吐息のメソッド
今日1日で分かった事がいくつかある。
まず、主の性格が歪んでいること。
使用人がそれぞれの仕事を全うできないこと。
屋敷の業務全てを、セバスチャンという執事が全てこなしていたこと。
シエル様に夕餉の給仕を行った後、自室で私は今日1日の出来事を反芻していた。
仕事はやっていける気がする。
でも、うまくやっていける気がしない。
そうだ、こういう時は先輩に話を聞くのが一番だ。
私は勢いを付けてベッドから起き上がると、執事長室へ向かった。
ノックを3回。
「何でしょう?」
内側からドアが開けられた。
「あの、相談なんですけど……。」
「どうぞ。」
セバスチャンさんに促され、部屋に入った。
窓辺に置いてあった椅子を机の前に運ぶと、座るように言われる。
「何かありましたか?」
「えっと……ですね。私、今日1日このお屋敷でお仕事させて頂いて、ですね。仕事はきちんとやっていけると思うんですけど、その……うまくやっていける気がしないんです。」
「うまく?」
「はい、うまく。」
使用人の皆さんは優しい人達だけれど、壊滅的に仕事ができない。
せめて、かけずり回るセバスチャンさんの仕事の負担を軽減しようと働いたけれど、彼が完璧すぎて自分の仕事に自信が持てない。
そしてあのクソガキである。
認めている、と言われても実感も何もあったものじゃない。
完全に舐められている、バカにされているとしか思えない。
……あれ、これってパワハラとかそういうんじゃないかしら。
「そうですね……。アリスさんの働きには正直心底助かってます。他の皆さんがあの様子ですから、きちんと仕事のできる方が1人いらっしゃるだけで大違いなんです。」
「そう、ですか?」
「あと、坊ちゃんですけど、あれは人見知りをこじらせたものだと考えて下さい。」
「人見知り、ですか。」
あんな物言いができるとは、えらく根性のすわった人見知りである。
「あれでも大きな会社を持ち、更には女王の番犬までこなしているのです。あの幼さで。」
そうだ、そういえばそうだった。
まだ13歳なのだ。
初めて会った時からの貫禄や、物言い、仕草など、それら全てが彼が幼かった事を忘れさせたのだ。
「そうだ、すごい子供だったんだ。」
悪魔と契約するまで何を欲しがったのかは分からない。
けれど、この若さで悪魔と契約するほどの覚悟を持って生きているのだ。
サンジェルマン伯のようにグリモワールと生け贄の渡り賃を払った訳じゃないのは、昨日の様子で明かだった。
つまり、儀式を成功させ、法外な渡り賃を払って悪魔を呼び出した事になる。
そんな子供が、のびのびと生きてきた訳がない。
「なるほど……。セバスチャンさんが従属するに値する、すごい子供なんですよね。」
「そうです。しかし、本人に子供扱いは厳禁ですよ。」
セバスチャンさんは口の端をつり上げると、一本立てた指を、その唇に当てた。
「はい、かしこまりました。」
私も同じように微笑んでみせた。
「セバスチャンさんのおかげで随分気持ちが楽になりました。ありがとうございます。」
「それはよかったです。何か困った事があったら、いつでもお話して下さいね。」
「……悪魔と思えないほどいい人ですね。」
「お互い様ですよ。」
セバスチャンさんは肩で笑っている。
「それでは失礼致します。良い夜を。」
「ええ、おやすみなさい。」
私は部屋から出ると、1つあくびをした。
今日はもう寝てしまおう。
明日からはもっと頑張ろう。
……悪魔と思えないほど、人間じみてしまったようだ。
昼間のように、少し、悪魔の勘も取り戻さないと。
やるべき仕事はたくさんある。
そう、女王の番犬の駒として、より強い駒の座を得なければ。
FRAGILE
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