卒業論文をかきませう。 受験も終わり高校の手続きもとり、正直言って暇なのだ。家の中を探しては見たものの、拓人の姿が見えない。どういうことだ。いや、ほぼ昼なこんな時間に起きたわたしが悪い。かまってもらえそうな人がいそうな住宅街を散策していると、ものすごく目に痛い髪の毛の色をした、弟の幼馴染の背中が見えた。結構な距離が空いてはいたけれど、全力疾走して彼の背中に飛びついた。 「うわ!」 「蘭くん久しぶり!」 「え!?あ、お久しぶりです…」 さすが名門サッカー部のディフェンダー。前に倒れることもなく背中でわたしを支える。力持ちー、とからかうと何がですか、って冷めた目で見られてしまった。小学生だった時から拓人が蘭くんを誘ってうちに来てたから、わたしにとっても彼は幼馴染のような存在だ。わたしの目の届かないところでは泣き虫な拓人の面倒を見てくれて、ものすごく頼りになる。 そんな内面とは裏腹に、顔立ちは整っていて水色の大きな瞳はくりくりとよく動いて、サイドで結わいた長い髪はよく似合う。彼が走るときその長い髪を揺らすのが大好きだ。しかしこいつもまたわたしよりかわいいって本当に神様っていじわるね。 「…で、どうしたんですかこんなところで」 「暇なの。」 「……」 「蘭ちゃん、かまって」 「ちゃんはやめてください」 「…。蘭くん今日は何してるの?」 「今から土手の方に行って自主練するんです」 「ほうほう。」 物欲しそうな目をしてるに違いない自分を見たあと、呆れたようにため息を吐いてわたしに言った。 「一緒に来ますか?」 蘭くんさすが、わたしの言いたいことわかってるね!と今度は前から抱きついたら、一瞬固まったあと 神童に怒られるんでやめてください!と両手をジタバタしていた。…なんで拓人がここで出てくるのかはよく分からないけど、今日は一日蘭くんを観察しようと思う。 「…姉さん、何でここにいるの」 「拓人こそ、探したんだからね」 土手に着くとそこには我が弟拓人が。なるほどこいつら仲良く2人っきりでサッカーしようと思っていたらしい。次からわたしも呼びなさい、暇だから。そういってボールを持って地面に置き弟のいる方向に向けて軽く蹴った。 つま先で蹴った白と黒のボールは、少しだけ上に浮いてすぐ地面につき、二 三度バウンドしてから拓人の足と地面に挟まれる。こうやって彼らはボールを運んでゴールに向かうのか。少しだけ彼らに近づけたようでちょっと嬉しかった。 拓人から蘭くんに渡ったボールはわたしの方に向かって来ていて、零しそうになりながらなんとか足元に持ってくる。三人でボールを蹴りあっている、そういう事実がなんだか楽しくて嬉しくて、顔を上げると二人も同じように穏やかに笑ってて、サッカーって楽しいんだなって純粋に思えた。 けどやっぱり現役とわたしでは体力が違うらしくすぐにばててしまった。今はベンチから2人の攻防を見ている。なんというか、すごく激しい。さっきのゆるやかなパス回しとは比にならないほどに。 ふと横を見たらそこには知らない子が座っていた。誰だろう、と首をかしげていると見ていたことに気づいたらしい彼女はこっちをみて目を輝かせた。 「シン様のお姉さまですよね!」 「し…シン様?」 「弟さんですよ、シン様!」 ああ、拓人のことか。シン様、というのは神童から来ているのだろう。わたしだって神童の姓を持ってるんだから一応シン様なわけですが。 弟が女の子から様付けで呼ばれていることに内心感心しながらも、必死に写真を撮る少女が一途でかわいいと思った。しかしその写真、どうするんだい。 結局彼女(茜ちゃんというらしい)は10分かそこらで帰って行ってしまった。お使いの途中で土手に立ち寄ったらシン様がいたからちょっとおりて来ただけなそう。やっぱり女の子はいいね、ふわふわしてて。見ていて飽きない。 拓人が女の子でもよかったかもしれない。こんなこと拓人には言えないけど妹でもよかったなあと思うわけです。あんなにかわいいんだし。 「そろそろやめたらー」 攻防を繰り返して何十分、そろそろ水分を取らないと脱水症状になるかもしれないから。ドリンクを二人に渡して空を見上げると、青をバックにして雲が浮かんでいた。雲は微かながらも動いていて、それは冬が終わり春が来るという証拠で。 「冬、終わっちゃうね」 「そうだな」 「雷門にも新入生くるね、サッカー部なんて人気でしょ?」 「それはまあ」 わたしはす、と鼻からまだ少し冷たい空気を吸い込んで、二人に向かってこう言うのだ。 「神童先輩 霧野先輩、後輩に負けんなよ! なんてね!」 中学三年、春 夏から春にかけてたくさんのことが流れて、多くの出会いを経験した。その分衝撃とかもあったけどこの年が一番充実していたかもしれない。一年二年から、自分でも冷めてるなあと感じるようなわたしだったけど、雷門のメンバーたちはすごく素直で、でも悪くいえば愚直だった。全員わたしよりも年下だったけど、だからって舐めてかかると突然 的をえた様なことを言うもんだからハッとさせられることもあった。いい意味で刺激しあうことのできる人って、なかなか出会うことはできないと思うんだ。 ようするにわたしは、弟と同じくらいに雷門のメンバーが大好きなのです。 三年二組 神童 ◎◎◎ |