君が隣にいた世界 |
メリアはコロニー6を歩いていた。フィオルンは深い眠りに落ち、ひとり残されたハイエンターの少女は木製の扉を開いて外へと出たのである。燦々と降り注ぐ光の中で、色鮮やかな花々が笑っている。この街も随分と復興が進んだ。機神兵に占領されていた日々の名残はあちらこちらに残ってはいるものの、人々の目には光が宿っている。共に旅をする仲間であるカルナはこの街の衛生兵だ。そんな彼女の実弟ジュジュがここの復興の指揮をとっている。メリアたちは時々ここへ来てはそれに手を貸していた。メリアは賑やかな街からそっと離れて緑の生い茂る場所まで向かった。空が青い。それは当たり前のことで、昔はその美しさにも慣れてしまっていたから今のように心が震えてはいなかった。青。果てない青。それが見下ろす世界を自分たちは旅している。雪深い山から、広大な海、どこまでも続く緑や鬱蒼とした森。それらの中を駆けまわっている。シュルクと出会ってメリアはたくさんのものを得た。失ったものもたくさんあるし、その中には絶対に失いたくなかった大切なものだってある。だがメリアは挫けなかった。シュルクたちがいたからである。マクナ原生林で出会ったシュルクたちを監獄島へと導き、顔つきとして動いていたフィオルンを取り戻し。無数の夜をこえて、いま自分は立っている。頭部に翼を持つメリアの喚ぶ炎が、雷が、氷が、モンスターや機神兵を倒し、経験を積んで今がある。隣にはフィオルンがいる。カルナがいる。シュルクがいる。ダンバンがいる。リキがいる。ラインがいる――そしてその足は世界を踏みしめる。通り抜けた風に想いを馳せて、少女は空を仰いだ。 「メリア?」 突然、自分の名を呼ばれて振り返る。毎日聞いている声だ。 「……ラインか」 「どうしたんだ?こんなところで」 「そういうお前こそ。モンスター退治をしていたのではなかったのか?」 「いや〜、俺達強くなっただろ?全部倒しちまった」 はは、と笑うラインにメリアは僅かな笑みを落とした。特徴的な赤毛が青に映える。 「ダンバンはカルナのとこ行くって言ってたし、シュルクはフィオルンだろ?たまには散歩でもすっかなーと思ってたらメリアを見つけてさ」 後ろ姿ですぐにわかるし、などというラインにメリアは少しだけ呆れたような目をした。当たり前だろう。メリアは混血とはいえハイエンター。その翼が風に揺れていればわかって当たり前である。ラインはゆっくりとメリアの隣へと移動した。メリアは動じなかった。隣に立たれると、彼の背の高さと自分の身長の差を改めて感じる。少し冷たい風。蝶々がひらひらと飛んでいる。 「そういえば、こうやってメリアといるのなんてあんまりないよな」 ラインが言った。 「それは……ふむ、確かにそうだな」 少女はふ、と笑う。そしてふたつの蒼い瞳をラインに向けてからすぐに動かし声帯を震わせる。 「……お前は私が苦手ではなかったのか?」 「へ?何でだよ?」 「そう言っていたぞ。初めて会った時にな」 「えー……そうだったか?」 悪びれずにそう言う彼に、メリアは苦笑いをする。こうやって絆が深まった今だからこうやって過去の話ができるのだろう。メリアもそれほど嫌そうな顔ではなかった。 「まぁ、堅苦しいヤツだとは思ったけどさ」 「悪かったな。生憎、私はずっとこうだ」 「いや、いいんだって。それがメリアだろ?」 本当は優しいし、戦いの場では頼れる存在だし――ラインはそう口にする。がっちりとした体格の青年と、華奢な少女。アンバランスなようでそうではない、不思議な感覚。メリアはラインの目を見て、それからまた青にそれを落とす。彼女が口にする礼の言葉を彼もまた素直に受け取る。 「そろそろ私は行くが、ラインはどうする?」 「もうちょっとここにいる。あ、ダンバンに会ったらこれ、渡しておいてくれよ」 そういってラインは何かを取り出し、メリアへと寄越す。どうやらコレクションアイテムのひとつのようだが、メリアにはそれが何なのかよくわからなかった。少女は「ああ」と言いそれをしまい、くるりと背を向ける。ざっと揺れた翼に、風が寄り添う。ホムスの青年は彼女が街へと溶け消えるまで見つめていた。自分たちの関係がこれだけのものになっていたことに感謝しながら。 → |