夢の跡


空は突き抜けて青かった。
雲一つない、真っ青な空。
私はその下で、洗濯物を干していた。
空と同じ青、そんな気分だった。
まだ迷いの森の中にはいるものの、シエル様の言葉に随分救われたのだ。
私は大切に思ってもらえている、それが自信のようなものになって、私の胸を張らせた。
真っ白なシーツに反射した太陽が、目に痛い。
それでも、その痛みさえ清々しいものに感じる。
こんなに晴れやかな気分でいられる喜びに、私の口元は自然と緩む。

「アリスさん、よろしいですか?」

声を掛けたのは、セバスチャンさんだった。

「はい。何でしょう?」

「本日は、夕方よりお客様がいらっしゃいます。晩餐の手伝いをお願いしたいのですが。」

「かしこまりました。」

私は洗濯籠を抱えて、屋敷に戻った。
日が入らず薄暗い廊下も、今の私には明るく見える。
洗濯籠を洗濯室に置いてしまうと、私はセバスチャンさんの待つキッチンに向かった。

「今日はとても顔色が良いですね。」

料理の手伝いをしていると、セバスチャンさんがそう言った。
先日泣いたことや、弱音を吐いたこともあって、気にしてくれていたのだろう。

「はい、今日は随分と調子が良いです。」

そう答えた私に、セバスチャンさんは笑顔を返してくれた。

「迷いのない、澄んだ眼をしていらっしゃる。」

「悪魔なのに、ですか?」

「悪魔らしく、ですよ。」

セバスチャンさんは穏やかに微笑む。
その微笑みの温かさに、私も自然と口角が上がる。

「それはきっと、お二人のおかげです。」

手元のナイフをじゃがいもに滑らせながら、私は呟いた。

「セバスチャンさんも、シエル様も、とても優しくしてくださるから、だから。」

凹凸をなぞりながら、丁寧に皮を剥いていく。
そういえば、先日も、じゃがいもの皮を剥いていた。
そして弱音を吐いて、泣いたのだ。

「私にはまだ、狡猾さも何も分からないのですが、それでも……。」

手を止めて、セバスチャンさんを見る。
それを察してか、セバスチャンさんも私を見た。
絡んだ視線は、特別に穏やかだった。

「これから、きちんと知っていきたいと思います。お二人の事がちゃんと分かるように。」

強い意志を持って、私はそう言った。
セバスチャンさんは一瞬目を見開いた後、微笑んで、ゆっくりと頷いてくれた。

「できれば私一人でアリスさんの心を晴らしたかったのですが、今回は坊ちゃんの力が大きかったようですね。残念です。」

セバスチャンさんはそう言って、また微笑んだ。
何故残念がっているのか、私には分からなかったけれど、それは私が学ぶべきことなのだろう。

「セバスチャンさんに話を聞いて頂けたのは、とても有り難かったです。」

「フォローしなくても大丈夫ですよ。」

セバスチャンさんがそう言って笑った。
フォローのつもりではなかったのだけれど、そう捉えられてしまったのだろう。
言葉で意思を伝えるのは難しいと、今更思った。

「フォローじゃありません、ちゃんと、本心ですから。」

「アリスさんは、真面目ですね。本当に、悪魔だということを忘れてしまいそうです。」

褒め言葉なのだろうけれど、少し気に入らなくて、唇を尖らせた。
その表情を笑われて、私も笑った。
とても穏やかな時間だった。
随分と晴れた心に、穏やかな時間。
柔らかな幸せが、キッチンに溢れていた。


FRAGILE



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