トゥインクル


俯いた視界に、私の影があった。
太陽は冬の準備を始めていて、昼までに射す日の深さが目を射貫いた。
綺麗に晴れた青の下、白いリネンを干す。
直線で描かれた雲が、その重さに落ちてきたようだった。
洗濯をして、掃除をして。
物を綺麗にする作業をひたすら行うなんて、何だか悪魔らしくないなと思った。
貶めて、穢して、奪い取る。
悪魔としての本能はそこにある。
それでも、私は今の生活が愛しくてたまらなかった。
日々何か新しい物に触れるような感覚が、私の神経を研ぎ澄ませる。
主の生きる一瞬一瞬に、目の眩むような眩しさを覚えていた。

「本日のおやつをお持ち致しました。」

掃除を終えた頃、セバスチャンさんに頼まれたのは、おやつの給仕だった。
彼は、今晩の来客のための準備に忙しいのだと言っていた。
私は頷いて、渡されたワゴンをシエル様の書斎まで運んだ。

「今日はトライフルか。」

「はい。林檎の。」

机の上に置いた皿に、シエル様の視線は釘付けだった。
私はワゴンの砂時計が落ちきっているのを確認すると、ティーカップへと紅茶を注ぐ。
ダージリンのセカンドフラッシュ独特の、マスカットのような香りが部屋に広がった。

シエル様は、さっそくシルバーを取ってトライフルに差し込む。
口に運ぶ仕草は、ぶっきらぼうなのに上品だ。
私は、デザートを食べる時の、シエル様の表情が微かに綻ぶ瞬間が好きだった。
背中に背負った大きなものを、忘れたようなその瞬間が。
思わず、私の表情も綻んでしまう。

「何がおかしい?」

シエル様に問われて、慌てて頬を引き締めた。

「何もおかしくありません。ただ、おいしそうに召し上がるな、と。そう思っていただけです。」

ふん、と小さく鼻を鳴らして、シエル様はトライフルを口に運ぶ。
穏やかな、本当に穏やかな午後だった。
窓から差し込むやわらかな西日に、シエル様の髪の毛が淡い暖色に染まる。
日を受けて舞う埃が緩やかに落ちて、この場所だけ、余所よりも時間がゆっくり流れているのだと錯覚する。
きらきら、きらきら、埃は日を反射する。
この国の闇を背負う小さな背中を、日差しはやわらかく抱き締めているようだった。
その景色はとても神聖なようで、私の呼吸は浅くなる。

「どうした?」

こちらを見上げる青は、リネンを干した時と同じ、空の青。

「いえ、何でもありません。」

浅い呼吸は、まだ続く。
まるで浄化されてしまうような、そんな緊張を感じている。

「何でもなくないだろう、呼吸が浅い、顔が赤い。」

顔が赤いのはきっと、呼吸が浅いからだ。
肺に上手く酸素を取り込めず、必死で息をする。

「大丈夫か?」

シエル様は椅子から立ち上がると、私の頬に右手を添えた。
掌から伝わる熱で、溶けてしまうように思えた。

「はい、大丈夫、です。」

言葉も途切れ途切れになってしまう。
必死になって、深呼吸をするよう努める。
吸って、吐いて、吸って、吐いて。
肺の隅まで酸素を吸って、吐き出す。

「アリス?」

「はい。」

「何をしているんだ。」

その表情が、小さく綻んだ。
面白がるその笑顔に、私も微笑んで返す。

「何だか、シエル様がおやつを食べるその光景が、神聖なもののように思えて、私、消えてしまうかと思いました。」

「何だ、それは。」

シエル様がふふ、と息を漏らすように笑った。

「僕が、この僕が神聖な訳ないだろう。」

そう言って、シエル様は私の手を引いた。
その合図に従って、私は少しだけ屈む。

「そうだろう、悪魔?」

シエル様はそう笑って、私の唇に噛みついた。
肯定するように、空いている手でシエル様の肩に触れる。
甘い舌が、私の中へ潜り込んで、私の舌を攫おうとする。
そうしてしばらく絡み合って、唇が解放された。
思わず、大きく肩で息をしてしまう。
ゼエゼエと、先程よりも浅い呼吸が続いてしまう。

「アリスは、息をするのが下手だな。」

そう言って、何もなかったように、シエル様は席についた。
そしてまた、トライフルを口に運ぶ。

「魚みたいだ。」

シエル様は、そう呟いた。
そして、また、私はその光景に圧倒される。
シエル様がおやつを食べ終え、食器を下げるまで、私は溺れた魚のようだった。
下げた食器を運ぶ最中にも、肩で息をするように。
神に見放されて、見放した少年に、安息の日が来るようにと、そう願わずにはいられなかった。
そのためにも、私は働かなくてはいけない。
頭の頂から爪の先まで、私は彼のものなのだから。
悪魔が、彼に加護をもたらそう。


FRAGILE



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