ピカソトラ


お父様はパーティーが好きだ。
私はパーティーが嫌いだ。

お父様はダンスが好きだ。
私はダンスが嫌いだ。

知り合ったばかりの男と手を触れあうなんて、気持ち悪い。
腰を抱かれるなんて、気持ち悪い。

大勢の人が踊っている様子も、目が回るから嫌い。

だからいつも、お父様の挨拶回りに付き合った後は、飲み物を片手に壁にじっと寄りかかっている。
ほんの少しずつ、舐めるように飲み物に口を付ける。
パーティーが終わるまで、なくならないように。

曲が終わって、それぞれが相手を変えて、また曲に合わせてくるくる回り始める。

目が回り始めたので、私は俯いて、ドレスから覗く爪先を見た。
私の好きな濃紺の靴。
部屋の灯りが反射して、てらてらと光っている。

「きれい。」

「床が?」

右隣から声がして、慌てて顔を上げた。
そこには濃紺の髪で、右目に眼帯をした少年がいた。
これは、世に言う美少年だ。

「きれい。」

「僕が?」

「髪がきれい。瞳がきれい。きれいな色。」

「紺が好きなの?」

「そう。紺色は、夕方と明け方のきれいな色だから、好きなの。」

少年の首もとのタイも、紺色をしていた。

「紺が好きなの?」

「僕は、別に。ただ、似合う色だとは思ってる。」

「そうね。似合ってる。」

よくよく見れば、少年も私と同じ、飲み物を片手に壁にもたれかかっている。

「ダンス、嫌いなの?」

「僕はダンスに向いていない。」

少年はそう言って、飲み物に口を付けた。

「私もダンスには向いてないの。お揃いね。」

挨拶回りの時に貼り付けるのとは違う、ちゃんと微笑んでみた。

少年は、一瞬目を見開いて、そして微笑んでみせた。

「私、あなたのことは好きよ。」

「人間は醜悪だよ。きれいじゃない。それに、僕は君の好きな紺色だけでもないよ。」

「だからいいのよ。きれいなだけじゃ好きになんてならないわ。」

ぬるくなった飲み物に、そっと口を付ける。

「私、見る目はあるの。あなたはいびつにきれいだから好き。」

「僕も、君はいびつにきれいだと思うよ。」

「うれしい。」

音楽は鳴り止まない。
人々の一瞬の繋がりのためだけに、大きな大きな音を立てる。
一瞬のつながりの、その情熱のためだけに、一瞬を惜しむことを煽るように。

「ねえ。」

私は内緒話をするように、彼の耳に手をかざした。

「私、今夜はあなたが好きよ。きっと、あなたがいる夜は、あなたが好き。」

手をかざした影で、少年の頬にキスをした。

少年も、内緒話をするように、私の耳に手をかざす。

「僕も、君が好きだ。君がいる夜は、君が好きだ。」

私は嬉しくなって、思わず少年の方を向いてしまった。
手は、まだかざされたままだ。

「僕も、君が好き。」

少年の唇と私の唇がそっと触れて、そっと離れた。

音楽が鳴り止んだ。
次の曲のために、次の一瞬を惜しむために。

また新しい音楽が鳴る。
私と少年は、何もなかったように黙ったままだった。
音楽は変わったのだ。
惜しむべき一瞬は過ぎ去り、惜しむべき一瞬の恋は、音と共に流れていった。


Short



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -