「いらっしゃいませ〜」


全国に大規模なチェーン展開を行っているマクナダルドには、子供からお年寄りまでいろんなお客さんがやってくる。自動ドアが開いて、新たなお客さんと共に湿気の強い空気が冷房の利いた店内に入ってきた。


「お決まりでしたらご注文をどうぞ」


この人、こんな長い髪して暑くないのかな?なんてことをカウンター越しに思いながら、マニュアル通りに話しかける。


「すみません。スマイルひとつ下さい」
「え…あ、スマイルおひとつですね」


真顔で言われた一言に、返事がつっかえてしまった。スマイル0円って流行ったのずいぶん前だよね?古くない?と、とりあえず笑っとけ〜…。思わず固まった営業スマイルをなんとか解凍して笑顔を作った。にっこり。


「他にご注文は?」
「えっとじゃあ、スマイルをあとふたつ追加で。スマイルだけにニコ、なんてね!フハハ!」
「え?」
「いやだからスマイルふたつ。スマイルだけにニコ、なんてね!フハハ!」


いやいやいやいやいや、聞こえなかったんじゃないよ!?聞こえてたけど、耳を疑っちゃったんだよ!?というか、「スマイルだけにニコ」ってもう一回繰り返しちゃってるけどソレ全然面白くないからね!!しかし、お客様は神様ですなので間違ってもそんなことは言えない。


「えっと…お食事の方は…」
「食事の方はいらないんで、スマイルふたつ」
「しょ、少々お時間が掛りますがよろしいでしょうか〜…?」
「大丈夫です」


無理だ。いくら神様ですでも無理だ。時間が掛るスマイルってなんだよ、と自分につっこみながら、調理場の奥へと小走りに引っ込む。あの人も待ってるとか、どんだけスマイル欲しいんだ。


「て、店長〜…」
「なになに、どうしたのなまえちゃん」
「なんか変なお客さんが…」


お客さんにばれないようコソコソと告げながら、対応を代わってもらおうと店長の腕をカウンターまで引っ張っていく。


「あれれ〜、桂さんじゃん。いらっしゃい」
「おお、長谷川さん。今はマクナダルドで働いてるんですか〜」
「いや〜おかげさまで店長してるんだよ〜」


なにやら例の変なお客さんと世間話に花を咲かせ始めた店長の袖をひっぱり、再び裏へと連れて行くと彼の耳元に口を寄せた。


「店長の知り合いですか」
「まあね。で、桂さんがどうしたの」
「あの人、食事系の注文しないでスマイルばっかり頼んでくるんです…!」
「あははっ。いいじゃんスマイルのひとつやふたつくらい。減るもんじゃないし」
「そんなあ!」
「それに、マックはスマイル&ハッスルが基本方針だよ?」
「確かにそうかもしれないけど、さすがにちょっと…」
「ほら、接客しておいでよ。がんばれ〜なまえちゃん」
「ええ〜…」


優しい顔して店長の鬼!仕方なくカウンターへ戻ると、お客さんはやはり、まだ待っていた。


「お、お待たせしました〜…スマイルおふたつでよろしかったでしょうか」
「はい」


にこっ、にこっ。よし、これで良いだろう。さすがにこれ以上は頼むまい。


「あ、追加注文できますか?」
「はい、どちらにいたしますか?」
「スマイルのお持ち帰りで」
「て、店長〜!!!!!」
「あ、ちょ、待って!待ってくれ!」


くるりと回れ右をして奥へ逃げようとした私に、お客さんは慌てて声を掛けてきた。


「な…なんでしょうか…」


身を守るように身体を引きながらそう言うと、来店から変わらなかった彼の、真面目そうに締まった頬が少し赤くなったような気がした。


「いや…、前々より笑顔が可愛いなと思っていたのでな…その…気を悪くしたなら、すまなかった」


そんなの、反則だ。


「……スマイルは生モノなのでお持ち帰りは無理です」
「そうか…」


あんな時代遅れなことを言える、鉄のハートの持ち主だと思っていた彼は、人とは少しズレた所で繊細なようで、その長い髪をサラリと落として項垂れてしまった。


「ですが、」
「?」
「サービスでひとつ、追加させていただきますね」


とびきりの笑顔でそう言えば、彼はちょっと嬉しそうな顔をした。それまで変で気持ち悪かったはずのお客さんが少し微笑ましく見えてしまうのは、どうしてなんだろう。


(100713)

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