赤、黄色、青、ピンク、緑。それ以上に、もっと沢山色とりどり。浴衣や出店、巡らされた提燈に彩られる夜は今の時期だけに許されている特別な世界。甘い香りに香ばしい匂いが鼻をくすぐり、人々の賑やかしい声が鼓膜を震わせる。五感をもって味わわなければ勿体無い。普段は不快でしかない張り付くような夏の熱気すら、気持ちを高揚させる要素の一つに変わる。
「おい、あんまはしゃぎ過ぎんじゃねェぞ」
「はーい副長!」
「みょうじ、どこ行く?」
「やっぱり綿菓子と林檎あめは外せないね。あとオムそば」
「食べ物ばっかじゃん」
「腹が減っては戦は出来ないんだよ。腹ごしらえしたらヨーヨー釣りと金魚すくいと射的に挑むのだ!」
土方さんの警告にも隊士たちは能天気な返事を返し、いかに祭りを制するかについて作戦を立てている。私とザキも例には漏れちゃいない。早く行かせてくれと溢れる笑みを堪え切れない浮足立った今の私たちには、何を言っても無駄だろう。
「がーはっは!まあまあトシ、今日は無礼講だ!お前ら存分に楽しんで来い!」
近藤さんの言葉を皮切りに、待ってましたとばかりにみんながみんな、それぞれ思うがままの方向へ駆け出していく。私とザキは様々な誘惑の中からまずは綿菓子を手に入れようと、店先に大小のビニルの袋がぶら下がる出店へと狙いを定めた。
「おじさーん、綿菓子のおっきいやつひとつちょーだい!」
「俺も同じのひとつ」
「ザキ出しといてよ」
「えっやだよ」
「だって両手ふさがったからお金出せない」
受け取った袋を抱えた片手と、中の綿菓子を掴んだ手を見せると、ザキは大きく溜め息を吐いて「後で返してよ」と言いながら二人分の代金と引き換えに自分の綿菓子を受け取った。
「さて次は…あ、かき氷発見!ザキ、行こう!」
「ちょ、みょうじ、あんま走ると――」
彼の予想は的中して、すれ違う人にぶつかりそうになった。衝突を避けようと慌てて体を翻したら、隊服ばかりで着慣れない浴衣のせいかちょっとバランスを崩した。
「うお、と、と…っ」
二、三歩よろけた後、背中が何かに当たった。
「…言わんこっちゃねェ」
「わ、副長!」
もたれ掛ったまま見上げる私の肩に置かれた土方さんの手が、ぐいっと私を垂直に戻す。ありがとうございますと礼を言うと、返事をしない土方さんは私の肩に手を置いたまま、その目は私に注がれている。
「よし、マヨもソースも付いてねェな」
見れば彼のもう片方の手には、マヨネーズがふんだんにかけられたたこ焼きが乗っていた。手首には戦利品と思われるスーパーボールがいっぱい詰まった水袋が提げられている。なんだかんだ土方さんもこのお祭りを楽しんでいるらしい。
「ったく気を付けろよな、せっかくオメー浴衣着てんだろ」
「へへ、すみません。盛り上がっちゃって」
遅れてやって来たザキを見つけて、お目当てのかき氷を買いに動くと、土方さんも付いてきた。
「やっぱりお祭りって良いですね」
「たまにゃあな」
いつもは警備でかり出される側で、こうやってお客としてお祭りに来るのは久しぶりだった。わくわく、ソワソワ。楽しくてしょうがなくて心が弾む。けど多分、ドキドキしているのはお祭りのせいだけじゃなくて、隣にいるこの人のせいもあるんだろうな、とちらりと左側を盗み見る。土方さんと一緒に回れるなんて、ドキドキしない方がおかしい。それに今日の土方さんは浴衣を着ている。いつもとちょっと違って、なんだか色っぽいのだ。人ごみが縮める二人の距離が少し、くすぐったい。
「みょうじ、あそこに射的あるよ」
「おーっし、土方さん行きましょう!」
土方さんの背中を押しながら、射的屋さんへと向かう。土方さんはやらないのかと尋ねると、俺は見学してる、と言われた。ザキと私は店の人にお金を払い、それぞれの獲物に向けて銃を構える。私が狙うは一番上の段にある大きなクマのぬいぐるみ。
「むむ…っ、なかなか手強いなあ」
大きいからか、なかなか倒れてくれない。五発あった弾を全部使い切っても、クマは可愛い顔をして最上段に鎮座したままだった。
「残念だったね」
「ね〜惜しかったんだけど」
店のおじさんが残念賞と言ってくれたお面を受け取り頭に付ける私の横で、地味に獲得した小さいお菓子とかおもちゃをザキは抱えている。
「なんでィみょうじ、何も取れなかったのか」
「あ、沖田さん」
ふらりと現れた沖田さんが私を見て口の端を釣り上げた。悔しいが言い返せない。
「俺なら全部取れるぜィ」
そう言って彼が構えるのは愛用のバズーカー。
「いやいやいやいやいや、それ反則だからね!景品全部吹っ飛んじゃうからね!」
そんなことされたら商売あがったりだと焦る店のおじさんと一緒になって私とザキは沖田さんを止めにかかる。しかし私たちの言うことなどどこ吹く風といった感じに、沖田さんの指は引き金に掛けられた。
「オイ総悟、てめェいい加減にしろ」
土方さんの手が沖田さんの浴衣の襟首を掴んだ。
「あららー邪魔すんですかィ土方さん。いっぺん死ね」
「お前が死ね」
沖田さんを掴んで離さない土方さんが首だけをこちらに向ける。
「俺ァちょっとコイツ連れて他の隊士の様子見てくる」
「ええ〜俺もですかィ?土方さん一人で行ってくだせェよ。むしろ地獄に行ってくだせェ」
「うるせェ。行くぞ」
ずるずると沖田さんを引きずって、土方さんの姿は人ごみに消えていった。せっかく一緒に回っていたのに。しょげる気持ちが出ていたのだろうか。ぽん、と私の肩を軽く叩いて「林檎あめおごってあげるよ」とザキは私を連れ出す。そうだね、と気を取り直してお祭りの騒音に紛れ込んだ。
「そろそろ全部回ったかなあ?」
「だね。帰る?」
「そうしようか」
夜も更けて、溢れるほどだった人も徐々に少なくなっていく。お祭りはお開きの時間に差し掛かっていた。結局あれから土方さんには会わなかった。他の隊士と一緒にいたんだろう。大きなお祭りだったから、中々めぐり合うことが無くてもしょうがないし、お祭りは十分なほどに楽しんだから良いとしよう。そう思いつつも、やっぱりどこかさみしいと思う自分がいることに気付いていた。
「お、ザキとなまえじゃないか」
呼び声に振り向けば、近藤さんと沖田さんを始めとする数人の隊士たち。そして、土方さんがそこにいた。自由解散といいながら、結局帰る時間は同じだったようで、みんなで仲良く屯所へ戻ることになった。こんな景品を取っただの、どこの店が美味かっただの、それぞれの話に花を咲かせて歩いていると「みょうじ」と名前を呼ばれた。
「何ですか、土方さん」
「これやるよ」
輪から外れて、少し後ろを歩いていた土方さんに並ぶと、ずいっと目の前に大きな茶色い塊が差し出された。愛嬌のある顔に、もふもふした丸い体。首にはリボンが巻いてある。
「クマだ!」
私が落とせなかった、王のように君臨していたあのクマのぬいぐるみがそこにあった。思わず彼を見上げると、フイっと顔を逸らされた。
「…たまたまやった射撃で取れたんだが、アレだ。俺にはちと可愛過ぎる」
お祭りを一通り回った私は、このクマはあの出店にしか置いてなかったことを知っている。わざわざ戻ってくれたのかな。取れるまでがんばってくれたのかな。
「いるのか、いらねェのか」
顔を背けたままの土方さんを、次から次へとこみ上げてくる笑顔で見ていると、ちょっと怒ったようにして睨みつけられた。
「いるいる!いります!」
クマの大きな体をぎゅっと抱きしめるように受け取った。ふわふわしていて、気持ちが良い。
「ありがとうございます」
「余ったからやるんだ。礼はいらねェよ」
「すぐ取れました?」
「当り前だろうが。この俺を誰だと思ってやがる」
その鬼の副長様が撃ち落としたクマのぬいぐるみを持ってお祭りを歩いていたのかな、なんて想像したら可愛くて笑みが広がった。それを知ったら土方さんはきっと怒るだろうから、抱えたクマに顔を埋めて隠した。
「お、なまえ、それトシに貰ったのか?」
離れて歩いていた私たちに気付き、近づいてきた近藤さんに「はい!」と答える私はきっと幸せそうな顔をしている。
「トシ良いのか?それ何十回も失敗してやっと取ったクマだろう。俺はてっきりトシがクマさん好きなんだと――」
「ちょ、近藤さん!!!」
局長が放った一言に、土方さんの顔は見る見る赤くなる。私がその顔を目を丸くして見詰めているのに気付いたのか、「ほら、総悟が呼んでる」なんて言いながら土方さんは近藤さんを急かす様にして前方の隊士たちの方へ早足で行ってしまった。そんなにがんばってくれたとは。判明した予想を上回る事実に驚いて足を止めていると、前のグループの中から名前を呼ぶ土方さんの声。ちょっと怒った感じの、土方さんが照れ隠ししてる時の尖った声だ。
「早くしろ。置いてくぞ」
「――はいっ!」
まるで何事もなかったかのようにいつもの副長へと戻った彼の元へ走り寄る。落とさないようにと大事に抱きしめたぬいぐるみは、僅かに湿った夏草と綿菓子のような甘い匂いがした。
(100727)
CCさくらの夏祭りエピソードのパ……パロディということで。
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