おとなりさん
小さい頃から、ずっとずっとアーティストで在った。わたしだけの。どのヒーローよりもかっこよくて、一等星よりも輝いていた。
「できたぞ!」
誇らしげに笑顔が咲いて、幼いわたしだってときめいた。それが今では、多くの女の子たちをときめかせている。
公園のベンチにだらしなく寝転ぶ幼馴染を見つめながら、そんなことを思った。5月の日差しは強くて、じんわり弱火で炙られているような気がする。
「ほら、見ろ! また名作がこの世に生まれ落ちたぞ」
突きつけられた五線譜に沢山のおたまじゃくしが並んでいるみたいだったけれど、あまりにも近くてよく見えない。少し仰け反って目を細めると、ようやく全体を捉えることができた。そこに描かれている世界は、あの頃と変わらず美しい世界だ。光に満ちていて、どんなものよりもときめかせてくれる魔法めいたものを感じる。
「すごいね、レオくん」
小さい頃から、わたしは同じ感想しか言えなかった。どんな言葉を尽くしたって足りない感想は、簡素で単純なものを超えられないのだ。
ただ、彼の楽譜を見る度、仕上がった曲を聴く度、胸の奥でじくじくとしたおそろしい灯を感じるのだ。全くあり得ないことだし、とても失礼なのだけれど、このまま彼が死んでしまうような心地が小さな染みを作る。これは、彼には決して話すことはないのだけれど。
「当然だな!」
ふんと鼻を鳴らして、胸を張る。そんな姿に、わたしの胸をざわつかせる思いをぶつけることはできない。
彼とわたしは、同じ幼稚園に通っていた幼馴染だ。小学校、中学校と一緒に通って、高校で彼は才能を発揮する場に出た。一般的な学生のわたしが彼の側に居られる理由は、特に仲の良い幼馴染だったから、それだけである。これがなければ、わたしたちの人生なんてどこも交わることも並行に並ぶこともなかっただろう。仲が良かったから、こうして呼びつけられては彼の隣で作品が生まれ落ちる瞬間に立ち会うことができるのだ。わたしはそこに甘えて、こうして彼の隣にいる。
強い日差しに目を細めた。肌がじりじりと炙られていく感覚は、わたしの中で燻る何かに似ている。
「レオくん」
またインスピレーションに突き動かされている彼には聞こえていないだろう。そのくらいのボリュームで、彼の名前を呼んだ。
「……おめでとう。いつまでもわたしだけのレオくんでいてね」
本当に小さく、そう呟いた。
「う〜ん、それは難しいな〜」
楽譜からぱっと顔を上げて、彼は頭を抱えた。
「おれにはるかたんという宇宙一かわいい妹もいるしな〜、でもな〜」
聞こえていたのか、という恥ずかしさが、全身を駆け巡る。今にも死んでしまいたい神様ころしてくださいと願っても、ただ燦燦と日光が降り注ぐだけだった。
「でも、おれは呉のもので、おれのものでもあるし。呉はおれのものであって、おまえのものだろ?」
さも当然の如く言い切る彼に、何も言えなくなってしまう。たった1度小さく頷くと、彼は満足気に笑った。
「ところで、どうしておめでとうなんだ?」
さらっと恰好いいことを言い切った直後に、力の抜ける一言が放たれた。
「今日はレオくんのお誕生日だよ」
「あぁあ! そうだった! ありがとう!」
手を差し出されて、わたしたちは握手をした。
「これからもよろしく」
肩書はどうあれ、これからもわたしと彼は隣同士で、こうして日差しを浴びることができるのだ。そう思えば、じわりと頬が熱くなった。
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