終焉の終わりを
ベビーピンクのカーテンが揺れる。光は隙間からそっと顔を見せていた。この部屋はフィオルンとメリアが泊まる部屋。ここはコロニー6だ。カルナはジュジュと暮らす家に帰る。シュルクとラインとダンバンは同室で寝泊まりをし、リキはこの街で仲良くなったノポンの家に厄介になるとのことだった。名を関するモンスターとの戦いで怪我をしたフィオルンだが、白いベッドで眠りについたままだった。骨が折れたりはしていなかったのは不幸中の幸いだろう。もう二、三日で歩き回れるようにはなるだろう、と昨日の夜カルナがシュルクたちに告げている。これまでのように戦うのにはもっと時間がかかるだろう。しばらくの間、モンスター退治といった依頼はフィオルン以外の誰かが何人かで受けることになる。フィオルンはそのことも酷く気にしていた。迷惑を掛けたくない、という気持ちが顔に刻まれていた。けれどもシュルクはただ微笑んだ。自分たちは仲間だ。支えあうことで真の力を出せるのだ、と。フィオルンは彼のそんなところも好きだった。

「ん……?」

フィオルンがゆっくりと瞼を開く。そこにあるエメラルドの瞳に仲間の姿が映し出されるも、まだ覚醒していない彼女はぼんやりとした目を彼らに寄越している。数秒が経過して、フィオルンは仲間たちが全員ここにいるという事に気付く。

「フィオルン、どう?」
「傷は傷まないか?」
「今日はなにか食べたいものある?」
「お肉が食べたいもー!」
「おい!おっさんには聞いてねーだろ!」

降りかかる言葉、言葉。まるで雨のようだ。フィオルンが戸惑っている。そんな中、唯一口を開いていなかったメリアが頭を抱え、シュルクに言う。「お前から話せ」と。

「あ…えっと、どう?身体は」
「まだちょっと痛むけど、平気。ごめんね、心配かけちゃって」

困ったように笑うフィオルン。

「あの時のバトルも……メリアとシュルクに任せっきりになっちゃって」
「気にするな。フィオルン。そなたも私も、勿論シュルクも生きている。こうやって、な」
「そうだよ。僕らは一緒に旅する仲間なんだから、もっと頼ってもいいんだよ」
「ふたりとも……ありがとう。怪我がよくなったら、ふたりの好きなもの、作ってあげる」

お詫びに、ねとフィオルンが言った。フィオルンは両親を早くに亡くして兄と共に生きてきた。そのため年の割には大人びており、料理もまた得意であった。シュルクとメリアは視線を絡ませ合ってからくすくすと小さい笑い声を立て、それに覆いかぶさるかのようにリキの声が響き渡る。

「リキにも!うまうまなもの、つくってもー!!」
「おいおい、おっさん!さっきまでノポンの誰かとなんか食べてたじゃねーか」
「ももっ!?ライン、見てたも!?」
「……はいはい、ふたりとも。うるさくしないの。フィオルン、水もしっかり飲むのよ」

カルナが手を額にあてつつ、ため息混じりの言葉を呟き、空になっているコップに水を注いでフィオルンへと手渡す。ダンバンはカーテンの隙間から向こうをチラリと見て、それから妹に目をやった。フィオルンはすこしだけ笑っていた。頬は薄紅色がさし、眼差しも真っ直ぐで、だいぶよくなってきたことが見て取れた。彼女は機械化される前からナイフなどを用いた戦い方で兄譲りの戦闘スキルを持っていた。機械化されたことでそれは増していた。二刀流で戦う彼女。あの英雄ダンバンの実の妹だというのにも納得できる。それほど強い少女なのだ。モンスターにやられてしまうとトラウマになって戦うことができなくなるケースもある。だがフィオルンの場合はそうではなかった。その悔しさや怒りを乗り越え、戦うことを選び、モナドで未来を垣間見る事のできる少年シュルクに同行しているのだ。

「あんまり騒いじゃうとあれだから、僕は戻るよ。ラインもリキも、いいよね」

シュルクはフィオルンに笑顔を渡してから扉を開ける。それにライン、リキが続く。次に七人顔を合わせるのは夕食の時だ。あと数時間。ダンバンは妹をキにかけている様子ではあったが、少しやらなくてはならないことがあるからとシュルクたちが去って五分後にその部屋から消えた。残されたのはハイエンターとホムスの混血児であり希望と呼ばれるメリア・エンシェントと、コロニー6の衛生兵である優しくも強い女性カルナ、そしてベッドの中でふたりの顔を見つめているフィオルンの三人。おそらくこの三人は、それぞれ違った時間を生きている。長命なハイエンターの血を流すメリア。機械化されたことでホムスの常識を受け入れるのは難しい状態のフィオルンと、普通のホムスであるカルナ。カルナはそこまで考えてから首を横に振った。いま、考えなくてもいい。すべてが終わってからそれに向き合った方がいい。それらにとらわれていたら、何かが揺らいでしまう危険性もだったからだ。

「フィオルン。ゆっくりと休んで」

カルナがそう言い、立ち上がる。メリアも続いた。今から眠ればちょうどいい時間に目覚めて食事が取れるだろう。ふたりはそう察したのだ。フィオルンはひとりになるのが心細かったけれど、仕方ないことだともわかっていたので大切な友ふたりが退出するのをじっと見つめていた。ばたん、と音をたててドアが閉まってしまえばそこには孤独しか残らない。静寂の中にフィオルンは横たわる。瞼を閉じた。


そしてまた――光のない世界へと来てしまう。二回目になるともう恐怖はなかったけれど、気分は良いものではなかった。そこは誰も居ない空間で、自分は闇の中で彷徨っているのか、立ち止まっているのかすらもわからない状態。道標を求めるかのように、今度は仲間たちの名を叫ぶ。シュルク、ライン、ダンバン、カルナ、リキ、メリア――。すると、先程ここへと落ちた時は戻ってこなかった返事が山彦のように響いてきたのだ。それは聞き慣れた大切な人たちの呼び声。フィオルン、と呼ばれる度に足場が固まっていく。この闇に終わりを告げるかのように、フィオルンは立ち、またもう一度叫ぶのだ。兄の名を、友の名を、友の名を。そして――


「シュルク!!」


少女の声が闇の中で反響した。降り注ぐ光のような色をしていて、春の風のように柔らかな髪の少年の名。未来を見据えるしっかりとしたふたつのブルーアイ。それほどがっちりとした体格ではないけれど、神の剣であるモナドを振るうその腕。巨神界を、機神界を駆けてきたその両足。優しい声。眼差し。すべてを少女は求める。何度でも何度でもその名を呼ぶ。黒の中に落ちた小さな白を、拾い上げてくれるのは彼しかいない。少女は勇気を振り絞って手を伸ばした。高く、高く。手が繋がったと気づいた時にはすでにフィオルンは現実世界でシュルクと微笑み合っていた。みんなが呼んでいるよ、と言う彼の手をもう一度だけ強く握りしめて、それから両の足で立ち上がる。ドアノブに手をかけて、それから階段を降りて、そうしたらまたいくつもの瞳が繋がり合って穏やかな時間が溢れだす。フィオルンはシュルクの隣りに座って、そっとテーブルの下で彼の手を取り、「ありがとう」と指で書いた。それを受け取った彼は花のように笑う。その笑みが広がって、繋がって、いつの間にかフィオルンも笑っていた。それもまた、一輪の花の如く。


title:夜途


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