dust | ナノ




やっぱりみんなバカなんだ

※バイでビッチな主人公







久しぶりにnameに会いたくなった。
真っ青な空を見上げ、ポツリと思う。雲1つない空には、マメパトが2羽、連なって飛んでいる。観覧車の前のベンチで、1人で何をするわけでもなく環状の鉄塔を見上げていた。
彼女のマンションは、この街の片隅にある。場所は知ってる。行き方も知ってる。来ていいと、言われている。
しかし行こうと思ったことはなかった。終わってしまうことはわかっていた。だからいつも彼女がマンションから出てくるのを待った。
彼女のマンションからはよく見知らぬ人間が出てくる姿を見る。男、女、女、また女、次は男。その日に彼女と会うと、出て行った人間と同じ匂いがした。煙草、香水、シャンプー、石鹸。彼女自身の香りは、常に他人に塗り潰されている。
前に一度、香水を使わないのかと聞いたことがある。彼女は笑いながら、必要ないと答えた。そして誤魔化すように、手を繋ごうと冷えた指先を絡めてきた。その時も他人の匂いがした。慣れない香水の香りだ。鼻孔を刺激する、彼女に似つかわしくない強い香りだった。無意識に力が入る指先を、彼女は無言で握り返してくれた。彼女とは、ただの友人であると思っていた。

それから何度かこの街で、男や女と歩いている彼女を見かけた。最初男性と歩いている姿を見たときは、恋人がいるのかと思った。しかし彼女の隣を歩く人間は、当たり前のように見る度に変わる。恋人ではなく、友人なのかもしれない。その日の朝に見たのは、女性だった。
――ほんの気まぐれだった。
夕方には帰っているだろう。彼女に「たまには遊びにおいで」と、言われたことを思い出したのだ。
教えてもらった通りに道を進み、マンションの階段を上がる。扉の前に来てインターホンを押そうとした時だった。
何の前触れもなく先にドアが開き、中から見知らぬ女性が現れた。偶然目が合うと、頬を真っ赤にしていて、涙目だった。不自然にボタンが外れたブラウスの襟を必死に押さえている。訳が分からないまま、その人に突き飛ばされ、呆然と立ち尽くしていた。

「ふられちゃったの」
「!」

いつの間にか玄関に立っていた彼女が言った。泣き出しそうな顔で笑う姿に、戸惑うように視線を落とした。「お茶くらいだすから」という言葉に流されるように、中に入る。
ここで、帰ってしまえば良かったのだ。
彼女に促されるままに部屋に通され、ソファに腰を下ろす。飾り気のない、シンプルな部屋だった。紅茶やお菓子を並べる彼女は、いつもと何らかかわりない。差し出された紅茶を口に一口含め、ボクは好奇心から口を開いた。

「さっきの人、友達かい?」
「!」

彼女の肩が震えた。カップを掴もうとしていたその手は止まり、視線はボクに向けられる。薄い唇がゆっくりと答えた。

「好きな人」
「え……?」
「彼女のこと、好きだったの。中学のときから。でも、私、女でしょ。彼女、そういう気持ちはない子だったの」
「それは」
「今まではね、適当に私を好きな人に塗り潰してもらえれば良かったんだ。あの子は私を愛してはくれない」

ふらりと立ち上がった彼女が、ゆっくりとこちらに寄ってくる。伸ばされた指が肩に食い込んだ。

「愛されないのは、やっぱり虚しいよね」
「ま……っ」

待って、言うよりも先に唇が重なる。肩が強張る。話の理解も及ばぬうちに、口内に侵入してきた熱に、思考は一気に混乱へと突き落とされる。
ざらりとした舌が上顎をなぞる感覚に背筋がぞくりとした。あくまでも優しく口内を滑るそれに、少しずつ酸素を奪われていく。とっさに押し退けようと腕に力を入れた。しかし重ね合わせた手のひらと絡めた指に絆され、全身が弛緩する。漸く離された唇からだらしなく唾液が零れた。

「は……離し、て、name」
「N」
「やめ……やめて」

額や頬へと唇が這う。冷たい手のひらが服の裾から滑り込んできた。肋骨の感触を楽しむように指先が骨の輪郭をなぞる。耳朶を甘く噛まれ、息が詰まる。次第に麻痺していく理性に、頭がくらりと揺れた。

「ねえ、私のこと好き?」
「――ッ」

友達だと、思ってた。
思っていたのは、ボクだけだったのだろうか。
それとも、ボクの薄弱さが玩具へとシフトしただけだろうか。





久しぶりにnameに会いたくなった。
真っ青な空を見上げ、ポツリと思う。雲1つない空には、マメパトが2羽、連なって飛んでいる。観覧車の前のベンチで、1人で何をするわけでもなく環状の鉄塔を見上げていた。

あいに、いこうかな。

会いに行ったら喜んでくれるだろうか。そういうつもりで会いに行ったわけではないと、どうすれば伝わるだろう。
どうして、本当の意味で愛されたい人には、見向きもされないのだろう。

今日も、やっぱり彼女に会いに行けない。





20111026