革命を信じるだけの確信



後半は始まって両チームのメンバーは各々動き始めていると言うのに、天馬くんは最初のポジションから微動だにしない。


「…あいつ、なに突っ立ってんだ?」


水鳥ちゃんが口にした通り、西園くんが「天馬!」と呼びかけても、うつむいたまま動かないのだ。ドリブルで上がる倉間くんを尻目に拓人を見ると、栄都のキャプテンからまた何かを言われているようだ。本来なら歯牙にもかけない栄都に「負けろ」と指図するフィフスセクター、本気を出せば自分たちなんか雷門の足下にも及ばないという自覚がない栄都。見ているだけでも痛々しいのに、何も出来ないもどかしさが頭の中をかき回す。
取っては取られ、取られては取り返すの攻防。でもそれは、互角の攻防と見せかけた偽物の試合。


「どけ!邪魔だ!」


突き飛ばされて尻餅をつく天馬くんは、それでもその状態から動いてボールを追う事はしない。一度天馬くんをピッチの外に出した方が…そう言った音無先生はきっと正しいのだろう。でも、それをしたとして、じゃあいったい誰がその穴を埋めるんだろう?
剣城?
ありえない。
監督はその音無先生の提案を取り入れる事はせず、天馬くんをじっと見つめている。わたしの目線の対象もそれに向いていた。
視界に入ってきた栄都のユニフォームに気づいても、即座には反応できなかった。それほどまでに天馬くんを見つめていたという事で。はっとしたときには栄都のフォワードはシュートの体制に入っていた。
三点目を飲み込んだ雷門側のゴールは、もうこの試合での仕事がなくなった。
これで最後の一点だ。通常ではあり得ない失点数を一人で受け止める三国くんは、悔しさに身を震わせ膝をつく。慰めるように近寄り肩を叩く天城くんと三国くんは、何も知らない観客席の人間からみたらその二人の行動は少年サッカーのすばらしい青春に見えているんだろう。
そのとおりだと思い込んで、疑う事すらしない。壇上から悠々と見下ろす無知な観客たちは、全てを管理しているフィフスセクターと何ら変わらない。
再開早々ボールを奪われて押される雷門。もう後は暇つぶしだけ。これ以上は走る事も無駄だと思うのは、完全に機関に洗脳されてしまったから?


自嘲していたわたしの顔を上げさせたのは、いつ立ち上がったのかしゃんと背筋を伸ばしていった天馬くんの力強い声だった


「サッカーが泣いてるよ!」


さっきまで蹲っていたのが嘘のように、吹っ切れたように全力で駆け出す天馬くん。
余裕の笑みを見せていた栄都の相手からボールを奪って、拓人へパス、でもそれは大きくそれる。くそっ!と声を荒らげて再び相手に拾われたボールを取りに行く。フォワードラインまで上がった彼にお前なんか、と見下してトラップ、抜かれるも天馬くんは体でそのボールを受け止める。そしてまた拓人へとパス。今度のそれは短すぎて届かない。フィールド上にいる、拓人と天馬くん以外は二人に釘付けになって、その場からろくに動く事も出来ない。


かくいうわたし自身も、ポジションなんて関係なく動き回る天馬くんから目を離す事が出来なかった。
彼のサッカーに対する真剣な行動が、雷門の皆の目を覚まさせてくれたらいい。そして、わたしのも。
そんな馬鹿げた事を考えている自身に気づかないまま、わたしは彼を見ている。


「今度こそ!」

何度目の足掻きだろうか。拓人は一歩も動かず、ボールに触ろうともしない。それに反して時計は常に動いて、もう後半戦も終了に近づいているはずだ。
そろそろ止めなくてはと思ったのか、責任感の強い車田くんが天馬くんの隣を走って止めようとする。この試合は負ける事が決まっているし、もう三点を取り返せるような時間もない。それをわかっているはずなのに、天馬くんはなおも諦めずにボールを追い続ける。傷のついた体中に、諦めないと書いてあるようだった。管理の中でしかサッカーをして来られなかった他のメンバーは、もう放っておいてやれ、と放置を決め込む奴と、現に今の車田くんのように止めにかかろうとする奴の二択だった。加えて天馬くんの


「俺は嫌だ、このまま負けるなんて絶対に嫌だ!」


その言葉にもう勝手にしろとあきれる奴。いま、車田くんはそっちに下がった。とっては回しとっては回す彼に、「やめろ松風!」蘭くんのように声をかけようとも。もう干渉しようとするようなひとはここにはいない。今の彼にはなにも届かないのは雷門サッカー部メンバー全員に伝わった。そのあいだもずっと拓人は動かないし、天馬くんはパスを回し続けている。何とも不思議な光景である。


拓人が震える
痺れをきらした相手がフォワードへボールを繋ごうとしたところで、もう一人の新入生である西園くんが間に入り込みカットをした。
それを、天馬にパス。頷き合った新入生二人の間でかわされた無言の会話は、おそらくふたりのあいだでしか有効でない。


「キャプテン!!」


さっきまでのコントロールの悪さが嘘のよう、拓人へのラストパスはきれいに受けられてそれはすぐに返される。
パスを受けたのではなく、正確に言えば打ち返したのだ。それも天馬くんに向けられた攻撃的なものではなく、相手側のゴールという無機物へ向けて。
わたしが目を見開いて「え…」と声を上げるのと、拓人のうったシュートがゴールネットをゆらすタイミングはほぼ同じで、
驚いたのはわたしだけではなく。
つまるところ、拓人は、雷門サッカー部の名誉あるキャプテンはセンターサークルからのロングシュートで、栄都学園のゴールを割ったのである。
フィフスセクターの勝敗指示を無視して、雷門中は栄都に一点を入れた。
どうして、やってしまった、とか考えているんだろう拓人の顔は血の気が引いて青ざめている。


ここで、試合終了のホイッスルが鳴った。放心する拓人のもとへ走り寄る蘭くん、続いて他のメンバーたち。どうしてシュートなんかうったんだ、そう自分自身を責め立て、自問自答を繰り返している事だろう。雷門と栄都の試合は3−1、雷門の負けである。それでも嬉しそうに手を取り合って笑い合う天馬くんと西園くん、そこに加わろうとフィールドへ駆け入るマネージャーたちに続いて、わたしの脚もうごいた。近くに、いきたい。


「拓人!」


走り寄ってきたわたしに目を見開くのも構わず弟に抱きついた。


「姉さん…」
「よかった…よかったよ、みんな!」
「何がいいんですか…まずいですよこれ!」


焦り出す速水くんに続き肩を落として落ち込むみんなに、それでもよかったよ、とまた声を掛けた。そして、そのまま天馬くんを見つめる。わたしの視線に気づいたのか彼もこちらを見て、笑った。










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