心の薬


涙は心の薬とはよく言ったものだ。
あの時泣いてから、私の心は少し晴れていた。
全ての雲が晴れた訳ではないけれど、それでも垣間見える青空は清々しいものだ。
私の心と共鳴するように、天気は重なった雲の間に青空が見えていた。

仕事の合間に、気に入りの温室へ行こうと考えた。
花を見れば、また少し気分が違うのかもしれない。
日が強くなくても、温室の扉を開ければ、暖かい空気が漏れ出す。
白薔薇は、今日も美しく咲いていた。
温室に満ちる薔薇の香りに、小さな目眩を感じる。
暖められた空気のせいだろう、強く香るのだ。
白い薔薇は、シエル様の好きな花。
張りのある肉厚の花弁が、私を見て、と言っているようだった。

「アリス。」

温室の扉が開く音と同時に、名前を呼ばれた。
振り向くと、シエル様が立っている。

「どうなさったんですか?」

「それはこっちの台詞だ。」

シエル様はこちらへ向かってくる。
その一歩一歩から滲み出る、自信と威厳は、彼の少年らしさを隠すようだった。

「……弱っていると、聞いた。」

セバスチャンさんだ。
何故、シエル様に伝えたのだろう。

「ご心配をおかけしてしまって申し訳ありません。もう、大丈夫ですから。」

シエル様の目は、真っ直ぐに私を見ている。
心の内を覗くように、真っ直ぐに、真っ直ぐに。

「何が大丈夫、だ。」

シエル様の手が、私の頬に伸びた。
少し小さい手の温もりが、優しかった。

「目が少し腫れている。泣いたのか。」

「ほんの少し、です。」

笑ってみせるけれど、それが弱々しい事は自分でも分かっていた。
余計に心配させてしまうな、と思って、気付く。
私はただの駒なのだから、心配なんてされなくて当然なのに。
心配をしてくれる程の存在に、私はシエル様の中でそこまで大きくなれているのだろうか。
それはとても嬉しくて、有り難くて、光栄な事だ。

「泣くな、というのもおかしな話だが……泣いてくれるな。」

シエル様の目線が柔らかく、私を見ている。
優しい、優しい、温もりに溢れた視線。

「アリスが泣くのは、僕は好きじゃない。」

温かく優しい言葉だった。
白薔薇の君は、一切の棘もなく、私にそう語りかけた。

「……ありがとうございます。」

心から、嬉しかった。
気遣ってくださる事が、とてもとても嬉しかった。
そこまでの存在になれた事も嬉しくて、違う涙が溢れてきた。

「おい、」

「申し訳ございません。嬉しくて。」

そう言って笑うと、シエル様は私の頬を伝う涙を拭ってくれた。
体温が優しくて、嬉しい。
何もかもが嬉しかった。

「シエル様、ありがとうございます。」

何度も何度も、私は礼を言った。
もういい、と何度も言われたけれど、何度言っても足りなかったのだ。
この主人の優しさが、私の体に満ちていくようだった。
白い薔薇の香りが、私の背中を押していた。


FRAGILE



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