると、中身なんか他に無い。


「ほら、これだ」


目の前に差し出されたのは大江戸遊園地の1日フリーパス、が1枚だけ。


「え、ペアチケットじゃないんですか?」
「文句を言うな」


ケチなヅランタである。しかもチケットの表記を良く見れば12月24日の期日指定だ。クリスマスイブに1人で遊園地に行く人が居たら見てみたい。


「どうせ一緒に行く相手もおらんのだろう」


むっと突き出した私の唇を見て、ヅランタさんはやれやれ図星か、と首を振った。よけいなお世話です。


「そんな事だろうと思って、優しいヅランタさんはサプライズを用意している」


サプライズ?予想がつかずに首を傾げる。


「24日の朝10時に遊園地のエントランスに行ってみろ。素敵な男子がおぬし待っていようぞ」
「そんなアバウトな情報だけじゃ、待ち合わせできませんよ」
「そうだな。強いて言うなら…文武両道でナウい感じのイケメンだ。まあとにかく行けば分かる」


よく分からないけど、とりあえずチケットを受け取る。悔しいことにイブに予定が無いのは事実だ。けれど、これをくれたヅランタさん、というか桂さんには予定があるのだろうか。ふと過ぎった考えが、ちくりとした。それが何なのか深く考えないように慌てて言葉を探した。


「えっと、とにかくチケットありがとうございます。そのイケメンに宜しくお伝えください」
「イケメンじゃない、桂だ」


あ。しまった、と桂さんはすかさず口を押さえた。最初はそれがどういう意味かわからなくて、次第に理解する脳が動悸を早めていく。その場を誤魔化すようなフォッフォッフォ、というわざとらしい笑い声が白い髭の奥から聞こえる。どうしよう桂さん。不覚にも嬉しいです。


「ま、まあアレだ。良い子にしていないと駄目だぞ。ヅランタさんは良い子にしかプレゼントをあげないと相場が決まっているからな」


なんだか慌てた様子で道の反対に向かって手招きをしたかと思うと、路地裏から台車を引いたエリザベスがやってきた。頭には枝分かれした茶色い角が2本付いている。


「それではお嬢さん、メリークリスマス!」


彼が台車に乗り込んだのを確認すると、エリザベスは結構なスピードで走り出し、ヅランタさんは風のように去っていった。残されたのは、私と1枚のチケット。

騒がしかったけど、どうかしたのかい?と奥から顔を出した親父さんに、24日はお休みをいただいて良いですかと尋ねたら、にこやかに良いよ、と言ってもらえた。


(091202)

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