スニーカーモナムール


 愛してるなんて柄じゃないし、大好きだってささやくタイプでもない。でも伝えたいことは沢山あって、俺の中を探し回るけれど、的確な言葉は1つも見つからなかった。

 人を好きになる、という事象自体が俺にとっては初めてだった。それは勿論、もっと幼い頃には気になる女の子もいたけれど、これが本当の、本物の、正真正銘の好きってやつなんだと思う。だって、俺は今まで1度もこんな感情を知らずに過ごしてきたのだから。
 普段、騎士道を謳うユニットに所属してはいるけれど、俺にとって騎士道なんてどうでもよくって、そんなこと考えもしなかった。

 俺の世界を変えたのは全部モヨ子で、きっと俺の世界は今、モヨ子を軸に出来ている。
 だって、その声も髪も肌も瞳も唇も爪も歯列も血も全部が愛しくて、例えばそのどれか1つ、何か1つが欠けてしまうようなことがあるならば、俺は自身の全てを擲ってでも守り抜こうと思うから。……ホント、柄にもないけど。
 この腕が動かなくなったって、足がなくなったって、それでもモヨ子のためなら仕方ないかなって思うんだ。あ、でも、目が見えなくなるのは寂しいから無理だけど。
 モヨ子の全てを見ていたいし、俺の方が年上だけど、何だったら俺が看取ってもいい。きっとおばあちゃんになったモヨ子も可愛いに決まってる。
 その膝枕で寝るのが至福だから、その優しい指で髪を撫でられるのが好きだから、その血が好きだから。その全てを守るためなら、俺は本当に騎士になれるんじゃないかって気がしてくる。

 だから、愛してるなんて言葉は少し違って、大好きってだけじゃ物足りなくて、俺はモヨ子なしじゃ生きられないって言うと大げさかもしれないけど、本当にそれくらい思ってて……ああ、何て言ったらいいのかなぁ。





 真っ白い布が揺れていて、首筋と脇が妙に冷たかった。寝てたのか、と思うより先に、モヨ子の泣きそうな顔が視界に飛び込んでくる。

「凛月くん! よかった、心配したんだよ」

 何で泣きそうなの、とか、心配なの、とか、沢山疑問が湧き上がって、でも口を開こうとしたらぱさついて上手く声が出なかった。体は妙に気怠いし、眠気とも違う。それに、頭の奥がずきずきと痛む。

「凛月くん、曲の間に全然水分摂ってなかったから心配で、そしたら、やっぱり、ステージが終わった途端に倒れちゃって」

 ああ、熱中症か。確かに、ステージに立って歌って踊って、ライトが異様に暑くて、熱気もすごくて、でも水分なんて摂る気もしないくらいに興奮していて、バックヤードに戻った瞬間、目の前が真っ暗になったんだった。

「水、飲める?」

 差し出された経口補水液のペットボトルを取ろうとして、腕が上手く上がらなかった。ごめんね、と言って、モヨ子がペットボトルの蓋を開けて口に近付ける。

「ねえ」

 やっと出た掠れた声に、小首を傾げるモヨ子が愛しくて堪らない。こんなに情けない姿を晒していても、心配して、傍にいてくれて、気遣ってくれる。

「もちろん、口移しだよねぇ?」

「えっ」

「ほら、早く。喉渇いてるからさ?」

 戸惑うモヨ子に意地悪したくなっちゃうのは、仕方のないことだ。じっとその目を見つめれば、顔を真っ赤にしながら、おずおずとペットボトルの中身を口に含む。ゆっくりと触れた唇は温かくて、思わず下唇に吸い付いた。唇は触れ合ったまま舌でモヨ子の唇をなぞれば、薄く開かれた隙間から経口補水液が静かに流れ込んでくる。それを全て飲み干して、潤った舌でモヨ子の舌を絡めとった。吸い付いて、甘噛みをして解放してあげれば、モヨ子は真っ赤な顔でこちらを睨んでくる。ああ、もう、それすら可愛いんだってば。

「もう、凛月くん!」

「ごちそうさま〜」

 抵抗しなかったのは、きっと俺への気遣い。こんなに可愛い女の子が世の中にいて、しかもその女の子は俺の彼女で、いつも一番に俺のことを考えてくれて、そんなの、やっぱり俺が守ってあげるしかないんだ。

「ねえ、モヨ子。ありがと」

 俺の言葉に、モヨ子は大きく目を見開いて、それから、花が咲いたみたいに微笑んだ。
 今日みたいにお世話してもらったり、膝枕してもらったり、モヨ子に世話を焼いてもらうのはとても幸せだけど、やっぱり俺はモヨ子を守りたくて、支えたくて、ずっと傍でそんな風に微笑んでいてもらいたいんだ。
 この気持ちをどう伝えたらいいのか分からないけれど、でもどうしても伝えたくて、だから、ずっと俺が傍で守ってあげなきゃいけないんだ。
 だって、もう時間がないんだ。人間なんてあっという間に老いて死んでいくんだから。一生なんてすぐに終わっちゃうんだから。永遠なんて無い限り、とにかく時間がないんだ。この「ずっと」が、俺の思うよりももっと長く続くように。

「モヨ子、傍にいてくれる?」

 だから、どうかさっきみたいに泣きそうな顔をしないで。俺がずっと傍で守ってあげるから。

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