bezel


新しく買いそろえられたティーセットを磨いていた。
白磁に描かれた青い花、金の蔓。
滑らかで美しいそれを、更に美しくするべく、丁寧に磨く。
布越しでも分かる、滑らかな感触に、思わずうっとりとしてしまう。

「アリスさん。」

黒い燕尾服が、私を呼んだ。

「今日のアフタヌーンティの給仕をお願いしていいですか?」

「え、あ、はい。」

珍しい仕事だ。

「今日は夜に来客がありますから、私はそちらの準備を。」

顔に出ていたようだ。
思えば、朝からセバスチャンさんは慌ただしく動き回っていた。
なるほどそういう理由だったとは。

ワゴンにティーセットとおやつを積むと、私はキッチンを出た。
歩く度に、ティーポットから漂う紅茶の良い香りが鼻を擽る。

書斎の扉をノックすると、やる気のない返事が聞こえた。
きっともう疲れ切っているのだろう。
扉を開けてみれば、思った通り、机に頬杖をついたシエル様がいた。
書類もペンもすっかり放りだして、ぼんやりと目線を彷徨わせている。
ワゴンを進める私にようやく気付いて、顔を上げた。

「セバスチャンは?」

「来客の準備に忙しいようですので、本日の給仕は私が。」

「そうか。」

シエル様は散らばった書類を片付けて、机にスペースを作った。
私はそこにおやつとシルバー、そしてティーセットを並べた。
注がれた紅茶は、更に香りを強くする。
シエル様はぶっきらぼうにシルバーを掴むと、おやつのガトーショコラへ突き刺した。
一口大に切り取ったそれを口に運ぶと、ほんの少しだけれど、口元が綻んだ。

「シエル様は、本当に甘い物を美味しそうに食べられますよね。」

つい口が滑った。
すぐ目の前で、いつもの表情をするものだから。

「悪いか?」

「いいえ。むしろ素敵だな、と思いますよ。」

表情の少ない主の、たまに見せるその幸せそうな表情に、私は安堵を覚える。
まだ幼いながらにして、大きな荷物を沢山背負っている主の事だから。
気負いのない、少しでも気の緩んだその表情は、貴重で大切なものだと思うのだ。

「セバスチャンのスイーツ……。」

「はい?」

シエル様が小さく呟いたのを、私は聞き逃した。

「アリスも食べてみるか?」

一口大に切り取られたガトーショコラが、目の前に突きつけられた。
甘いチョコレートの香りと、ブランデーの香り。
人間の食べる物に興味などないけれど、主からこう勧められては、断る事もできない。

「いただきます。」

口に含んだそれは、甘い味と、ほんのりとした苦い味、がした。
シエル様は、フォークを差し出した恰好のまま、目を見開いていた。

「甘い味と、苦い味がします。」

私の感想に、シエル様は顔を赤くして笑った。

「まさか、本当に食べるとはな。」

「え、冗談だったんですか?」

「しかも、何だ、その感想……。」

シエル様はまだ笑ったままだった。
ツボにはまったようで、お腹を抱えて小さく震えている。
暫くして、ようやく笑いがおさまったのか、シエル様は紅茶に口を付けた。
そしてまた一口大にケーキを切り取ると、それを口に運ぶ。

「食べさせ損だったな。」

「申し訳ございません。あまり人の食べ物は食べないものですから。」

頭を下げると、シエル様の手が私の髪をかき乱した。

「気にするな、面白いことを聞けたからな。」

頭から手が離れて、私は顔を上げた。
シエル様は黙々とケーキを口へ運ぶ。
その表情に、私も思わず微笑んでしまう。
シエル様の背に射す陽は、薄橙を含んでいた。
仕事詰めの主人の事だ、この時間だけでもリラックスしてもらえたなら、それは幸せな事だと思った。


FRAGILE



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