私がついてる、だなんて



「君が、サッカー部を潰しに来た新入生なの」


こんなふうに淡々と、静かに、でも明らかに怒りを露わにした姉さんを、俺はいままで見たことがなかった。
立ち上がったはいいけれどその状態から動くことができなかった。自分の姉ながら、気圧されたのだ。
どうして他校である姉さんがこのことを知っているのかは分からなかったけど、あの状態の彼女に触れるのだけはやめた方がいいぞと頭の中で警笛が鳴り響く。
けれど、初対面である上濡れ衣を着せられた松風はその彼女の視線を一身に受けているのだ。恐怖なんてものじゃないだろう。身が竦んで、動けないのは、俺も同じだった。
松風の無言を肯定とみなした姉さんは、まさに殴りつける勢いで彼の腕を掴んだ。それを見た横の一年の女子が小さく悲鳴をあげる。
口を大きく開けた姉さんを止めたのは、
松風の隣にいた一年達でも、監督でも霧野でもなくもちろんここにいる俺でもなく、


「◎◎◎さん、落ち着いて」


俺の先輩である南沢さんだった。
松風の腕をつかむ、姉さんの細い手首を引っ張って、いつもの声色で落ち着けと言ったのだ。
先輩はセカンドやファーストのメンバーが抜けていくのを目線で追いかけるだけで、確かに冷静だったけれど、あの状態の姉さんを止めるために近づいて名前を呼んだ。驚いたのはその後返事をした姉さんの言葉だ。


「…篤志くん」


南沢先輩を下の名前で呼んだのだ。いつからそんな仲良くなったんですか、俺の知らない間にって、不謹慎だけどそう思ってしまう。小さな嫉妬心に火がついたけど、次の瞬間俺の意識はドアに向いた。監督と、顧問の音無先生が


「どうしたの、…あら、あなたは」


この中では完全に部外者であるが、姉さんは何度か先生や監督に挨拶しに来ては練習を見ていた。顔は知れていたし、なにより新入生に掴みかかる姉さんとそれを止める南沢さんにただ事では無い雰囲気を感じ取ったのか、とりあえずとなけなしの部員を前に集めた。

_____


「残っているのが、これだけ…」
部屋を見回して部員の少なさに呆然とする先生と、やけに落ち着き払った監督。わたしが、すれ違ったときにちゃんと止められていたら。一乃くんは純粋にサッカーが好きだったから、あのときに強く言えていたらもしかしたら残ってくれたかもしれないのに。なんて、今更すぎる。


「はい、ファーストの九人…俺の力不足です」


拓人が自嘲気味にそういった。そんなことないよって言ってあげたいけど、生憎いまわたしは、大好きだった雷門のファーストとセカンドがバラバラになって行ってしまった現実にただただ潰されないように堪えていた。


「意外、残るんすか」
「お前こそ」
「俺はまあ、なんとなく」
「内申書に、プラスになるからじゃねえの?」


隣で立っていた南沢くんと椅子に座る倉間くんの、そんな頭にくる会話にすら反応できなかった。
ああ、もう、どうしてわたしはここにいるんだろう。去っていくチームメイトたちにロクな言葉をかけることもできず、隣でされている士気が下がるような会話を止めることもできず、怒りに任せて勘違いして、新入生くんに悪いこと言っちゃった。そのくせ弟のためになるようなことは何一つ言えないし。わたしにとっての雷門はすごく大きな存在だったのに、雷門にとってのわたしなんてそんな小さいものだったんだなと考えると、さっき引っ込めたはずの涙が出て来そうになったから、慌てて立てていた膝に顔を押し当てた。


「それでもいいです!俺、サッカー部に入ります!」


溌剌とした良く響く声が、この暗い空気を一瞬で払拭した。続いてもう一人の新入生も「僕も入ります、お願いします!」と、無邪気に声を上げた。


わたしも思わず、泣きそうになっていた顔を上に向けた。倉間くんに「うわ、ひどい顔」とか言われたけど、いまわたしの頭の中には大好きだった雷門に憧れて、ここに来てくれた。そんな子達のことしかなかった。嬉しい。


 







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