偏屈ないってらっしゃい




雷門対栄都学園の試合当日。土曜日ということもあって目覚ましを二重にかけておいて正解だった。危うく寝坊して試合が終わってました、なんてことになるのは勘弁だ。
拓人は負け試合を見ることに意味なんかない、と助言をしてくれたが、正直わたしには勝ち負けなんて関係なかった。だって、今日の試合は拓人を近くで見ていないといけないような気がしたし(一筆親子の件もあるし)、雷門サッカー部と剣城京介に会いに行くようなものだから。
まず雷門中に集合するから姉さんも一緒にいく?という弟の気遣いも嬉しいが、サッカー部のモチベーションを上げるためにはサッカー部だけで会場に向かう方がいいのかなと思って丁重にお断りした。


「おお、すごい。人ばっかり。」


会場…栄都学園に一足遅く到着したわたしは思わずそう漏らした。だって本当にものすごい人だかりだったんだから。人だかりをスルーし選手の到着場所(あらかじめ教わってたんだぜ)へ向かうとそこに雷門のメンバーが点呼をとっていて、こちらに気づいた葵ちゃんが「◎◎◎さん!」と呼んだもんだからそこにいた全員がこっちを向いた。そんなに見ないで恥ずかしいから。いつもの制服じゃなくて、私服だし。


そして音無先生がこっちにやや早歩きで向かって来て、わたしに一つの紙袋を渡して来た。中身を見るとそれは雷門中の制服で、音無先生の方を見ると「今日ベンチにいてもその服なら目立たないわよ」って、もしかしてそのためだけに荷物を増やしてしまったのだろうか。そうなると…申し訳ない。


「おねえさま、更衣室は選手が使うそうなので女子トイレでも大丈夫ですか?」
「もちろん、構わないわよ」


茜ちゃんがこっちこっち、と手招きする方へ一緒に向かう。もちろん、じゃあ後でねー!と拓人たちに手を振るのも忘れずに。
それにしても、茜ちゃんのおねえさま呼びもだんだんと慣れて来てしまったのが少し考えどころだ。女子トイレに到着したその場で茜ちゃんと別れ紙袋を個室に持ち込み着替えた。似合うかどうかは別として、やっぱりここの制服はかわいいなあ。


脱いだものを紙袋に入れ替えて、トイレから出て、わたしはやっと気付くのだ。控え室どこだか知らないわ、と。
いや、もしかしたらもうグラウンドの方に出てしまっているのかもしれない。誰かに聞こうにも、


「誰もいないし!」


文字通り誰もいない栄都学園の廊下に、わたしのあげた声だけが響いた。誰もいないということはつまり、グラウンドですでに試合が始まっている可能性があるという事だ。これはまずい、一度外に出て正面から入ろう。


外にはもうさっきのような人だかりはなく、まばらに通行人がいるのと、入り口に遅れてやってくる人だけ。おお、これはいよいよ決定事項だ。もう試合は始まっている。もしくはその直前。
急いで歩くわたしの前に、のんびりと歩いているジャージ姿の人。関係者さんかな、と思ってグラウンドへの道を尋ねさせていただく。


「あの、すみません」
「ん?」
「選手の入場口ってどこだか分かりますか?」
「ああ、それなら…」


後ろから声をかけて、振り返ったその男性…いや、どちらかといえばまだ青年?は道を教えてくれた上親切にも、まだ試合は始まってないし多分フィールドにも入場してないと思う、と教えてくれた。ほら、と指差す彼自身の腕時計には、試合開始時刻の20分前を示す時刻が表示されていて、ホッと胸を撫で下ろす。


「で、君は雷門中の生徒?」
「いいえ、…あ、」


反射的にいいえと答えてしまったがそういえば今わたしは雷門中の制服を着ているんだった。これはどう答えればいいのだろう、はいと答えたとしてその後雷門中の何かを聞かれたとしても全て答えられる自信はない。だからといっていいえとこのまま言ってしまったらこの制服はなんだという話になる。悩んだ末、わたしが出した答えは


「…わかりません!」


……こんな中途半端な答えがあるか!馬鹿かわたしは!馬鹿だ!
頭の中で小規模戦争がおきているわたしを見て、目の前の青年は吹き出した。お前面白いな、なんてちょっと失礼じゃあありませんか。わたしこれでも考えたんです。ない頭で。


「お、そろそろ入場するんじゃないか?」
「本当ですか!じゃあそろそろ…」
「ああ、またな」


手を振る彼と、走りながらそれに答えるわたしの距離は遠のきだんだんと見えなくなる。靴音がひとつになる。
そこでふと足を止めて、さっきの言葉をもう一度繰り返した。


「…またって。」


また会えるかどうかすらも怪しいのに、考えなしに聞き流したその一単語。でもどこか彼の言葉は安心して信用できる、そんな気がした。


グラウンドに到着し急いで雷門側のベンチに向かう。その道中、一筆親子の母親の高い声が響いて、なんとも言えぬ気持ちになる。そっちを向いて苦い顔をする拓人に、わたしも歩調を早めて歩きながら彼の名前を呟いた。


「◎◎◎さん」
「あ、南沢くん」


声を掛けて来たのは南沢くん。
着替えたんですね、と笑いながらわたしを見る彼に、似合う?とその場で回る。冗談で聞いたつもりだったんだけど、彼が「はい」なんて真剣に返すものだからちょっと面食らった。…南沢くんは、女の子が嬉しがる言葉をきっといっぱい知ってるんだろうなあ、としみじみ思った。
拓人がこっちをじっと見て、「南沢さん、もういいですか。」とちょっと怖い顔で聞いたから彼は「おー、怖い」と戯けながらメンバーの中へと戻っていった。


「あ、がんばってね!」
「…今日、俺の仕事は、ないですよ」


そう言って手を振る南沢くんはやっぱり悲しげで、でもわたしには何もすることはできないから、ただ苦笑いをしてフィールドへ彼らを送り出すことしかできなかった。











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