Alice


エリザベスが連れてきたのは、僕らより少し年上の少女だった。
名前はアリスと言って、家は貿易商を営んでいるらしい。
昔からよく遊んでもらっていたの、とエリザベスは言う。
いつか僕に紹介しようと思っていたらしい。
アリスは、父の仕事についていく事が多く、様々な国へ行ったのだと言った。
立ち寄った様々な国の話を、おもしろおかしく話してみせる。
なるほど、エリザベスが懐く訳だ。
僕も、彼女の話を興味深く聞いていた。

「それでね、お父様ったら腰を抜かしてしまって……。」

話題は、東の国で見た曲芸というものに変わっていた。
口調は飛び抜けて明るく、朗らかに、歌うように話が進む。
エリザベスはすっかり夢中の様子で、相槌を打ちながら、何度も「それで?」と先をせがむ。
アリスはそれが嬉しいのか、頬をうっすらと紅潮させて話し続ける。
話の途中で、部屋の扉がノックされた。
セバスチャンだ。

「失礼致します。」

お茶を、と僕らが囲んでいたテーブルに、菓子と紅茶を並べていく。
アリスとエリザベスの興味は、すっかり菓子に移ってしまった。
話の続きが聞きたかったのに、と言い出せる訳もなく、大人しく菓子に手をつけた。

「おいしい!」

エリザベスも相当だが、アリスの表情の移り変わりもなかなかのものだった。
話をしている時は、その内容に合わせて眉をしかめてみせたりしていたが、今度は大きく目を見開いて驚いてみせる。

「でしょう?セバスチャンのスイーツはとってもおいしいのよ!」

エリザベスが少し得意げに言った。

「全部食べてしまうのが勿体ないわ。」

眉尻を下げて、アリスは大袈裟に呟く。
先程から少し気になっていたのは、彼女の言動が少し芝居がかっている事だった。
異国の話をしている時はそれが面白いのだけれど、こういった普通の会話でも、リアクションがどこかオーバーなのだ。
妙な違和感を、口に運んだケーキと一緒に噛み締める。

ティータイムを終えてしばらくして、エリザベスは花を摘みに席を立った。
残された僕とアリスの間には、妙な緊張感があった。
話を楽しんで打ち解けたとはいえ、まだ紹介されたばかりなのだから。

「アリスは、芝居が好きなのか?」

先程からの違和感を、思い切ってぶつけてみた。
アリスは一瞬きょとんとして、それから笑い始めた。

「やっぱり私、女優には向かないかしら。」

ひとしきり笑って、そう言った。
彼女の話は、殆どがでたらめだった。
仕事についていった事はなく、父の土産話をおもしろおかしく脚色して話していたのだという。
それでエリザベスが喜ぶのが楽しくて、そして、自分の芝居がばれるのではないかというスリルも楽しんでいたのだと言う。

「アリスには才能があると思う。僕も最初はすっかり騙されたしな。」

そう言うと、アリスは満足げに微笑んだ。

「ね、伯爵。これは2人だけの内緒よ。」

アリスは僕の目の前に小指を差し出した。
僕もそれに倣って小指を差し出すと、絡めた。

「リジーには絶対に言っちゃダメよ。あの子、とても良い子だから。」

エリザベスを傷つけてしまうのは、僕も嫌だ。

「ああ、内緒にする。」

僕はゆっくりと頷く。

「内緒にする。だから、僕にもっと話を聞かせてくれないか。僕に、僕だけにアリスの話を。」

絡めていた指を解いた。
僕の関心は、すっかりアリスの事になっていた。
嘘に嘘を重ねて話す彼女の事だ、今こうして話しているのも嘘かも知れない。
でも僕は、すっかり彼女の話の虜になっていたのだ。
アリスの嘘が全てばれて、彼女の側からエリザベスや他の友人も離れていったとしても、僕は彼女の話が聞きたかった。
それが本当であっても、嘘であっても。

「アリスの話を、傍で聞かせてくれ。」

彼女の全てがご破産になったとしても、僕は「アリスの話」が聞きたいと思ったんだ。

「アリスの嘘がばれて、周りに誰もいなくなったとしても、僕には話を聞かせてくれ。」

「私、これでも女優志望なのよ。絶対にばれないでいてみせるんだから。」

アリスは自信ありげに微笑んだ。
僕はその自信を笑う。
部屋に戻ってきたエリザベスは、「今度は何の話?」と目を輝かせた。


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