プライドずたずたなので



昨日の剣城の発言、帰宅後届いた雷門と栄都学園の練習試合に3-0という点数指示の手紙も加え今日は一日中沈んでいたわたしは何時の間にやら不幸を呼び寄せていたようだ。
放課後、早く雷門へ向かわねばと思いながらも考え事をしながら廊下を歩いていると、目の前に明日の授業で使うであろう教材を持った担任の姿。こういうのは普段のわたしであれば無視して走り抜けるのが妥当だと考えたはずなのに、今日は違った。(だってあんなこといわれたらちょっとは考えるでしょ)あろう事か横を歩きながら通ってしまった可哀想なわたしはその教材を教室まで運ばされてしまったのだ。
一つを運ぶとまた呼び出され今度は理科室、次は理科準備室とこき使われ、何時の間にやらちょうど部活が終わって少し経った頃の時間となっていた。あの担任め、絶対仕事溜め込んでたな。
仕事を任されている間は多少なりとも意識をそらせていた悩み事が、昇降口を出ると一気にわたしに襲いかかった。

わたしは完璧な善人なんかじゃないから、たとえ誰がフィフスセクターに目を付けられたとしても、正直なところあまり深く関わる事だけは御免被りたいと思う人間だ。こんなこと言いたくないけど、わたしには関係ないからだ。自分のことくらい自身でどうにかして欲しいというのが本音なのだ。
でもそれが弟だとなると話は別だ。どうしたって心配しちゃうし、構ってしまう。
その結果がこうなっているのを知っていても、もう後には引けないと諦めている所もある。じゃあわたしは何をすればいいんだろう。おもわずため息をついた。

そして生徒もまばらな道を抜けて校門へと向かう道すがら、見慣れた頭が見えた。

「たーくと!」
「あ…、姉さん」

ぽん、と肩を叩くと少しびくついて振り返る拓人。横を通って行った友人がじゃーね、と声をかけて来たのでこちらからも返し、拓人に向き直る。そして、いつものメンバーが誰一人としていないのでその事を問う。

「あれ、今日は南沢くんも蘭くんもいないんだね」
「…ああ、みんな、やっぱり色々と考えてるみたいで…」

自信なく答えた拓人の言葉はどんどんと小さくなっていく。これは相当な沈みようだ。わたしなんかよりも当人たちの方がつらいんだろう、それはわかっている。被害者意識も私が一人でいる時だけ。拓人たちに勘付かれては、いけないから。

「そっか、…じゃ、帰ろう」
「…うん」

今日いけなくてごめんね、うん、音無先生何かいってた?、制服用意して待ってますって。、そっかじゃあ明日は行こうかな、あと霧野も残念がってた、まじで?、うん…そんな他愛もない、でもどこか一方的な会話。でもそんな会話も、一人の女性がかけてきた言葉によって中断される。

「神童さん」

共通する苗字を呼ばれ、顔を見合わせる。拓人はきょとんとして(わたしと同じ事を思っているのだろう)、わかることは目の前の女性はわたしたちと知り合いではないという事だ。じゃあ、いったい神童二人のうちどちらに用があってこんな住宅地の真ん中で待っていたのだろう。
いったいどちらにかけた言葉なのかは次の一言によって明らかになった。

「雷門中サッカー部のキャプテン…神童さんですよね?」

どうやらこの人はわたしの弟…拓人に用があるらしい。でもその女性は拓人に何かを要求せんとする視線を一身に向けていて、拓人がそうですけど、と返すとそのメガネの奥の瞳は爛々と輝いた。そして高らかに声をあげて彼女の息子の名前を呼ぶ。

「うちの子です」

そう続けた彼女はなんだか、その女性と息子…ハヤト?と拓人以外には誰もいない、見えていないといったふうだ。なんだかすごく、面白くない。栄都学園サッカー部でミッドフィルダーやっていますの、面白くない。楽しくない。面白くない。それに加えていやな予感もする。さっきまで頭を悩ませていた悩み事との相乗効果と、拓人と二人きりだった時間が前の二人によって中断させられ、わたしの機嫌はこれ以上ないくらいに悪くなり始めていた。さんざん自分の息子について語る女性と、それを黙って見ている…いや、黙ってわたしの方を見ている?自意識過剰なんじゃないのか、内心自嘲しつつ息子の方を睨むと彼は慌てて視線を足下へ移した。

「…なかなかシュートを打たせてもらえなくて内申書が上がらなくて…困ってますの。勿論、監督には話しておりますのよ、でもなかなかいい返事をもらえなくて…」

ということでこれ。そういって女性が鞄から取り出し拓人に渡したものに、わたしは愕然とした。もはや怒りを通り越しあきれるわたしたち。でも、確実にわたしたちのプライドを、いや、拓人のプライドを傷つけている。
それは、コンサートのチケットだった。その後女性はクラシックがたいそうお好きだと聞いたものですから、そういって人の良さそうな笑みを浮かべる。やってることはこんなにも汚い事なのに、それをかけらも感じさせないその笑顔。これは確実に、初めての賄賂なんかじゃないだろう。息子の為ならどんな事をしたっていいとでも思っているのだろうか。たとえ、その行動が現のわたしたちのようにどんなに他人を傷つけても?よこで眉間に皺を寄せ何かに耐えているような拓人を見て、わたしの中のどこかが抉られていくような錯覚を覚える。

「一点でいいんです、一点で…」

感じのいい笑みを浮かべていた女性の顔が、その一言で欲にまみれた嫌らしい顔に見える。拓人の瞳が見開かれ、わずかに揺れる。それと同時に、わたしの中で必死に堪えていたなにかが、決壊した。

「ふざけるな!」











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