dust | ナノ




みかん一房

「寒いね」

買い出しから戻ってきて、手に持った荷物を部屋の入り口に放り投げたら小走りでコタツに向かう。外気の冷たさに身震いしながら暖気に満ちた空間に半身を放り込んだ。じんわりと、かじかんだ指先が溶けていく感覚に思わずため息。方型のテーブルの向かいに座る彼の顔を見れば、私を見もせずに「うん」と味気ない返事一つが返ってきた。その手と視線は黙々と蜜柑の皮を剥いている。
傍らにいる彼のパートナーが早くしろと言わんばかりに騒いでいる様子を見る限り、それを食べるのはマツバではなさそうだ。

「蜜柑」
「うん。ほら、ゲンガー」
「……」

何気なしに、問いかけと言うわけでもなく声に出してみれば、彼は頷きながら剥き終わった蜜柑をゲンガーに渡した。嬉しそうに去っていくパートナーに彼は表情を緩ませる。この季節になるとよく見る光景だ。コタツに潜り込み、微笑ましい彼らの姿を眺める。見る側としてはコタツが一層温かく感じる瞬間。一番好きな時間だった。しかし当の蜜柑を剥く本人は手が冷たいだろうから、そこに置いてはちょっとした罪悪感も感じる。ぼんやりとそれを眺めながら思わず笑みをこぼした。

すると今度は入れ替わるようにゴーストがやって来る。その手には蜜柑が二つ握られていた。…自分とゴースの分だろうか。先ほどのゲンガーから推測するに、マツバに剥いてもらうに違いない。いくらコタツに当たっていても、外気に触れている手は冷たいだろうに。彼は蜜柑を見詰めて一瞬静止し、次いで苦笑しながらそれを受け取る。そして再び黙々と蜜柑を剥き始めた。先ほどより指が動かしづらそうなのは、たぶん気のせいじゃない。

本来ならここで、一つは私が剥いてあげる、と声をかけるのが親切なのだろう。でも残念ながら私自身先ほどまで寒空の下歩いていたのだ。コタツの中に入れてようやく暖まってきた手を、簡単に外気に晒せるほど広い心は持ち合わせていない。

一生懸命冷たさにかじかむ手で蜜柑を剥いている彼をぼんやりと眺めた。時折合う視線は、気のせいではないだろう。訴えるようなそれを、悪いと思いながらもそらして私はやり過ごした。そうしてようやく蜜柑も剥き終わり、彼のパートナーは嬉しそうに蜜柑を持って行く。
彼はというと、テーブルの上のボックスティッシュから数枚ティッシュを引き抜いてため息をついていた。冷えて真っ赤になった指は冷たいを通り越して痛そうだ。きっと麻痺してしまっているに違いない。手を拭いてやっとの思いで冷えた手のひらをコタツに入れる彼に、僅かに申し訳ない気分になった。

そしてご苦労様と声をかければ、彼は少しだけ眉を寄せる。


「手伝ってくれても良かったじゃないか」
「あー…うん。何か見てて面白くて」
「……」
「冗談。私手が冷たくて動かなかったし」
「……僕ももう動かなかったけど。」
「あはは、だよね。」
「……」


じとりと睨まれ苦笑を零した。「なら私がマツバの分の蜜柑を剥いてあげるよ」とテーブルに転がってるそれを手に取れば、彼は再びため息。だらしなくテーブルに顎を乗せて体を伏せた。機嫌を損ねてしまったかな。しかしせっかくだからと皮を剥き始める。そして丁寧に筋を取って彼の前に出した。…ついでに一房だけもらって私も食べた。


「………」
「…?食べないの?」
「手が冷たい」
「剥いてあげたでしょ」
「……」
「?」


テーブルに伏せたままの彼は、じっと蜜柑を見詰めて次いで私を見る。もしかして食べたくなかったのかな?その様子に首を傾げれば、不意に彼が口を開ける。え、なに。一瞬意味が分からなかった。しかし口を開けたまま視線を蜜柑に向けた彼に納得がいく。


「……はい」
「うん」


一房、開いた口に運べば彼は素直に咀嚼した。まったく、一体幾つなんだ。苦笑を零せば彼は再び手が冷えるからと一言。そして蜜柑が口に運ばれるのを待っている。
仕方ないから一房ずつ口に運んでやれば、全部食べ終わるころには彼の機嫌は戻ったようだ。
でも今度は私の手が冷えた。それを言えば、「じゃあ僕が君の分の蜜柑を剥いてあげるよ」と笑顔が返ってきた。










20100111