ラブラボ


突き抜けるような青空と乾いた風。
また冬が来る。
何百と過ごした冬であり、初めての冬が。

「今日は早く乾きそうですね。」

「はいですだ。」

メイリンさんと一緒に洗濯をし、洗い終えたものを干していた。
洗濯はなるべく一緒に行うようにしている。
大抵、メイリンさんが洗剤の分量を間違えてしまうからだ。
二人で作業を行えば、間違いも起こらず、早く済む。

作業中は、お喋りにも花が咲く。
女性ならではなのだろうか。
私は話を聞く係で、メイリンさんが話す話を、うんうんと相槌を打ちながら聞いている。
それは、日々の細々とした話から、セバスチャンさんの話まで。
主にセバスチャンさんの話は、彼が如何に素敵かを教え込まれるように、何度も同じ話を聞かせられていた。
彼女が言うように、彼は完璧な執事で、見た目も良い。
なるほど、それは人間にとって恋愛感情を抱くには容易い要素が沢山詰まっている。
私はぼんやりそんなことを思いながら、もう何十回と聞いた彼の素敵なエピソードに相槌を打っていた。
私にはよく分からないけれど。
同じ悪魔で、同じ主と契約し、仕えている。
そう、それだけ。
私自身が恋愛感情など持った事がないから、こうして相槌を打つしかできないのだろうか。
これまでは誰かを誘惑して、その魂を喰らう事しかしてこなかった。
恋愛感情というものを抱けば、彼女の話にも違う反応を示す事ができるのだろうか。

思えば、何かに強く感情を突き動かされた事なんて稀だった。
それこそ、思い出せるのは、シエル様と契約を結びたい、そう思った時くらいだろうか。
自身の経験の浅さに溜息が出る。

「アリスさん。丁度いいところに。」

洗濯物を干し終えて、掃除をしようかと屋敷内に戻ったところで、噂のセバスチャンさんに声を掛けられた。
完璧で、素敵な、執事。

「アフタヌーンティの支度を手伝って頂けますか?」

「はい。」

セバスチャンさんの後に続いて、キッチンへ向かう。
キッチンは朝方に一度吹き飛んでいて、再建されたばかりのキッチンは、今日も美しい。

「では、アリスさんにはこちらをお願いします。」

乾燥バニラを手渡されて、私はナイフを手に取った。
バニラの実を開き、中の種子をこそぎ取る。

「――セバスチャンさんは。」

それは好奇心でもなくて、ただ、何となく、聞いてみようかと思っただけだった。
どんな答えを期待していた訳でもない。
普通の世間話と同じだ。

「恋愛感情を抱いた事がありますか?」

私の問いに、セバスチャンさんは声を出して笑った。
そんな風に感情を表に出す姿を見たことのない私は、驚いてナイフを取り落とす。
ナイフが床に転がる音が、笑い声に消えた。

「いきなり何ですか、そんな。」

「す、すみません。」

落としたナイフを拾いながら、謝罪の言葉を口にする。
ナイフを洗わなければ。
シンクへ向かうと、必然的にセバスチャンさんの隣に立つ事になる。
その表情が気になって、左手に目線を遣ると、セバスチャンさんはいつも通りの笑みを浮かべていた。

「アリスさんはあるんですか?恋愛感情というものを抱いた事が。」

そう問われて、私は首を横に振る。

「ないので、聞いてみようと思ったんです。」

「そうですか。」

ナイフはとっくに洗い終えていた。
しかし、セバスチャンさんの右手が私の左手首を掴んでいて、動くことができなかった。

「それ、がどういう物かは、ご存知ですか?」

「それもよく分かっていません。ずっと昔、捕食の為に人間を誘惑した事はありますが、抱かせたそれについては、よく分かっていないんです。」

「なるほど。」

掴まれた手首が、セバスチャンさんの方へ引き寄せられる。
そして、手の甲に口付けされる。

「独占欲、妬みに嫉み、性欲、そういったものをごちゃ混ぜにして、美しくパッケージしたものが、恋愛感情だと、私は思っていますよ。」

セバスチャンさんは、そう言って私を見た。

「喉から手が出る程に欲しがって、欲しがって、そうして捕まえたら、誰にも触れさせたくなくなる。」

セバスチャンさんの顔が、徐々にこちらへ近付いてくる。

「親愛の情だなんて、そんな生やさしいものは欠片もなくなってしまう。」

そして、唇が重なった。

「それが、恋愛感情だと思います。」

「いずれ、それがただの情に変わってしまうとしても?」

「ええ。」

セバスチャンさんは目の前で微笑んだ。

「そこまでご存知なら、セバスチャンさんは抱いた事があるのですね。それを。」

「――ええ。」

驚いた。
セバスチャンさんが、それを抱いた事があるだなんて。
彼はいつでも悪魔としてそこに立っているものだから。
ただ翻弄するだけの存在としてそこに在るのだと思っていた。
完璧な彼が恋愛感情を抱いた人物とは、一体どんな人物なのだろう。
ヒトなのだろうか、悪魔なのだろうか。
想像はどんどん膨らんでいく。

「まさかそんな事を聞かれるとは思っていませんでした。」

私の左手が、解放された。

「突然すみませんでした。」

「いいえ。」

私はナイフの水気をナプキンで拭うと、再び調理台へ向かう。
ふと浮かんだ疑問を、私は口にする。

「セバスチャンさんのその恋愛は、成就したんですか?」

「――さて、それは内緒です。」

セバスチャンさんは振り返らずに、そう答えた。

「そうですか。」

追求したところで、教えてはくれないだろう。
私は食い下がる事をせずに、再びバニラの実に向き直る。
教えて貰った、恋愛感情というものについて考えてみた。
独占欲も、妬みも嫉みも、性欲も、そういった感情が熱を持って己を突き動かしたことも、何も無かった。
それらを美しくパッケージしたところで、何が楽しいのだろうか?
私にはまだ、その先を考えるだけの経験がなかった。
いつか私も抱く事があるのだろうか?
恋愛感情を抱いた自分を想像する事ができなくて、自嘲気味に笑った。


FRAGILE



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