SMLT


翌朝は、予定より早く目が覚めた。
早速新しいメイド服に着替えると、気持ちが少し引き締まる。
髪の毛が落ちてしまわないようにひとつにまとめると、冷たい水で洗顔をした。
更に気持ちが引き締まる。
屋敷の玄関前を掃き掃除して、厨房へ向かう。

「おや、おはようございます。」

朝一番に顔を合わせたくない人と出会ってしまった。

「……おはようございます。」

「どうされたんですか?アリスさん。」

「あの、朝食の準備の手伝いをと思ったんですけど……料理人の方は?」

厨房にはセバスチャンさんしかいない。
調理をしているのもセバスチャンさんだ。

「バルドさんにはまだ眠っていてもらっています。」

「料理人なのに?」

「ええ、料理人なのに、です。」

会話をしながらだけれど、セバスチャンさんの手際は素晴らしく良い。
無駄な動きがひとつもない。

「ところでアリスさん、お手伝いして下さるのでしたら、そちらに積んである野菜と果物の皮を全て剥いて頂けますか?」

「あ、はい。」

手渡されたナイフで、黙々と野菜と果物の皮を剥いていく。
ひたすら無言のこの空間に、少し居心地の悪さを感じる。
これまではずっと一人で作業してきたのに、同じ空間に誰かいるだけでこうも違うものか。
いや、昨夜の事があるからこそ、居心地が悪いのか。

「それにしても昨日は……。」

沈黙を破ったのはセバスチャンさんだった。

「素晴らしい手際でしたね。」

思わず身構えていた肩の力が抜ける。

「……へ?」

昨日といえば、あの恰好の事を言われると思っていたのだ。
まさかの褒め言葉に拍子抜けしてしまう。

「さすが、サンジェルマン伯爵の露払いをしていただけありますね。主人の眠りを妨げぬよう、静かに処分して下さったのは、とてもありがたかったです。」

「あ、ありがとうございます……。」

「これからもその調子でお願いします。」

「は、はいっ!」

数百年当たり前に行っていた事を改めて褒められると、やる気が出るというもの。

「この屋敷には、細かい作業が苦手な使用人ばかりなのです。今の料理の手伝いも、本当に助かります。」

「お役に立てて光栄です。」

思わずにやけてしまう口元を、俯いて隠した。
褒められる事がこんなに嬉しい事だったなんて、ずっと忘れていた。
昨夜に思い切り下がったセバスチャンさんの好感度も、グングン上がっていく。

「さて、皮剥きもありがとうございました。この後はしばらく屋敷のお掃除をお願いしてもいいですか?」

「勿論です。」

「リネンの洗濯はメイリンがしますので……成功するかは別として。」

セバスチャンさんの表情が曇る。
そもそも洗濯が成功しないってどういう事なんだろうか。

「各部屋を掃除しながら、屋敷のつくりを覚えていって下さい。」

「かしこまりました。」

セバスチャンさんの手際は相変わらず。
この執事は、きちんと一歩先、更にその先を考えて仕事をしているのだ。
良い執事だな、とぼんやり思う。
私はこれまで、随分と主に甘えて働いていたのだなと痛感する。
ここでは、きちんとメイドの役をこなし、主に降りかかる火の粉を払わなければ。
そしてある程度の成果を元の主人にもたらさなければ。
……やるべき事はかなりあるじゃないか。
もう一度気を引き締めるべく、エプロンの紐を結び直した。

「お掃除、行ってきます。」

同じ悪魔なのだ、せめて彼と同等なくらい、勤勉でなくっちゃ。
雑巾を片手に、私は屋敷を彷徨い始めた。


FRAGILE



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