BLACK


 あまりの出来事に、俺は上手く笑うことが出来なかった。
 兄者がとても嬉しそうに、モヨ子を連れて家に帰って来た。

「凛月には話しておきたくてな」

 なんて頬を染めて、それでも自慢げに、兄者はモヨ子と付き合っているのだと俺に告げた。

「そう」

 乾いた喉から絞り出せたのはその一言だけで、あとは何も覚えていない。そもそも、俺は兄者を避けて過ごしているのだから、俺が席を外したところで不自然ではなかっただろう。
 兄者の隣で、同じように頬を染めて、はにかんでみせたモヨ子の、あの表情が忘れられない。あの表情は、俺が欲しかったものだった。俺のものにしたかった。欲しくて欲しくて堪らなかったものを、兄者に横から掠め取られたような気分だった。
 モヨ子の膝枕で寝ることも、そのまま朝まで過ごすことも、もう俺には許されない。もう俺に、あの幸せな時間は巡ってこないのだ。

 唇を噛んだ。犬歯がぷつ、と下唇を突き破って、そこから血が滲む。もう、あの甘美なモヨ子の血を舐めることも叶わない。俺の血なんて、舐めたところでただの血でしかない。あの血でなければならないのに。

 世界が眩むような気がした。足元の床が崩れ落ちて、真っ暗な穴に落ちていくような気分。最悪だ。とにかく、最悪だ。
 俺は制服のままベッドに潜り込んだ。これから夜がやってくる。次第に薄れていく眠気を強引に引き戻すように目を閉じる。瞼の裏で、モヨ子の「あの表情」が明滅して、吐き気がした。
 今更何を悔やんでもどうしようもないのだ。もうモヨ子は俺から離れて、兄者のところへ行ってしまった。

「これからも変わらず仲良くしてね」

 不意に蘇った、モヨ子の言葉。さっき、兄者の隣で放った、鋭い刺のような言葉。それが刺さって、根を張って、俺を蝕んでいくような気がした。俺はこの刺の抜き方を知らないし、ただその毒花が枯れるのを待つしかないのだろう。いつ来るかも分からない救済を、信じてもいない神様に祈った。

「好き、なんだ」

 布団の中で、小さく呟いた。まだ過去形にできない感情の熱を、俺は暫く燻らせるのだろう。

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