Bad Taste Youth


屋敷の掃除を終え、庭で一息ついていた。
今日も木が枯れ荒れ果てた、壮絶な庭である。

「アリスさん。」

背後から声を掛けたのは、セバスチャンさんだった。

「お仕事です。」

そう言われ、シエル様のお部屋に初めて通された。
思わずきょろきょろ見渡してしまいそうになるのをぐっと堪え、シエル様を真っ直ぐ見つめる。

「陛下がお嘆きだ。」

机の上に広げられた手紙に、きっと今回の嘆きの内容が書かれているのだろう。

「どっかのバカが、僕らへの許可なく住み着いて、人身売買を行っているらしい。」

フン、と鼻を鳴らして、シエル様は椅子の背もたれに深くもたれかかった。

「こんな事するのは他国の世間知らずくらいだ。英国式の流儀を教えてやらないとな。」

セバスチャンさんが外套を持って来る。
シエル様は立ち上がると、その外套を羽織った。

「行くぞ。」

「はい。」

馬車で向かったのは、ロンドン市内だった。
人でごった返す大通りから裏道へ。
裏通りをどんどん進むと、次第に治安が悪くなってくる。

貧民街の港近くに、大きな倉庫がある。
そこに「ならず者」が住み着いているという噂があるのだという。

「あれが噂の倉庫か。」

本当に大きな倉庫だった。
そして、戸口の辺りには、おあつらえ向きに銃を持った輩が立っている。

「とても分かりやすいですね。」

「中で何が行われているかは別として、あれは駆除しておいても困らないだろう。」

物陰でひそひそと話していた二人が、同時に私を見た。

「アリス、初仕事だ。お遣いをして来い。」

「……お遣い、ですか?」

「そうだ。あそこで何が起こっているのか、見学ついでに潰して来い。」

「あ、はい、分かりました。」

先日のセバスチャン戦と同様に、今回も私の力量を見るつもりなのだろう。
なら、しっかり働いてみせなくては。

「では、行ってきますね。」

私は戸口の正面へ、堂々と歩いて行った。

「何だ、お前?」

「こんにちは。こちらは何の建物なんです?」

「ただの倉庫だよ、ただの。」

男が警戒しているのが楽しくてたまらない。

「へえ、そうなんですか。ちょっと見学してもよろしいですか?」

「いい訳ねえだろ!」

男が銃を向けた、その瞬間に男の頭を右手で掴んだ。
そのまま、壁に思い切り叩き付ける。
ぐしゃ、という音と共に、壁に赤色がこびりついた。
男の持っていた銃を手に取ると、戸口から中に入る。

正面突破は、なかなかに楽しいものだ。

人間は脆い。
少し力を入れれば、簡単に縊り殺す事ができる。
こちらに向かってくる男共を次々となぎ倒すのは快感に近い。
死んだ男を銃弾の盾に、ずんずん奥へ進んでいく。
倉庫の中は、ただの住処のようだった。
積んである荷物も、小麦か銃器ばかりだ。

一階の有象無象を一掃すると、二階へ向かう。
そこには半狂乱になった、他の輩より年配の男性がいた。
彼の取り巻きは、最初に奪った銃で撃ち抜いた。

「すみません、お聞きしたい事があるんですけど。」

「な、なんだ……なんでもする、幾らでも払うから、だから、だから……!」

「あなたは人身売買の噂、聞いたことありますか?」

「じ、人身売買?知ってる、知ってます!」

男はガタガタ震えながら、必死に頭を回しているようだ。

「おお、ビンゴ。どこの誰ですか?」

「それは知らないが、この並びの倉庫、そう、13番倉庫で、毎週金曜日の夜にやってる!」

「よくご存知で。それは、なぜ?」

男は辛うじてこちらに銃を向けている。
しかし、引き金を引く余裕もないのだろう。

「その晩だけ、うちの若いのを見張りに使わせてくれって、頼まれて、それで……!」

「素晴らしい。よく話して下さいました。」

私が微笑んでみせると、男もいびつに微笑む。

「では、さようなら。」

いびつに微笑んだままの男の顔を、思い切り踏みつけた。
頭蓋骨の割れる感触が気持ち悪くて、男の体で何度か靴底を擦った。

戸口から表へ出ると、潮の匂いがした。
建物の中に溢れていた血液と硝煙の匂いがまだ肺を満たしている気がして、大きく深呼吸をする。

「シエル様〜!お遣い終わりました〜!」

笑顔で駆け寄ると、シエル様はセバスチャンさんの背に隠れるように、後ずさりをした。

「お前な、最初からあれはないだろう……。」

「すみません、一番手っ取り早かったものですから。」

どうやら、戸口の男の頭を潰した事で、シエル様は気分が悪くなったようだ。

「人身売買、この倉庫街の13番倉庫で、金曜の夜に行われているらしいですよ。ここにいた不良くずれが、その晩だけ見張りを頼まれていたらしいです。」

「……となると、また金曜に、こちらの倉庫に見張りを頼みに来るでしょうね。」

セバスチャンさんはにこやかに言う。

「なんだ、簡単に済みそうじゃないか。なら、今日はもう帰るぞ。僕は甘い物が食べたい。」

「イエス、マイロード。」

「そうだ、アリス。ちゃんと遣いができたんだ。褒美に欲しい物はあるか?」

歩き始めていた足を止めて、シエル様が振り向いた。

「欲しい物……あっ、抱き枕が欲しいです!」

「抱き枕?」

シエル様が訝しげに私を見る。

「アリス様は睡眠が趣味なんだそうですよ。」

「そうなのか。じゃあ買ってやる。行くぞ。」

「ありがとうございます!」

すぐに歩き出したシエル様の後を追う。
今夜は、いつも以上にぐっすり眠れそうだ。
浮かんだ笑みは隠せそうになかった。


FRAGILE



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